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神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第三話 巡回

神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第三話 巡回


「神代さん、今日はどちらを巡回しますか?」


運転席に座る三輪が、尋ねた。


「いつもの巡回ルートでいいよ」


運転席の三輪は前方をまっすぐ見据えたまま、穏やかに答える。


「巡回は、いつも車移動なの?」


「はい、車なら短時間で広範囲をカバーできるので、どうしても移動は車に頼りがちになります。」


「少し、歩こうか」


「はい……って、ここでですか?」


「あそこの公園に行こう」


エンジンを切ると、三輪は鍵を抜いてドアを開けた。


公園の脇にある自動販売機の前で、蒼真が立ち止まった。


「缶コーヒー、ブラックで大丈夫?


「えっ……! はい、ブラック、お願いします。


「はい、どうぞ」


蒼真は慣れた手つきでボタンを押し、取り出した二つの缶のうちの一つを三輪に手渡した。


「あ、ありがとうございます。ご馳走様です」


「いえいえ」


冷えた缶の感触を確かめながら、二人は緑豊かな公園の敷地内へと足を踏み入れた。夕暮れ時の公園は、どこにでもある穏やかな日常の風景そのものだった。


「三輪さん。この公園を見て、どう思う?」


蒼真は一口コーヒーを含んでから、静かに問いかけた。


「平和ですね……。ベンチでは主婦の方たちが楽しそうに井戸端会議をしていますし、子どもたちの姿も見えます」


「そうだね。じゃあ、質問を変えよう。あの主婦の人たちは、何人いる?」


「ええと……」三輪は視線を向こうのベンチに向けた。「四人、ですね」


「では、そこに落ちている影はいくつある?」


「影は……えっ!?」


三輪はハッと息を呑み、目を凝らした。


主婦たちの足元に伸びる影は、明らかに四人分ではない。


「あ、あれ……? 五つ、あります!」


「そうだね。数が合わない」


蒼真は穏やかな笑みを浮かべたまま、しかし鋭い眼差しでその影を見つめた。


「ねえ、車はとても便利だし、効率的だ。でも、スピードが出ていると、こういう細かな違和感に気づかずに通り過ぎてしまうこともある。だから私は、できるだけ自分の足で歩くようにしているんだよ」


三輪は自分の不甲斐なさに冷や汗を流しながらも、蒼真の言葉の深さに圧倒されていた。


「もしかして……今、ここで捕まえますか?」


三輪が腰の退魔具に手をかけようとすると、蒼真は静かに制した。


「待って。何故、捕まえるの?」


「えっ、だって妖ですよね? 放置したら危険では……それに、百鬼夜行のリーダーは誰になるのかとか、今の情勢はどうなっているのかとか、そういう情報を聞き出すチャンスじゃありませんか?」


蒼真は、首を振った。


「あそこにいるのは、主婦たちの会話に紛れ込んでいるだけの低レベルな妖だよ。そんな大層な機密情報を、彼らが知っていると思うかい?」


「それは……」


「それに、人間の姿を借りて大人しくしている妖が、必ずしも我々に敵対する悪い妖とも限らない。まあ、顔と妖気はしっかりと覚えたからね。今すぐ実害がないのであれば、しばらくは泳がせて様子を見ても良いと思うよ」


蒼真の冷静で視野の広い判断に、三輪は深くうなずいた。


「……分かりました。私の視野が、まだまだ狭かったようです」


「いいんだよ、これから少しずつ覚えていけばね。さて、コーヒーを飲み終えたら、もう少し歩いてみようか」


二人は再び歩き出し、夕暮れの街並みに溶け込んでいった。車窓からは見えない、日常と非日常の境界線を見極めるために。


 三輪は今日初めて、巡回とは敵を探すことではなく、人々の日常を守ることなのだと理解した。

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