第240話「ギリシャ圏の戦術室での議論」
アテナの資料室に、別の神話圏からの使者が訪れることは珍しくなかったが、今日やってきたのは、ギリシャ圏の若き戦術官たちだった。彼らはアテナの前に、いくつかの精密な戦況地図を広げた。それらは、他の中小神話圏との境界線において発生している、微小な衝突の記録だった。
「アテナ様、北欧圏との小競り合いが、地中海東部で頻発しています。これ以上の放置は、戦線の維持に支障をきたします。一度、明確な戦力配置を行い、こちらの優位を示すべきかと」
使者の言葉は、神話としての誇りと、戦闘論理に基づいていた。しかし、アテナは地図を一瞥しただけで、すぐに視線を戻した。「その小競り合いで、どれだけの人間が死んだ?」
問いの意図が分からず、使者は困惑した。「いえ、人間の被害は報告されていません。神話概念の衝突のみです」
「ならば、そのまま続けさせなさい」アテナは冷淡に言い放った。「小競り合いが起きているということは、互いの神話がまだそこに強い関心を持っているという証拠です。小競り合いすらなくなれば、その土地は一瞬で侵食の領域に変わるでしょう。戦うことが目的ではない。衝突という現象を利用して、そこに境界を固定し続けることが、今の私たちの仕事です」
使者たちは反論の言葉を探したが、アテナの圧倒的な知性の前に、ただ頭を垂れるしかなかった。世界を救うための勝利など、最初から存在しない。ただ、摩擦を起こし続けることだけが、終末を遠ざける唯一の戦術だった。冷たい風が、広げられた地図の端を微かに揺らしていた。神々は急がず、それぞれの領域と価値観を保ったまま、静かに戦線を維持していた。
観測層:第2層 記録単位:神話間交渉 対象個体:アテナ、ギリシャ使者
備考:局地衝突を維持行動として利用する戦術方針の確認。
記録主体:Archive 状態:稼働中




