幸福
「愛している、アイリーナ」
先に言われてしまった。
「私もよ。愛しているわ、ダグラス」
抱き合って口づけを交わし、見つめ合った。
私の両頬を伝う涙を、ダグラスがポケットから取り出したハンカチで拭ってくれた。
それからふと我に返ったように違う方向を見た。ダグラスの視線の先には、配信鏡を持ったヨゼフィンが気配を消して立っていた。
えっ、あっ、まさか!?
「今って……」
「うん、配信中だった。突然君が現れて頭が真っ白になって、忘れちゃってたな」
ダグラスはそう言って鏡に向き直り、
「ええと、そういうわけで……今日の配信はここまで。次は収穫した夏野菜を調理するよ。では良い一日を」
無難に強引に締めた。ダグラスの手の合図でヨゼフィンは鏡の通信を切った。
「えっ、ちょっと、今の本当に大丈夫? 私たちのやり取り、最初から最後まで全部、全国民へ向けて配信されてたってことよね?」
「だねえ。気を利かせて途中で配信を切ってほしいなんて、ヨゼフィンに期待すべきじゃないしね。アンとヨゼは命令に忠実だから、責任は全て私にある」
ダグラスは少しも動揺していない。
「まあいいじゃないか。隠す必要もない。私たちは愛し合っていて、これからはそばにいる。でも君は聖母でも王妃でもなく、ただのアイリーナでいていい。全国民にそう宣言できて、私は嬉しいくらいだよ」
「でも、きっとこれから大騒ぎになって大変よ」
「何とかするよ。君がそばにいてくれたら、何だってできる気がする。心配するな」
ダグラスは放り出していたひしゃくを拾い上げてバケツに片付けると、別の手で私の手を取った。
「とりあえず立ち話も何だから、館へ戻ってお茶でもどうかな。春に作っておいたブルーベリージャムがあるんだ」
春の陽のような朗らかな笑顔に、肩の力が抜ける。
「ありがとう、いただくわ。ダグラスって料理も上手なのね。配信見てて、驚いたわ」
「料理は好きだ。でも配信は苦手だな。君みたいに一時間も二時間もは話せないな。自分しか映らない鏡に向かって、一人芝居してるような気分が慣れなくてね。だからいつも、心の中では君に話しかけているつもりで話していた。まさか、本当に君が見ているとは思わなかった」
ダグラスの配信を食い入るように見ていたことを思い出す。
「受信鏡をね、エリオスが届けてくれたの。私のバイト先のパン屋に来たのよ。ダグラスが私の居場所を教えたんでしょう?」
ダグラスは痛いところを突かれたような顔をした。
「う、すまない……勝手に。彼となら、君は幸せになれるかもしれないと。潔く身を引いたつもりだったが、誤りだった。いや、彼に助けられたんだな。そのおかげで、こうして君が会いに来てくれたんだから」
殊勝なことを言ったあと、ダグラスは少し顔つきを変えた。
「で、エリオス王子とはどんな話を? 相変わらず麗しかったかい? どこか触られた?」
嫉妬を滲ませながらも詳細を聞きたがるダグラスに苦笑した。この癖はどうにかならないのかしら。
「そうね、相変わらず美しかったわ。この世のものとは思えないくらいね。大した話はできなかったわ。仕事中だったし」
「そうか……それは残念だったな」
複雑な表情で元気をなくしたダグラスの手を引いた。
「それよりあなたの作ったジャムが楽しみだわ。早くご馳走して」
「ああ。改めて、おかえりアイリーナ。ジャムとハーブティーで盛大に祝おう」
今後のことは大変だろう。聖母でも王妃でもない私が、ダグラスのそばにいることができるのか、実際には分からない。
配信を見ていたアルディア国民の反応が恐ろしい。ロズペタのシフトも入っているし、明日には帰らなくちゃ。
でも今はもう少しだけ、幸せを噛みしめたい。愛する人に愛されて、共にいられる幸福を。
ダグラスと一緒なら、今後の困難もきっとどうにか乗り越えられる。そう思えることが幸せだった。




