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07 遠藤の謎

 今日は葬式だった。

 遠藤の母親は倒れたまま、目覚めることなくあれから四日後に亡くなったのだ。

 こじんまりとした斎場で遠藤は涙を見せずにじっとこらえていた。

 彼女以外親族のいない葬儀で俺たちは数少ない列席者だった。

 モハメドも国の装束で席に並んだ。

 黒い衣裳だったので、黒はどこの国でも喪の色なんだなと思った。

 後でモハメドに聞いたら、清潔な服ならなんでもいいらしい。

 だけど、日本だから、周囲を不快にしないように黒い服にしたのだと言う。

 どこまで、空気が読めるんだ、この男は。

 出棺した後、普通は斎場で解散だが、俺たちも火葬場まで行った。

 見送りがあまりにも少ないのだ。

 火葬場には、先に来て茶菓子を用意していた遠藤のご近所の主婦数人もいた。

 主婦たちはモハメドに恐る恐る茶を勧めていた。

「ありがとうございます。」

 モハメドは普通に挨拶したので、主婦は驚き恐縮するばかりだった。

「あん人はどこん国ん人?」

 帰る前に年かさの主婦に尋ねられた。

「アラブのなんとかという国の人。」

「あげえ!」

 主婦は驚きの声をあげた。この驚きの声からすると、この主婦はこの町の出身ではないらしい。

「じゃっとなあ。日本語がうまかなあ。」

「エリートじゃから。」

 モハメドはそんな話をしていることも知らずに、母親のお骨の入った箱を持つ遠藤を見つめていた。

 それがなんだかせつなそうな表情で、俺はモハメドに少しだけ同じ男として同情していた。

 民族も宗教も違うんじゃ、ハードルが高過ぎる。

 同じ日本人だって、言葉が通じないこともある。気持ちだって理解できないことも多い。

 ましてや、国が違うんだから。

 情熱だけでは解決しない問題が山積みだ。




 翌日は土曜日、その次は日曜日だが俺たちは仕事だった。遠藤は事務員なので出勤ではない。たぶん月曜日も忌引きで休むだろう。

 日曜日の夕方現場から事務所に戻ると、所長がいた。

 所長は三十五歳。一昨年四月に来て、今年は二年目だ。

 この年で田舎とはいえ出張所を任されるのだから、それなりに優秀らしい。結構仕事もとってくる。

 書類の作成で所長もいろいろ忙しいらしく、パソコンの画面を見ながら、キーボードを打っている。

「お疲れ様です。」

 所長は顔を上げた。目が充血している。

「お疲れ。」

 そう言うと、大きく伸びをした。よほど根をつめていたらしい。

「遠藤さんの家族ってお母さんだけなんだっけ。」

「え?」

 唐突な問いに俺は間抜けな声を出していた。

「ですね。」

 以前、ホームセンターで大人用の紙おむつを買っているのを見た。葬儀の時にいた近所の人の話では寝たきりに近かったらしい。介護をしながら、遠藤は働いていたのだ。

「いや、今日さ、妙な電話がかかってきて。明日、弁護士が来るらしい。」

「弁護士?」

 あまり御近づきになりたくない種類の職業の人である。

「どうも、あの子はわけありらしい。」

 所長は声をひそめた。

「わけあり? どういうわけなんですか。」

「それがわからん。何か聞いたことない? 浅戸さん、長いでしょ?」

 長いと言っても滅多に顔を合わせないのだ。まともに話す機会もほとんどない。

「江口さんならなんか知ってるかもしれませんけど。」

 俺はそう言って、机の上のパソコンの電源を入れた。日報を書かないといけない。

「東京から来るって言うんだよ。あの子、確かに言葉がきれいだよな。こっちじゃないだろ。」

 そういえば、遠藤が方言で話しているのを聞いたことがないような気がする。

 アクセントもテレビのアナウンサーみたいとまではいかないが、このあたりの人とは違う。

 元々はこっちの人ではないのだろう。

 葬儀に母親の親戚らしい人もいなかった。

 五年も働いているのに、俺はちっとも彼女のことを知らなかった。

 モハメドのことのほうが詳しいかもしれない。

 真面目なムスリムで、故郷には大勢兄弟姉妹がいて、母親以外に父親には奥さんが複数いるとか。

 大学で日本語の他に土木、建築について勉強したこと。

 日本に来る前はヨーロッパに留学していたこと。

 日本で研修生を終えたら、故郷に帰って建設会社に就職する予定だということ。

 それなのに、遠藤の事は知らない。

 彼女がうちの出張所に来る前のことも、今の生活も。





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