第260話「鳴る塔の暖炉と凍りつく言葉」
北欧圏の最前線にそびえ立つ鳴る塔の内部では、暖炉の炎が青白い光を放っていた。
オーディンは自らの玉座に深く腰掛け、手にした古い杖の頭をじっと見つめていた。
塔の外では、灰色の空から音もなく細かい雪が降り続き、世界の輪郭を白く染めている。
トールは壁際に立ち、巨大な槌を床に置いたまま、外の景色をじっと見つめていた。
「東の空の光が、また少しだけその位置を変えたな」
トールが低く響く声で言った。天照大神の光の変動は、この北部にも確実に届いていた。
オーディンは視線を動かさず、ただ短く鼻を鳴らした。
言葉による解説は、この冷徹な世界においては何の意味も持たなかった。
ただ、光が動き、それに伴ってこちらの影もまた、その角度をミリ単位で変えるだけ。
大規模な戦闘による均衡の破壊は、この世界における最大の禁忌であることを二人は知っている。
神話が牙を剥くことなく、ただ圧倒的な重量感を持ってそこに佇んでいること。
その静かな圧こそが、迫り来る忘却の霧を、霧のままに留めておく唯一の楔だった。
暖炉の薪がパチリと小さな音を立てて爆ぜたが、その音はすぐに部屋の寒気に凍りついた。
北欧の最前線は、ただその沈滅した時間を、夜の深淵へと静かに刻み続けていた。
境界接触率:3.9%
観測層:第2層 記録単位:北部概念圧固定 対象個体:オーディン、トール
備考:東部神話圏の光量変化に対する、北部外縁の影概念の自動再配置。
記録主体:Archive 状態:稼働中




