■ 第1話 「神を殺した、ただそれだけの話」
神は、消えかけていた。
名前はあった。
だが呼ばれることは、もうほとんどない。
祈りも、供物も、記憶も。
すべてが薄れ、存在はただ“残っているだけ”だった。
――信仰が、ない。
それは神にとって、死と同義だった。
だが、完全には消えない。
最後の欠片が、かろうじて形を保っている。
だから、それは“生きていた”。
「……なんだ、お前」
声が落ちた。
軽い調子。
興味もなければ、敬意もない。
ただの暇つぶし。
そこにいたのは――
ロキ
神でありながら、神らしくない存在。
退屈していた。
戦う価値のある相手もいない。
世界は静かすぎる。
だから、見つけたそれに目を向けた。
「神、か?」
笑う。
目の前の存在は、確かに“神”だった。
だが――
弱すぎた。
気配がない。
力がない。
何より、“重さ”がない。
「つまらないな」
ロキは、ためらいなく踏み出す。
相手は動かない。
いや、動けない。
抵抗という概念すら、残っていなかった。
壊した。
ただ、それだけだった。
手応えはない。
叫びもない。
神は、静かに崩れた。
その瞬間。
――流れた。
「……は?」
ロキの眉が、わずかに動く。
見えないはずのものが、見えた。
何もないはずの空間から、
“何か”が自分に流れ込んでくる。
それは熱でも光でもない。
だが、確かに“力”だった。
「なんだ、これ」
手を開く。
さっきまでなかったものが、そこにある。
理解できない。
だが一つだけ、分かることがあった。
「増えてる……?」
さっきまで感じなかった“重さ”が、ある。
存在が、濃くなっている。
たった今、壊した“それ”の分だけ。
沈黙。
そして――
ロキは、笑った。
「……はは」
小さく。
やがて、それは大きくなる。
「はははははは!!」
止まらない。
理解したからだ。
単純すぎるほどに、明確な法則。
「そうか」
神は、消える。
だが――
「残るのか」
信仰が。
そしてそれは、
「奪える」
ロキは振り返る。
もう興味はなかった。
目の前の世界にも、
さっきまでの退屈にも。
新しい遊びを見つけたからだ。
「なあ――」
声が、どこかへ向けられる。
遠く、別の“神話”へ。
「オーディン」
オーディン
「これ、面白いぞ」
その一言が、
世界を壊すことになるとは――
まだ、誰も知らなかった。




