第五十話
翌日、また視察に出ていったノーランとジェフを見送り、私たちは馬車に乗って海へと向かった。
近づくにつれ、波の音が耳に届くようになっていく。街を歩いている人たちの声と波の音が合わさって、活気溢れる港町を作っているようだ。
馬車を降りて砂浜に出た途端、2人とも感嘆の声を上げた。屋敷から見た海とは違う、圧倒的な広さ。視界の限りが青い海だ。
「近くで見ると圧巻ね!」
しばらく砂浜を散歩し、昼時になった。屋敷の使用人に作ってもらった昼食を広げる。
「うんっ! 美味しいわね」
半分切れ込みが入ったパンに葉物野菜や蒸した肉などが挟まれた庶民料理。テーブルがなくても食べられるため、こういった外での食事に向いているんだとか。
「ジェフたちも来られたらよかったのに…」
ふと、口からこぼれ出た言葉だった。しかし、その言葉を聞いてステラはニコッと笑う。
「そうねぇ、一緒に来たかったわね」
「忙しそうにしているから仕方がないけれどね」
ノーランとジェフはルピナスに来てからほとんど休みを取ることなく視察などの仕事をしている。朝、食事をとる時に顔を合わせるくらいで、まともに会話もできていない。
「そうだ、昔話をしてもいい?」
「昔話? 構わないけれど…」
ステラは懐かしそうに海の方を見たまま話を始めた。
「私たちがまだ学園に通っていた頃、リアに恋愛の話をしたことがあったでしょう?」
「えぇ、確か、気になる人はいるか、だったかしら」
「そう。あの時、ちょうど私とノーランの縁談が持ちかけられていたの。ノーランはずっと前から私のことを好きだったって言ってくれたけれど、私はそんなことには一切気が付いていなくてね。ただ、主君に対しての敬愛と友人愛しか持っていなかったわ」
4年越しに聞く、新たな事実だ。私は黙ったまま、首を縦に振って続きを促す。
「あまりにも返答に困って、リアにあの質問をしたの。私らしくなかったけれど、もしリアが恋愛をしているのなら何か良いアドバイスをもらえるかもしれないって期待してね。結果としてリアにはいないって言われてしまったんだけど…」
「それからノーランと何度も話し合いをして、一緒に時間を過ごして婚約を決めたわ。それでね、私ひとつ、気が付いた事があるの」
ステラは私の手を取って、目をまっすぐ合わせた。
「主君に対する敬愛も、友人愛も、どちらも夫婦愛と共存するの。好きって気持ちに、名前をつける必要はないってこと」
「だからね、リア。ジェフに対して何かしらの『好き』を持っているのなら、それで良いんじゃない? って私は思うの。どんな好きでも、ジェフなら喜んで受け取ってくれるはず!」
ステラに自分の気持ちを打ち明けたわけではないのに、的確な言葉を贈ってくれる。10年以上を共に過ごした彼女だからこそ。
「無理に夫婦愛を見つける必要はないわ。ただ純粋なリアの『好き』を伝えてあげて。ね?」
「…分かったわ」
彼女の言葉は私の中にスッと入ってきて、違和感なく馴染んでいく。
以前、ジェフに話した事がある。私の好きがジェフが向けてくれている好きとは種類が違う、と。
その時彼は、今はまだ良いよと言ってくれた。その言葉に甘え続け、今までずっと自分の気持ちと向き合うことから逃げてきた。婚約からかれこれ3ヶ月。そろそろきちんと向き合うべきだ。
「でも、私はリアの味方だからね。何かあったらすぐに相談するのよ!」
「ふふっ、ありがとう。頼りにしているわ」
その日の夜、屋敷に戻った私は夕食を終えたのちにジェフの部屋の扉を叩いた。
「はい」
「フェリシアよ。今少し時間あるかしら?」
「えっ、あぁ、どうぞ」
部屋の中からは少し動揺したジェフの返事。普段はこんなに遅い時間に部屋を訪ねる事がない上、これから話す内容のこともあって、私も少し緊張している。
「どうした?」
「え、っと…」
ジェフに自分の気持ちを伝えにきたとは言い出しにくく、つい言葉に詰まってしまう。
「とりあえず、紅茶でも淹れようか」
「…ありがとう」
落ち着く時間をくれたので、紅茶を淹れているジェフの背中を見つめながらそっと息を吐く。そのうち、ふんわりとハーブの香りが漂ってきた。
「さすがにこの時間からお茶菓子は出せないけど。寝る前だしハーブティーね」
「ありがとう!」
受け取ったカップには、透明な緑色の紅茶。あまりクロサイトでは見かけない種類だ。
「視察の途中で見つけて買ってきたんだ。リアの瞳みたいな色をしていたから思わずね」
「その気持ち、少し分かるわ。私も街中でジェフの色を見つけると、つい買いたくなってしまうもの」
紫苑色のものはそう多くないけれど、たまに見つけるとジェフを思い出す。
「それで、用件はなんだったの?」
「実はジェフに話があって来たの。聞いて欲しい事があって…」
ジェフはカップをローテーブルに置き、私の隣に移動してきた。私の心臓はバクバクと音を鳴らし、緊張で頭が回らないけれど、今言わなければずっと言えないままになってしまう気がしてならないので覚悟を決めた。
「あのね、ジェフに婚約の話をもらった時に言ったこと、覚えてる?」
「うん。僕の思いと同じかどうかは分からない、だったよね」
「そうね。あの時と同じで、今もジェフと同じ気持ちかは分からないまま。でもね、ジェフのことは大好きなの。ずっと一緒にいたいって思っているし、私のことをここまで理解して大切にしてくれる人はジェフしかいないって分かってるの。だから、私を婚約者に選んでくれてありがとう」
これが今の私の正直な気持ちだ。もう今となっては、ジェフ以外と婚約していた未来は考えられない。そう思わせてくれたジェフに感謝。
「こちらこそ、婚約者になってくれてありがとう。そうやって言ってくれて、言葉にならないくらい嬉しい…」
言葉の後、ぐっと引き寄せられていつの間にかジェフの腕の中にいた。
自分の心音がジェフに聞こえてしまわないか、初めてこんなに近づいた、と一気に色々な考えが頭の中を駆け巡っていったけれど、最終的には全てが打ち消しあって何も残らなかった。




