第四十九話
1ヶ月もの馬車での長旅。長距離用の安定した馬車ではあるが、やはり疲れは溜まって行く。2台の馬車にそれぞれ分かれ、メンバーを変えながらルピナスまでの旅路を過ごした。
「リアはルピナスに行くのは初めてよね?」
「えぇ。そもそもこんなに長旅をするのが生まれて初めてよ」
ルピナスは隣国とはいえ王都からはかなり遠い。気軽に旅行に行ける距離ではない。
「景色の綺麗なところなの。今回は海の方にも視察に行けるみたいだし楽しみね!」
ステラは旅程の書かれた書類を見ながら目をキラキラと輝かせている。彼女は基本的にどんな公務でも楽しそうにこなすが、やはりいつもと違う隣国での公務となるとテンションも上がるのだろう。
私はノーランとステラの補佐役兼護衛として同行している。ジェフのように剣術を扱うことはできないが、精霊術を使って守ることはできる。前回ルピナスを訪問した際にステラが襲撃されたそうなので、教団が解体された現在でも警戒を怠るわけにはいかない。いざという時に側に居る事が多いのは私だろうから。
ルピナスに到着してからは、会議に出席したり、王族の方々と晩餐を共にしたりと忙しい毎日を送ることとなった。
私がルピナス語を使用できるということから、ほとんどの会議に出席させられ、通訳を兼ねて意見も求められた。同じくルピナス語を習得しているステラがいるので私は不要では、と思わなくもなかったが、2人からお願いされては断れない。
会議では主に、信精教団の現在と今後、ルピナス側の責任が議題となった。
教団は現在、完全に解体され、関係者は絞首刑か禁錮刑に処されている。また、王国内に残党がいないかの調査も行われているので、じきに完全に消滅することだろう。他国に潜伏している者たちは各国に対処を一任している。クロサイトとルピナスの2カ国では全てに対処することは不可能だからだ。
そして、原因を作った教団を潰す事ができず、2度の襲撃を許したルピナス王国への責任は厳しく問われた。クロサイトへの優先取引と平和条約の締結、交換留学制度の創設を決め、伝統的に続いてきたルピナス・クロサイト間の友好関係に変化が起きた。
「あぁー 疲れたわぁ…」
「ステラ、はしたないわ。どこで誰が見ているか分からないのよ」
「だって、あんなに長い時間会議室にこもって真面目な顔をしていなくちゃならないなんて、平気な方がおかしいわ」
会議後のステラは、客室のソファで溶けるように座っていた。
確かに今日の会議は長かったが、これでほとんど終わりなので喜ぶべきだ。
「明日からは海辺の街に行けるのでしょう? 楽しみにしていたじゃない」
「そうね!」
心の持ちようで急に元気になるのは彼女の良いところ。
海辺の街には1週間程度滞在する予定になっている。何やら男性2人が視察に行きたいところがあるらしい。私とステラは何件かの視察が入っているだけで、ほとんどの時間は自由に過ごせるはずだ。クロサイトにも海はあるが、ルピナスの海は桁違いに綺麗だと言われているので私も密かに楽しみにしていたりする。
翌日、半日かけて海辺の街までやってきた。白い壁の建物が多く、太陽の光を反射し街全体が輝いているかのように見える。これから1週間は、ルピナス王家が所有している建物に滞在する。王城よりも自由が効くので、半分休暇のようなものだ。
「僕たちはしばらく視察で忙しくなるから、2人は自由に過ごしててね。護衛はつけているけど気をつけるように。リア、ステラをよろしくね」
「えぇ、任せてちょうだい」
そう言ってノーランとジェフは再び馬車に乗り込んで街中へと消えていった。手元の資料にも詳しいことは書かれていないので、何の視察に行ったのかは分からない。
「今日は今から出てもあまり時間もないし、この建物内を見学しましょう!」
「そうね、街に出るのは明日が良いわ」
急がなくとも、時間はたっぷりある。街を歩くのは今日でなくてもいい。
「やっぱり海辺の街は建築様式が似るのかしら。クロサイトの街もこんな感じよね」
「確かにそうね。潮風の影響を受けないように工夫されているわ」
王城とはまた違った様式で、見ていて飽きない。普通は国によって様式が違うものだが、クロサイトにある海辺の街と似ている。同じ海辺の街同士、交流でもあるのだろうか。
「「わぁっ!!」」
海側の窓を開けてベランダに出ると、視界のかぎり海が広がっていた。建物自体が小高い丘の上にあるので、手前の街も奥の海も全てが見渡せる。
「さすが綺麗と有名なだけあるわね!」
「本当に! 絵画みたいだわ」
クロサイトの王都から1番近い海まででもかなり距離があるので、私もそこまで多く海を見た事があるわけではない。それでも、この海が綺麗だと各国で言われているのには納得がいく。波がほとんど立っておらず、わずかな波に日光が反射して宝石のように輝いている。手前の街が白い壁だらけなことが、より一層海の美しさを際立たせているのだ。
「なんだか感慨深くなってしまうわ。今こうして生きていて、リアと一緒にこの景色を見られていることがどんなにありがたいことか…」
ステラは海の方を見ながら遠い目をした。きっと彼女はあの事件の日から色々な思いに押し潰されそうになりながら生きてきたのだろう。自分の命を狙われるということがどれほどの恐怖を感じることなのか、私には想像することしかできないけれど、きっと日常生活に支障をきたすほどの恐怖だろう。その上、私が目を覚さないまま3年が過ぎたのだから、精神的な負荷は計り知れない。
「そうね。以前まで当たり前だったことをありがたく思うようになったわ。4人が揃って生きていることも、一緒にいられることも当たり前じゃない。いつどこで崩れてしまうか分からない。だからこそ今を大事にしないとね」
私とジェフがどれほど長く生きられるのかも分からない。ノーランとステラの側にずっといられるとも限らない。私たちがこの先どんな選択をしても後悔がないように、精一杯今を生きなければならない。1度離れ離れになったからこそ気がついた、とても大切なこと。




