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08 兄のこと

 翌日の月曜日、やはり、遠藤は出勤してこなかった。




 そもそもの始まりは遠藤の母親の名が地元の新聞のお悔みコーナーに掲載されたことだった。

 役所に死亡届を出す時に、新聞に掲載するかどうかチェックする欄があり、遠藤は掲載にチェックを入れたのだ。

 届けの翌日以降に新聞に掲載されるのだが、たまたま町内でその日に亡くなったのは遠藤の母親だけだった。目立つことこの上ない。

 お悔みコーナーには故人の氏名と住所が掲載される。

 それを偶然に見た人が東京にいるある人物に知らせたことで事態が動き出したらしい。

 ある人物は早速弁護士をよこし、遠藤について調査することになったのだと言う。

 そのため、遠藤はしばらく仕事を休むことになる。

 月曜日の夕方、所長から聞いた話ではそういうことだった。

 それ以上のことは所長は言わなかった。

 すでに遠藤は帰宅している時間で、本人に問いただすことはできない。

 それに、俺には遠藤を問いただす権利はない。

 ただの同僚なのだ。

 しかもほとんど接触のない。

 チョコレートをバレンタインデーにもらっただけ、それも義理チョコだ。

 葬儀の時も火葬場でも、悔やみの言葉しかかけることができなかった。

 ただそれだけの関わりしかない。




 アパートに戻り、郵便受けを見ると不在通知が入っていた。

 なんだろうかと見た俺は激しく落ち込んだ。

 またかよ。一体何度目だよ。

 それは特別送達の不在通知だった。簡易裁判所からの。

 もう郵便局は閉まっているので、明日窓口に取りに行くことにした。




 俺には年子の兄がいる。

 名を譲司(じょうじ)という。

 浅戸譲司、なんだか俳優みたいな名前だ。

 確かに兄は俳優のようだった。

 人をだますのが実にうまいのだ。

 兄は、いや譲司は、子どもの頃は実に面白い奴だった。

 皆を笑わせるのが得意で、クラスでは人気者だった。

 俺が譲司の弟だと言うと、似てないとよく言われた。

 俺はあいつと違って、あまりしゃべらなかったからだ。

 高校を卒業したあいつは、就職した大阪の会社を二か月で辞めて実家に帰って来た。

 面白くない職場だと言っていた。

 俺は変なことを言うと思った。

 仕事というのは面白くないから、お金をもらうのだ。

 面白いんだったらお金はいらない、趣味と同じだ。

 その後、譲司は地元のスーパーに勤めた。

 面白い子だとお客さんには評判がよかった。

 だが、面白過ぎたあいつは同僚のパートの女性と親しくなり、女性の亭主が職場に怒鳴り込んできた。

 半年たたないうちにあいつはクビになった。

 その後も、職を転々と変わり、女も転々と変わった。

 俺が専門学校を卒業して就職した直後に、奴はつきあっていた女に子どもができて結婚した。

 俺はこれで落ち着くんだろうなと思い、結婚式に出席した。

 だが、披露宴の余りの派手さに不吉な予感を覚えた。

 あいつの給料だけではとてもできないような披露宴だった。

 引き出物はブランド物の洋食器のセット、料理はエスカルゴなんかがあって、慣れないコース料理におやじとおふくろは量が足りないと文句を垂れていた。

 悪い予感は的中し、子どもが生まれてしばらくして離婚した。

 また女ができたらしい。

「悪いけど、慰謝料とか養育費払うんでちょっとだけ貸してくれんか。」

 ボーナスが出た直後に珍しく顔を見せた兄に、俺はちょっとだけと十万貸した。

 だが返ってこなかった。

 その頃からあいつの噂が耳に入って来た。

「サラ金に何百万か借りてるって。」

「職場に督促の電話がきたよ。」

 おやじとおふくろのところにも督促の電話が来た。

 幸か不幸か、二人とも貧乏だった。息子のために返す金などなかった。

 おふくろは電話の相手に言った。

「金返せんとなら、あのバカを殺してもよかですよ。葬式とか全部そっちもちでお願いします。お骨も適当に処分してください。」

 実はおやじとおふくろは結婚式の時に金を数百万融通していたらしい。それがまったく返ってこない上に離婚したので、完全にブチ切れたのだ。

 そんなことを知らなかった俺は、甘かった。

 その後、何回か貸してやった。

 仕事が忙しくて使う暇がなかったせいもある。冬場など正月休み以外の休みはないし、起きている間は作業着と防寒着しか着ないから、冬物の服などめったに買わないのだ。

 おまけに仕事をしていると動きまわるから、太らない。暴飲暴食もしない。おかげでいまだに俺の体重は二十代前半の数値を保っている。

 というわけで服を買うわけでもなし、食事に金をかけるでもなし、俺の財布には少しゆとりがあった。

 だが金はいっこうに返ってこなかった。

 ある日のこと、兄が風邪を引いたが、保険証がないので病院に行けないと言う。

 国民健康保険の掛け金も払えなくなっていたのかとあきれた。

 保険証を貸してくれと言われた。

 嫌な予感がした。

 だが、目の前で苦しそうに咳き込む兄を見て、俺は断れなかった。




 数か月後、俺宛てに消費者金融会社から督促状が届いた。





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