第266話「ギリシャ戦術官たちの沈黙」
アテナの資料室に集まったギリシャ圏の若き戦術官たちは、一様に口を閉ざしていた。
彼らの前には、地中海東部における北欧圏との衝突を示す、精密な戦況地図が広げられている。
しかし、その地図の上に新しく引かれた線は、どれも戦闘の拡大を示すものではなかった。
「アテナ様、北欧圏の動きは、完全に停止しています」
一人の戦術官が、当惑した声を絞り出した。
「彼らは我が方の外縁に圧をかけるだけで、それ以上の侵入を試みようとはしません」
アテナは戦術机の上に置かれた、小さな青いガラス瓶を見つめたまま、静かに言った。
「それでよいのです。彼らもまた、戦うことが目的ではない。衝突という現象を利用して、そこに境界を固定し続けることが、今の彼らの仕事です」
戦術官たちは反論の言葉を探したが、アテナの圧倒的な知性の前に、ただ頭を垂れるしかなかった。
世界を救うための勝利など、最初から存在しない。
ただ、摩擦を起こし続けることだけが、終末を遠ざける唯一の戦術だった。
冷たい風が、広げられた地図の端を微かに揺らしていたが、部屋の空気は静止し続けていた。
神々は急がず、それぞれの領域と価値観を保ったまま、静かに戦線を維持していた。
観測層:第2層 記録単位:神話間膠着確認 対象個体:アテナ、ギリシャ戦術官
備考:局地衝突の非拡大化に伴う、境界維持効果の安定的継続。
記録主体:Archive 状態:稼働中




