目覚めてみれば。
「イライザ………」
ずっとずっと彼の声をどこか遠くで聞いていた気がする。
彼の居心地の良い優しい声がいつもわたくしを呼んでいた気がする。
目覚めたばかりのわたくしは、ぼんやりとして意識はあるのに、よくわからない、思考がはっきりしていない。
何度か目を覚ましても瞼は重く声が出ない。そしてまた暗闇へと戻ってしまう。
そんなことを何度か繰り返しながら、数日かけてやっと意識を保つことができるようになった。
「やっと目覚めたのか……」
聞き慣れた声。
「……お前は三年間も眠り続けていたんだ」
「三年間………」
目の前で切なそうに話すお父様。その言葉の意味がよくわからない。でもお父様はわたくしの記憶よりも確かに老けて見える。
理解できていないわたくしに、壁のところに立っている顔馴染みのメイドもいつもより大人に見えた。
メイドのリーンがわたくしにそっと鏡を渡した。
「……これ…が…わたくし??」
鏡に映る自分はやつれていて青白くて顔色も悪い。
え?どうして?ピチピチのお肌でツヤツヤの美しいわたくしがいない?
「………あり得……ないわ!………こんな顔……わたくしでは………ないわ」
いつものわたくしはしっかりと化粧をして髪も綺麗に巻いていた。
なのに鏡に映る姿には見る影もない。
ボロボロじゃない!!!
「や、やだ……だれ?こんな…醜い女……わたくし………じゃない!!!」
いつものわたくしなら大きな声で泣き喚いていたのに、大きな声すらまともに出せない。
唇を震わせてむせながら声を絞り出す。
全てが思うようにならないこの体にイライラする、現実すら受け止められない。
そんなわたくしにお父様は冷たい一言を浴びせた。
「は?それが元々のお前の姿だろう?イライザ、お前はもう22歳だ。3年も眠り続けていたんだ、仕方がないだろう」
お父様はわたくしに対していつも冷たい。わがままな娘を嫌っているのはわかってはいても心を抉られる。
「………22歳?……3年経ったのなら……今わたくしは19歳……のはずだわ」
回らない頭の中で必死で計算する。
16歳の時から数えて19歳……うん、間違いないわ。
少しずつ言葉もはっきりと言えるようになってきた。
「今は……王歴…420年よね?」
リーンに訊く。
「お嬢さま……今は王歴423年です」
リーンは私が怒鳴るのではとビクビクしながら答えた。
「………嘘……6年も経っているの?……どうして?」
「おい!イライザを医者に診てもらえ。眠り続けている間に頭もおかしくなっているようだ」
なんて言い方なの!悔しくて言い返そうと思ったのに。
「おっ………ぐっ………」
言葉は詰まり、代わりに口から吐血してしまった。
「お嬢さま!」
リーンが慌ててテーブルに置いてあった、おしぼりを掴んでわたくしの口へとあててくれた。
そこでわたくしは意識を手放した。
気がつくとわたくしはまた気を失っていたらしい。
夢を見た。
真っ白なウェディングドレスを着て婚約者のルーカス・ファーマンと結婚した夢を。
そしてわたくしは子供を産んでいた。
そこにびっくりだわ!わたくしが子供を産んだのよ?出産なんて絶対痛いし怖いから嫌だとみんなの前でも言ってたのに!
可愛らしい女の子の赤ちゃんだった。
無口であまり笑わないルーカスだったけど、我が子にはとても甘い優しい夫だった、それにもびっくりだわ!
わたくしとルーカスはあまりうまくいっている夫婦ではなかった。
喧嘩はしないけど会話もない。
愛もなければ関心もない。
わたくしは娘を使用人に任せてパーティーやお茶会にばかり出ていたダメな母親だった。
そりゃそうよね、17歳で結婚してすぐに子供を産んだんだもの。
まだ母親になる自覚なんてあるわけがないわ。
だって『わたくし』なんだもの。
うんうん。一人勝手に納得した。
夢を現実のように考えているとパチリと目が覚めた。
部屋の中は真っ暗だった。
血を吐いた後、意識を失いそのまま、また眠りについてしまったようだ。
ランプの灯りをつけて部屋の中を見回す。
時計が壁に掛けられていた。
今はまだ……夜中の1時……
記憶の中の自分の部屋とは違うこの部屋は多分侯爵家の2階の奥の誰も使っていない空室(物置)として使っていた目的もない部屋だったのだろう。
この水色を基調とした花柄の古臭い壁紙といつから掛かっていたのか分からない重厚な厚苦しい赤黒いカーテンには見覚えがある。
「ふっ。わたくしの部屋はもうないのね」
三年の眠りから覚めた時、16歳から19歳の頃の記憶は確かになかった。
でも夢で見たあの光景にはなぜか不思議と覚えがあった。
わたくしが経験したはずの出来事なのだと確信が持てた。
わたしはルーカスが好きだった。彼と婚約できて有頂天になっていた。
あの頃のわたくしは確かに傲慢だったし、どんなわがままも全て叶うと思っていた。
「よし、とりあえず記憶を取り戻さないと……わたくしは結婚していたし、娘がいたのよね。娘は………ルーカスが育てているのかしら?」
まだほとんど思い出せないでいる。どうしてわたくしは三年間もの間眠り続けたのか、誰も話してくれなかった。
まあ、あまりにも情報過多で頭も心も追いつかなくて意識を失ってしまったから仕方がないけど。
お父様は相変わらずわたくしには無関心だったわ。わたくしと話す時のあの冷たさも変わっていなかった。
多少は老けていたしやつれていたようだったけど。
それにしてもわたくしをこんな小汚い部屋に押し込んで……あとで文句言ってやるんだから!
明日には部屋を変えてもらわなければ。こんな部屋でずっと過ごすなんてあり得ないわ。
そういえば……わたくしがルーカスと結婚したのならいくら冷めた夫婦でも、夫なんだから目覚めたと聞けば会いにくらい来るわよね?
ルーカスはどんなふうに変わったのかしら?
金髪に吸い込まれるような青い瞳、彼の端正な顔立ちが好みで、お父様に駄々を捏ねて無理やり婚約を結んでもらったのよね。
『ルーカス・ファーマンと婚約させてくれなかったら死んでやるから!』
13歳のわたくし、よくもまあ必死に頑張ったものだわ。
その根性をもう少しお勉強の方に向ければよかったのに。
今のわたくしならそう思うわ。




