表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎のヒキニートおじさん、長寿になったので異世界に行く 〜新天地で同郷の女の子に目をつけられた〜   作者: イシクラゲ
第1章 城壁都市編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/17

黒星と最初の一歩




 冒険者ギルドの窓口は、朝の早い時間から人の流れが絶えなかった。


 まだ日が高くなりきる前だというのに、すでに空気は熱を帯びている。


人の体温、革鎧の匂い、乾いた紙の匂い、それらが混ざり合い、空間そのものがざわついているようだった。


 依頼書を手に足早に通り過ぎる者、受付に身を乗り出して交渉する者、壁に貼り出されたクエストボードを眺めながら腕を組む者。


 誰もが何かを急いでいる。だが、その焦りの中にも、どこか日常として染みついた落ち着きがあった。


 雑多な喧騒と、剣や革鎧が擦れ合う音と、インクと羊皮紙の乾いた匂いが、ひとつの空間に混ざり合っている。


 オルハとユイは、その中の一角にある手続き窓口の前に並んでいた。


 ランクアップの申請。

 そのための書類を前に、二人は揃って受付職員の説明に耳を傾けていた。


 窓口に座るのは、三十代ほどの落ち着いた女性職員だった。

 整えられた髪、無駄のない動き。書類仕事に慣れた手つきで羊皮紙を整えながら、淀みのない口調で説明を続ける。


「ランクは三段階に分かれております」


 彼女はカウンターの上に、三枚の見本のカードを並べて置いた。

 それぞれ色が異なる。金、銀、そして赤。


「一番上が〈金〉。こちらは、通常の冒険者とはまず次元が違います。受けられる仕事の難易度も、求められる実力も。ご縁があるとすれば、遠い将来のお話になるかと」


「〈銀〉は、各分野の玄人が集まるランクです。専門的な知識や技術を持つ方々が受ける、難易度の高い依頼が中心となります」


「そして〈赤〉」


 彼女は指先で軽くカードを示す。


「こちらは、一般の方から商人、貴族まで 依頼者の幅が広く、難易度も低めのものから高めのものまで様々です。このランクから受けられる仕事が増える一方で、責任も生まれます」


 オルハは小さく頷きながら、説明を頭の中に整理していた。

 隣に立つユイは、静かに聞いている。その横顔は穏やかだったが、目だけは職員の手元にあるカードをじっと追っていた。


「赤ランクからは、〈保証金〉〈保証人〉〈ペナルティ〉の三つが付いてきます」


 職員の声が、わずかに引き締まった。

 ここからが本題だと分かる変化だった。


「保証金の没収は、基本が五十パーセント。明白な職務怠慢と判断された場合は、全額百パーセントの没収となります。ただし、過去の貢献や依頼側の情報不備、あるいは不運な事故と認められた場合は、ギルドの裁量で一割から三割程度まで減額されることもあります」


 淡々としているが、逃げ道は少ない説明だった。


 オルハはその言葉を聞きながら、金額ではなく「判断基準」に意識を向けていた。

 つまり、完全な結果主義ではない だが、甘くもない。


「そしてもうひとつ」


 彼女は資料を一枚、二人の前に滑らせる。


「依頼を失敗するたびに、ギルドカードに〈黒星〉が記録されます。これが、冒険者にとって最も重要な累積記録です」


 黒星。


 その言葉が出た瞬間、空気がわずかに重くなる。


 黒星。

 その説明が始まると、職員の口調はより丁寧になった。聞き流していい話ではない、という配慮が滲んでいた。


「小黒星は、一回の失敗につき一個。これが三個累積すると、自動的に〈大黒星〉へと変換されます。大黒星は、一生消えません」


 その言葉が、静かに空気に落ちた。


 一生、消えない。


 オルハは視線をカードの上に落としたまま、その重さを静かに受け止めていた。

 消えないという事実は、単なる罰ではなく「履歴」だ。

 つまり、この世界は記録で人を測る。


「大黒星が付いた瞬間、そのランクおよびそれ以上のランクでの受注が、三ヶ月間拒否されます。ただし、一つ下のランク以下の仕事は引き続き受けることができます たとえば銀ランクで大黒星が付いた場合、銀と金は三ヶ月間受けられませんが、赤や常時クエストは可能です」


 職員は淡々と、しかし確実に言葉を重ねていく。


「これは制裁というより、適格性を再確認するための冷却期間です。その難易度の仕事を続けるだけの状態にあるか それを問い直す時間、とお考えください」


 ユイは小さく息をついた。

 その呼吸には、納得とわずかな警戒が混ざっていた。


「さらに、同一ランクにおいて三回連続で失敗した場合」

「加えて、ランクを問わず、受注した依頼において三回連続で失敗した場合も、別途ペナルティが適用されます」


 職員の声が、一段落ちた。


「カード全体が〈漆黒〉に染まります。機能が停止し、一年間、現ランクおよびそれ以上のすべての受注が拒否されます。加えて、強制的に一つ下のランクへの降格となります。赤の場合は、常時ランクへ」


 その説明は、静かだが重かった。


「一年間」


 オルハは口の中で繰り返した。

 声には出さなかったが、その長さは十分に現実的な重みを持っていた。


「短期間での連続失敗は、心身の異常のあらわれとみなされます。長期の療養、あるいは再修行 それを強制するための措置です」


 説明が一区切りつくと、職員はふうと息をついて、別の資料に手を伸ばした。


「最後に、依頼者についてです。依頼を出す側もギルドの会員制であり、魂のカードを所持しております。そのカードには、過去の依頼履歴、提示した情報の正確性、冒険者からの評価 これらが蓄積されていきます」


「依頼を受ける前に、依頼者のカードの色や評価を確認することができます。情報の信憑性やリスクを、事前に判断するためです」


 説明が終わった。


 窓口の向こうで、職員は静かに二人を見た。

 「ご質問はありますか」という目だった。


 オルハはしばらく考えてから、口を開いた。


「一つ確認させてください」


「はい、どうぞ」


「累積で三回失敗したとき 依頼の報告をしないままランクを上げる、というのはできるんでしょうか」


 職員は一瞬、目を細めた。

 悪意を疑ったわけではなく、質問の意図を確認するような間だった。


「依頼が完了していない状態では、ランクの変更はできない仕様になっております」


 答えは明確だった。


「……なるほど、そうですよね」


 オルハは静かに頷く。


「ありがとうございます」


 抜け道を探すような質問ではなかった。

 どこまでシステムが閉じているのか、それを確かめただけだった。


 職員は小さく微笑んだ。


「ご理解いただけたようで」


 手続きは滞りなく終わった。


 ギルドを出ると、城壁都市の朝の空気が二人を包んだ。


 屋外の空気は軽く、先ほどまでの密度が嘘のようだった。

 それでも、背中には確かな現実が残っている。


 依頼書は、それぞれの手の中にある。


「行きましょうか」


 オルハが言う。


「はい」


 ユイが答える。


 それだけで十分だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ