06 現場検査終了
現場の書類も終わり、今日は検査だった。
今回の現場は県道関係なので、県の職員が来る。といっても地方の土木事務所からなんだが。
この検査、現場をただ見るだけじゃなく、質問もされる。
答えるのは担当者。
今回はもう一人の例のあいつだ。
俺にいろいろと仕事を押し付けてくれた。
で、この検査の質問というのが、大体決まっていて、会社の中でほぼマニュアル化されている。
それを見て聞かれそうなポイントを押さえておけば、さほど心配はない。
写真を準備したり、数値を把握しておけば何のことはないのだ。
普通は。
俺の仕事は写真や書類を質問のたびに県の職員に見せるだけだが、あいつは自分で答えないとならない。
大丈夫なのだろうかとひやひやしたが、想定通りの問答だったのでなんとかできた。
終わった後のお茶の旨かったこと。
あいつともこれでお別れだ。そう思うとほっとした。
そういうわけで今夜は現場の打ち上げだ。
いったんアパートに帰って風呂に入り着替えた。
場所は魚の旨い居酒屋。
時間通りに行くと、モハメドがすでに来ていた。奥の座敷に一人、座布団の上にちょこんと正座している。
「酒は飲まないんだっけ。」
「はい。」
信心深いモハメドはこんな時も真面目だ。
やがてばらばらとメンバーが来始める。事務所長、社員、作業員。
江口と遠藤も来た。
俺はモハメドの隣に座った。なぜか遠藤が向かい側に座った。
相変わらず高校生みたいに黒いショートカットの髪で、着ている服も仕事の時に着ているものと大差ない。よくいえば清楚、正直言って地味だ。
「お疲れ様でした。」
遠藤はそう言うと少し顔を緩めた。笑顔とまではいかない。
「ありがとうございます。」
モハメドが言った。俺もつられるように言った。
「ありがとう。」
遠藤は目を伏せた。
わからん。一体、何を考えてるんだ。江口、本当におまえの言った通りなのか。俺に似た「レジェンド」の話ばかりしてたとか……。
乾杯の後、刺身や煮魚、焼き鳥、焼き魚をひたすら食べた。モハメドは焼き魚を食べていた。
「いいのか、これ。」
「魚はいいのです。焼き鳥はハラルでなければ食べられません。」
モハメドの前にはジュースの入ったコップが置かれている。ノンアルコールビールでいいんじゃないかと言ったら、本物のビールを間違えて飲むかもしれないからと言った。
モハメドはひたすら魚を食べていた。
俺は遠藤に向かって言った。
「食べてる?」
俺は彼女の取り皿を見る。あまりたくさん載っていない。
「はい。いただいてます。」
逆に自分のそばにある焼き鳥の皿を俺の前に置いてくれた。
「ありがと。」
モハメドはちらっと遠藤を見て言った。
「遠藤さんはここに何年いらっしゃるんですか。」
「五年です。」
「ご家族は?」
「母と二人です。」
「お父様は亡くなられたのですか。」
「……はい。」
まるで面接のようだと俺は思った。モハメドと遠藤は会う機会がなかったからだろうが、それにしてもなんだかいつもと違うぞ、モハメド。
「それではお母様は苦労なさったのでしょうね。」
遠藤はうつむいた。モハメドはそれ以上質問しなかった。まずいことを聞いたと思ったのかもしれない。空気を読めるモハメド、ある意味日本人以上だ。
不意に携帯の着信音が鳴った。遠藤が立ち上がった。失礼しますと言って座敷の外に出た。
モハメドが言った。
「彼女は恋人がいるのでしょうか。」
そんなことをモハメドが訊くなんて思いもしなかった。
「どうかな。いないと思うが。」
モハメドの顔が少し緩んだ。もしかして……。
俺が訊くまでもなく、モハメドはつぶやいた。
「彼女は慎ましく、美しい。」
モハメドはどうやら恋に落ちたらしい。俺は少しだけ安堵していた。若い彼女には若いモハメドのような男がいいに決まっている。
無論、信仰や文化の違いがあるが、モハメドは真面目で働き者だ。俺に娘がいて、モハメドを連れて来たら、最初は怒るかもしれないが、最終的には許してしまうかもしれない。
だが、そんな想像は戻って来た遠藤が所長に告げた一言で終わった。所長は遠藤の言葉をうなずきながら聞いていた。近くにいた江口もそれを聞いていたようで、俺の隣に置いてあった遠藤のバッグを取った。
「どうしたんだ?」
「遠藤ちゃんのお母さん、倒れて救急車で運ばれたって。私飲んでないから送ってく。」
モハメドはおおと叫んだ。
江口と遠藤の二人が店から出た。
俺はなんとなく落ち着かなかった。モハメドもどこか不安そうだった。
結局それから二十分ほどで打ち上げはお開きになった。二次会に行っても俺は上の空だった。カラオケを歌う気にもなれなかった。




