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「ねぇ、おかしいわよお父様」
「なんだい僕のファーラ、おおかわいいねぇ」
すぐさま人参色の頭を撫でてこようとする父の手をはねのけ、机の上に置くのは収支報告書。パントーニ領の小麦やチーズ、羊毛だって悪い出来ではないのに、ここ最近生活が少し苦しくなったと思ったら。
メガネをおしあげ、もう一度述べた。
「おかしいわよお父様、これどうみても領地開発資産が減っていっているわ!」
「どれどれ…おやまぁほんとだ。でもうちの領民は真面目だし、大丈夫だよ」
農具の刷新に柵の建て直し、干ばつ対策に害虫対策などしていたら領地開発資産なんてあっという間になくなると言うのに。新種の栽培を試す余裕がないわけである、こんなじり貧では。
のんびり収支報告を眺める楽観的な父を見て、イライラしてきた。領民の生活を両肩にのせている気合いはあるのか、この男?だいたい祖母が甘やかしすぎたせいだ、だから祖父がファリーナに領主としての仕事を教えるはめになっているのに───
ため息を付きそうになって、持ち直す。
「お父様、絶対に、ぜーったいに、会議で発言してきてくださいね。魔石地帯にばかり増やすのではなく、穀倉地帯にも開発資産をと!国民を支えているのは穀倉地帯もおなじだと!!!!」
たかが一領主の娘に王宮での会議に出る資格はない。発言権を持っているのは父だけだ。「う~ん、自信ないなぁ」「緊張するよ」なんて戯言を言っていたが、問答無用で会議に送り出したのが一ヶ月前。
かなり意気込んで言った。かなりどころかとても意気込んで言った。しかし、ようやく帰ってきた父に聞くと─
「あ、えーっとね、それがね、魔石採掘にいい機械が発明できそうらしくて。ほら、そしたら生活魔道具がより発展して暮らしが豊かになるし。魔石で農具もより使いやすくなるかもしれないし」
その新しい農具を買う資金がない、ということを分かっているのだろうか。分かっていないんだろう。
ため息をつきたくなりながら、なるべく冷静に言う。
「…そうですか。で、魔石地帯だけでなく、穀倉地帯にも予算を回すように言ってくださったんですよね?」
「言えない言えない!あんな怖いとこでそんなこと!もう魔石に予算をさく路線で決まっちゃってて、そんな空気じゃなかったよお」
ぶち、と何かが切れるおとがした。
「……そうでしたか」
「それより見てファーラ、ほらお見合いの…」
「お父様、」
何か言いかけている父を止め、向き合ってにーっこりと笑う。目の前で父が冷や汗を浮かべ、あの、とか言ってるような気がした。言っていたとしても気にするものか。
領民の笑顔、黄金色の麦畑、鳴り響く羊の鐘と牛の鳴き声を思い出す。大切なあそこを守るためだったら、何だってしてやる。
「お父様の気持ちはわかりました」
「あ、そ、そう?そうなの?」
何だかよくわかっていない父を睨み付ける。
「私が─」
息を思いきり吸い込んで、人生で一番の大声を出した。
「私が、直訴さていただきます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
父に発言してもらうのが一番だったがもうどうしようもない。こんなのに任せておけない。幸い、王家は今色んな意見を聞こうとして、学園にいる王子に交遊関係を広げさせていると聞く。
学園には通わず、領地にいるつもりだったがそうはいかない。王子にあって直訴してやる!
その日から猛勉強を重ね、来る春の季節、新入生として学園の門戸を潜ることとなったのだった。
◇◇◇
入学した王立学園の中は魔術科、騎士科、淑女科、政務科に分かれている。
魔術科の3年に第一王子が在籍していることは聞き込みで分かったが、魔術科にいるくらいだ、また『麦より石』派だろう。教えてくれた先輩も、今年は3年の転入生が多く第一王子の婚約者が苛立っているから近づかない方がいいと教えてくれたことだし、そちらには関わらないことにする。
そこで、自分と同じ新入生の第二王子に狙いを定めることにした 。第二王子は騎士科に在籍しており、所謂脳筋だという。
同じ学生でも、いきなり王子に話しかけるわけにはいかない。少し考えた後、騎士科の指導官室へと向かった。
「なに?体力作り?」
「ええ、実家が穀倉地帯なもので、毎日体を動かしておりましたの。ですが学園の政務科では体を動かすことがないものですから、サリアス先生にみていただけないかと」
「なるほど、感心感心!」
腕を組み、笑顔で首肯する指導官長に内心ほくそえんだ。ここまでは予想通りだ、次はこの後どうでるかだが──
「しかし、中々時間が取れなくてな。騎士科の朝の鍛練に混ざる形でもよいか?」
「そうなのですか…サリアス先生に見ていただけないのは残念です。わがままをいって申し訳ありませんが、混ぜていただきたいです」
「あいわかった。時間が取れたら声をかけよう」
殊勝に頭を下げながら、踊り出したい気分だった。やる気のある生徒としてアピールしながら辺境ではかかせない体力作りができ、第二王子と自然に近づくチャンス。ついでに領地のためになる良い人でもゲットできたら万々歳だ。
翌日、足取りも軽く騎士科が朝の鍛練をしている庭へと向かうと、ちょうど始まりたてのようだった。早くも汗の匂いが漂い、大勢が身体を動かすことで生まれる熱も感じられた。こちらと目が合った一角は、ざわつき始める。
「おい、見ろよあれ」
「うわ、朝の鍛練に混ざる子がいるって言ってたの本当だったんだ」
「女騎士目指してんだろ、様子みてやれよ」
「政務科の子でしょ?どのくらいやれるのかわからないわよ」
ざわ。ざわわ。
どうやら、2人一組でストレッチや筋肉トレーニングを行うようだ。異分子を押し付けあう様子に少し苦笑する。遠巻きにされるのは覚悟の上だ、兎に角第二王子との繋がりが欲しい今、ここで挫けるわけにはいかない。
ファリーナは庭を見渡し、ざわめきから外れ、一人剣をふる人影を見つけた。
朝日の中鋭い音をたて、額には汗で髪が張り付いている。美しさのためではなく、実践のために磨きこまれたであろう均整のとれた体つき。
何て良い素振りの音、ハリー農園のおじいちゃまにも勝るとも劣らない。
「おはようございます。素敵な素振りですね!鋤や鍬に興味はございませんか?活躍の場がありますよ!」
「は?……僕に言ってるのか?」
「あっすみません思わず心の声が。素敵な素振りですね、私と筋トレしませんか?」
「言い直さなくていい。あっちに人がいるだろ、そっちに頼んでくれ」
「あっちの人ってどちらですか?」
「だからあっち──」
突然のファリーナに驚きつつ返答していた少年は、人だかりの方を指差そうとして誰もこちらに目を合わそうとしないことに気づいたようだった。
視線が自分に戻ってきたので、肩をすくめてみせる。
「ね、私一人ではストレッチもトレーニングも出来ないんです。お願いします」
「君、僕を誰だと……」
「誰であろうと大丈夫です!よろしくお願いします!」
もしかしたら鼻つまみ者なのかな。遠巻きにされてるし。
頭のなかでは若干失礼なことを考えつつ、強めに押していく。相手がため息をつきつつも引き受けてくれたので、遠慮なく鍛練に混ざることが出来た。
まずは身体をほぐして走り込み、スクワット、腕立てに腹筋。手押し車。
一通り終えても流石騎士科、周りに息を荒げて腕や足を震えさせている者はいない。─私以外は。
「ひー、ふー、さ、さすがですね」
「いや、君もな。正直最後まで出来ると思わなかった」
「た、た、たいりょくしょーぶなんですよ、こくそーちた、いってぇ」
「いい、喋るな、つらいだろ。水いるか?」
「はー、はい、ほ、ほしいです」
「分かった、取ってくるな」
水を取りに駆け出したパートナーを見送り、汗でくもる眼鏡を外して額をぬぐう。舐めてた。そこら辺の令嬢より体力がある自信はあったが、騎士科はその更に先の先だった。
朝の鍛練を終え、散り散りになっていく生徒達のなか、一人座り込む。なんだかんだ、パートナーになってくれた人は最後まで付き合ってくれた。何で遠巻きにされてたんだろう、いい人なのに。
「なあ、水持ってきたぞ」
「あ、ありがとうございますうう」
鍛練後とは思えない身軽さで取ってきてくれた水を一気に流し込み、一息ついたところで改めて相手に向き合う。
「ふー、ほんっとうにありがとうございました」
「いや、別に。意外と君根性あるな。政務科とは思えない」
「頭でっかちだと思ってました?」
「いや……うん、そうだな。政務科ってやっぱり、体力のないイメージだった。すごいよ」
あまり表情は変わらないけれど、たんたんと褒められる。
うーん、本当に何ていい人なんだろう。学園の、ひいては王都の人ってもっと冷たいかと思ってた。組んでもらったお礼といってはなんだが、この人が騎士科で遠巻きにされないように一緒に馴染んでいけたらいいな。
同志を見つけた気持ちで何だか嬉しくなって、とっておきの物を鞄から取り出す。
「ありがとうございます。これ、お近づきの印にどうぞ」
「…パン?」
「ええ、ただのパンじゃありません。我がパントーニ領自慢の麦に酵母に発酵時間までこだわりぬいたライ麦パン!1口齧れば香りが広がり豊かな小麦の味の向こう、確かな甘さを味わえますよ。朝の授業前に少しでもお腹を満たしてください」
「あ、ああ…?」
「是非味わってくださいね。これからもよろしくお願いします!」
「え、これからも?あ、おい!」
もっと領を売り込みたいけどもう授業の時間だ。戸惑った様子だけど、パンを1口食べれば世界が変わること間違いなし。感想はまた明日聞けばいい。
領地改革に向け、次は授業を全力で受けなければ!
少しよろよろとしつつ走り去るファリーナを止めることも追うことも出来ず、もらったパンを手にしたまま少年は一人呟く。
「あいつ…僕が第二王子って、わかってるか…………?」
1口、ぱくり。
「……おいしい」




