第296話「資料室の木箱に収まる黒い石」
午前十時、資料室の受付に、布に包まれた小さな荷物が一つ置かれていた。
送り主の名前はなく、中には角が丸く擦り切れた灰色の石片が一つ入っているだけだった。
久世はその石片を手に取り、窓からの光に透かして細部を観察した。
石の表面には、文字とも傷ともつかない、細い溝が幾筋も刻まれていた。
それはケルトの森の奥に配置された、あの三つの石の気配に酷く類似していた。
柿崎がノートから顔を上げ、久世の手元にある石片をじっと見つめた。
「それは、どこかの神話が削り落とした『端切れ』ね」
柿崎は万年筆のキャップを締め、静かに息を吐いてその物質を見つめた。
「説明されることを拒み、ただ物質としてここに残ろうとした最後の意志よ」
久世は頷き、その石片をラベルの貼られていない木箱へと慎重に収めた。
資料室が収集するのは、歴史的な価値を持つ遺物ではなく、物質の「硬度」そのものだった。
世界が意味を失っていく過程で、辛うじて踏み止まった実体がそこに配置される。
箱の蓋を閉めると、室内に再び静かなペンの走る音だけが戻ってきた。
観測層:第4層 記録単位:物質硬度観測 対象:資料室(未識別石片)
備考:外部神話圏由来と推測される、非言語的実体要素の受領と保管。
記録主体:Archive 状態:稼働中




