表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/64

第十二話

今話のみステラ・クロサイト視点です。

ノーランに任された、割れた姿見の調査。元・知のアメトリン公爵令嬢ということで、こういった類の案件は私に回されることが多い。正直なところノーランやジェフが調べてもそこまで結果は変わらないと思うのだが、2人は私以上に忙しいので文句はない。



「うーん…」

「私もノーランも、割れなかった」

「ジェフが割った時に音が鳴らなかったのよねぇー」

「精霊の気配がしたでしょう…」


「うぅーん…」


現段階で分かっていることを紙に書き出しつつ、状況を整理していく。しかし、分かっていることが少なすぎて調査といっても何も進まない。


煮詰まってしまったので、あえてそのままにしてある割れた姿見の前に立ち、睨めっこを挑んでみる。


「気配なし、かぁ。だよねぇ、知ってたけど」

「ちょっとくらい何か残ってくれててもいいのにね」

「それで何か危害を加えられても困るんだけど…」


諦めてソファに座り直し、破片を手に取ったり、裏返したりして考えを巡らせる。


最初に嫌な気配に気がついたのはノーランだった。この部屋に入った瞬間からにわかに顔を歪め、使用人たちが出ていった瞬間、私に共有した。

『何か、嫌な気配がしない?』と。


私はノーランやジェフ、リアと比べて精霊の気配に鈍感なため、言われるまでは気がつかなかった。でも、一旦気がつくと、ずっと気になってしまうような気配だった。間違いなく、精霊の気配であることは、私にも分かった。


ノーランは急いでジェフを呼びに行き、部屋にやってきたジェフもやはりすぐに気がついた。


ノーランの指示でジェフが姿見を割ると、嫌な気配はすっかり消えてしまった。今はそれが、調査を難航させている原因だ。



ふと、破片を触る手が止まった。この、小さな破片の裏に、赤黒い塗料が付着しているのに気がついたからだ。

私は手元にある全ての破片を裏返したが、塗料がついているのはその破片だけ。すぐに姿見に寄って、落ちている破片も全て裏返した。所々、塗料がついているものがある。


それからの私は、夢中になって破片を並べた。割れる前の、元あった形に。


ジェフが目一杯の力で割ったせいで、柄が当たった部分は特に粉々に砕け散っている。こんなに復元が大変なのはジェフのせいだ、なんて理不尽な不満を心に持ちながら、なんとか完成させた時にはもう日が沈みかけていた。


そして、ジェフが教会から帰ってきたと侍女からの報告を受けた私は、すぐに部屋に呼んだ。ちょうど公務を終えたノーランも一緒に。



「ジェフ、持って行った破片、出してくれない?」


懐から取り出された1番大きな破片を裏返してはめると、その全貌は判明する。

姿見の後ろに描かれていたのは、何かの紋章だった。


「これは、教書か?」

「でもこれだと、上下逆さまになる」

「逆さの教書、狼らしき動物…」

「精霊信仰に反抗する勢力の仕業、かな」


これ以上詳しいことは分からないが、この姿見が悪意を持って作られたことは間違いない。この世界、中でもルピナスという精霊信仰の国で逆さの教書を描くなど、反逆心の表れでしかない。



「そうだ、ジェフは何か分かったの?」

「あぁ、もちろん」


ジェフは、教会での出来事を事細かに説明してくれた。

ティルスという女性を介して、フィアたち精霊の様子を聞いたこと。

姿見に宿っていた気配は、大精霊のものであること。



「おかしいじゃない。ピシュル様の気配なら、ノーランが気づくはずでしょう?」

「そこが問題なんだ。愛し子の言う、大精霊とは誰なのか」

「矛盾した話ね」

「ピシュルと連絡が取れさえすれば…」


少しずつ分かってきたこともあるけれど、核心的な事実に辿り着けたわけではない。今はまだ、分からないことの方が多い。


「とりあえず、私は明日、この紋章を調べてみるわ」

「もしかしたら、王城の図書館に参考になる本があるかもしれない」

「そうね。探してみる」




その日の夜、私は夢を見た。リアが出てくる夢を。


『リア!!』

『ス、テラ…?』


リアの体は黒い鎖に絡め取られ、建物の柱に括り付けられていた。目は虚で、声もどこか弱々しい。


『そう、私、ステラよ。こんなところで何してるの?』

『……』

『リア?』


目の前のリアは、私の瞳をじっと真っ直ぐに見ている。まるで心の奥底まで見透かしているかのようで、逆に何も考えていないかのようでもある。


『…なんで』

『え?』


一気に、空間の色が黒く澱んだ気がした。リアの表情が、一瞬で消え去った。それはまるで、心が壊れた人間のようだった。


『…なんで、私が』

『うん?』

『なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?』

『急にどうしたの、いつものリアじゃない』


『苦しいよ、怖いよ、もう嫌だ…』

『落ち着いて、リア』

『ステラに言われる筋合いなんてない!! 私がステラを庇ったから、代わりに刺されたから生きているのに。こんなに辛いなら、庇わなければ良かった』

『リ、リア…?』


『ステラが死んじゃえば良かったのに』


リアはうっすらと微笑みをたたえていた。こちらに手を伸ばし、誘うかのように。



「ステラ?」

「ごめ、なさ…私が、ごめ…ん」

「…大丈夫、落ち着いて。悪い夢でも見たの?」

「夢、だったらいいな」


私には、あの夢がリアの叫びに思えて仕方がなかった。きっと、苦しんでいるリアが助けてと言っているのだと。リアが言う通り、私が死んでしまえば良かったのかもしれないとさえ思った。


ノーランはそれ以上何も聞いてこなかった。彼はいつもそうだ。私が話さない限り、無理に聞こうとはしてこない。


「夢はね、所詮夢なんだ。どんなに悪い夢を見ても、それは夢だから。現実じゃない」

「…でも」

「違う?」

「ううん、違わない」

「でしょう? だから大丈夫、安心して」


そう言ったノーランは、朝まで私の手を握り続けてくれた。決してもう1度眠ることなどできなかったけれど、その温もりだけで、私の心は少しずつ穏やかになっていったのだった。


ごめんね、リア。

その思いを抱えたまま。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ