第十六話
「こちらが聖堂になります」
ティルスが案内してくれた聖堂は、前方の壁一面がステンドグラスで彩られる空間だった。そのほかにも、さまざまな絵画や彫刻が飾られ、聖堂というよりも美術館のようだ。
「これは見事な光景ですね」
「数年前に改装を行いまして、その際にこのステンドグラスになりました。特に日中は太陽の光で聖堂の中がキラキラと輝いて綺麗です」
クロサイトの聖堂には、ここまでの豪奢な装飾はない。どちらかというと、純粋に祈りを捧げる場所という色が強いため、質素で必要以上の設備は設置されていない。ノーランとステラの結婚式の時は、少しばかり手を加えて祝いの式典らしい印象を与えるように工夫したが。
「私たち愛し子は朝と夕の1日2回、この聖堂で精霊たちに祈りと感謝を捧げています。それ以外の時間には、一般の方々がお越しになることもありますよ」
ティルスの説明をひと通り聞き、いよいよ今日の目的を果たすことにする。
僕の合図でティルスが付き添いの聖職者に声をかける。
「お三方がお祈りの時間をご希望ですので、人払いを」
「はい、ごゆっくり」
聖職者は礼をした後すぐに踵を返して聖堂の外へと出ていった。この教会ないしルピナス王国において、ティルスたち愛し子の存在がいかに大きなものなのかがよく分かる。
「これでしばらくは邪魔が入らないかと思います。私も下がらせていただきますので、どうぞごゆっくりお過ごしください」
ティルスも礼をして後方の扉から出ていった。とことん、聡明な人である。
今日はそもそも、ノーランとステラが精霊たちと意思疎通を行えるかどうかを試しにやってきたのだ。聖職者たちに知られてまずい訳ではないが、表向きは王太子夫妻と愛し子の交流ということになっているので人払いは必須。その上、聖堂で静かに過ごせる時間を確保する必要があったのだ。
「それじゃあ始めようか」
「なんだか、ここなら話せる気がするわ」
ノーランとステラはベンチに腰掛け、目を閉じて深く呼吸をする。僕は前回試してみたが意思疎通はできなかったので、2人の護衛をしながら見守るのみだ。
先に目を開いたのは、ステラだった。静かに僕の方を振り返って、首を横に振る。
どうやら、リトフとは話せなかったようだ。ステラに加護を与えているリトフは、フィアやルリよりも気まぐれで、ステラにさえ滅多に姿を見せないと言う。この聖堂ならと期待していたが、やはりそう簡単な話ではなかった。
ステラが目を開けてからどれほど時間が経ったのか、もはや分からない。
しかし、ノーランはピシュル様と会話ができているように見える。そんな彼の邪魔をするわけにはいかないので、ただステラと共に息を潜めて見守る時間が流れた。
そろそろティルスが戻ってくるのではないかという考えが頭をよぎり始めた時、ノーランが目を開き、こちらに向かって微笑んだ。
「話せたよ、ピシュルとしっかりね」
「本当!?」
「うん、もう少し聞きたいこともあったんだけど、これ以上はリアのためにもやめておいた方がいいと言われたから大人しく引き下がったよ」
前回ティルスが話してくれた通り、フィアやピシュル様たちがリアの側についているということをノーランの口からも聞くことができてひとまずは安心だ。
「皆様、無事にお祈りは終わりましたか?」
「えぇ、お気遣いありがとうございます」
後方の扉からひっそりと声をかけてきたティルスの先導で、そのまま帰りの馬車へと乗り込んだ。これ以上長い時間聖堂に滞在すると聖職者たちに怪しまれてしまうかもしれないので、続きの話はまた後ほど。
「またお力になれることがありましたらご連絡ください」
「ありがとうございます」
ティルス、ルピア、クレイヴの3人と聖職者たちは、僕たちの馬車が見えなくなるまで教会の外で見送ってくれた。
「ジェフ、王城に帰ったらすぐ、こっちの部屋にきてもらえる?」
「分かった」
ノーランの表情は、どこか嬉しげな一方、どこか憂いを帯びていた。
「まずは、ピシュルと話したことを全て話すね」
「今のリアの状況だけど、正直言ってあまり良くはないし、いつ魂と体が分離してしまってもおかしくない状態なんだそう。フィアがリアの魂を精霊界に連れていって、繋ぎ止めているおかげで、なんとか意識を取り戻す可能性を残しているんだって」
「精霊たちと連絡が取れない状況は、もう少しすれば解消されるはずで、ジェフとステラもルリやリトフと話せるようになると思う。リアが眠りについたからだと言っていたけれど、それがどういう意味なのかは聞けなかった」
「もうしばらくして、普段通り話せるようになったら、詳しいことを説明すると言っていたから、今のところは賊の後ろにいる人間の炙り出しが優先かな」
ノーランの話を聞き終わり、ステラは少し表情を明るくして喜んだ。まだリアを助けられる可能性が残っているってことね!と。
事件当日から今日までの数ヶ月間、彼女は罪悪感に苛まれながら生活してきたはずだ。そんな中で、こうしてリアを助けることができるという希望の可能性を目の前にし、喜ばずにはいられないだろう。
「まだ可能性が残っているというだけだけどね。まだ希望を捨てるには早いってことが分かっただけでも、十分訪ねた甲斐があったかな」
「そうだね。ただ、リアが眠りについた、の意味も、どうすれば助けられるのかもまだ分からないからね」
結局のところ、こちらが犯人を捕え、裁きを行ったとしても、リアが目を覚ます訳ではない。リアの魂が精霊界にいて、体と分離しようとしている状況で、僕たちができることは何もない。つまりは、ある種の無力さを突きつけられた訳でもあるのだ。
分かってはいた。リアが意識を失って今の状態になった時からずっと、自分の無力さをずっと感じ続けてきた。自分の何かを犠牲にしたり、努力をしたりすることで救えるのならどれほど僕たちの心は救われたことだろうかと思う日々だった。何もできることがない、ということは、何かを費やすことよりもはるかに辛いことなのだ。
「とにかく!私は絶対に諦めないからね!リアに謝るまで、私は死んでも死にきれない!」
「僕たちが今できることをやるしかないね」
ノーランはじっと手元の書類をみて、口角だけを上げて微笑んだ。




