ジョルジュとミコト
背後から声をかけられたミコトは振り返る。
そこに立っていたのはジョルジュ・ジュベール。
なぜかバスローブ姿のジョルジュが立っているのだ。
ミコトはジョルジュの存在と、その姿に驚き目を見開いた。
(!? なぜここに? それに、その格好……)
ミコトの視線に気がついたジョルジュは明るく笑いながら言った。
「この格好、すごいだろ? 侍女が慌てて部屋に来て、ミコトが逃げ出したと、アハハ! それに、城にかかっている魔法をことごとく無効にして……ハハハ!」
ジョルジュは髪をかき上げながら明るい笑顔をミコトに向ける。そこにはミコトを責める気持ちなど一切ない。
楽しそうに笑うジョルジュを見て、ミコトの張り詰めた気持ちもほぐれ始める。
(ジョルジュ様、怒っていない? それに……)
ミコトは、笑いながらバスローブの紐を縛り直すジョルジュを見つめた。先日見たジョルジュは威厳と自信に満ちていた。でも目の前で明るく笑うジョルジュは、バスローブ姿、それも裸足だ。威厳も何もない。濡れた髪をそのままに、どれほど急いでいたのかわかるその姿に、沈んだ心に光が差す。
(慌てて、城を飛び出し、探してくれた……)
ミコトの心が歓喜に震え始める。
(ジョルジュ様が……私を追いかけてくれた……)
ふと見るとジョルジュの両足は血が滲んでいる。道なき道を裸足で追いかけたからだ。魔法を使わず、走って追いかけてくれた。この事実にミコトの目頭は熱くなり、指先が震え始める。
ミコトは唇を結び涙を堪えジョルジュの足の怪我を見つめた。
(何か薬があればいいのに、私は何も持っていない……)
ジョルジュはミコトの視線に気付き治癒魔法で両足の怪我をあっという間に治し、再びミコトに笑いかけた。
ミコトは気まずい気持ちがない訳ではないが、目の前のジョルジュの姿に声をかけずにいられなくなった。
「……ジョルジュ様、あの、すごい……格好ですね」
ミコトはそうまでして追いかけて来てくれたジョルジュの行動に心が跳ね上がる。だが、それと同時に罪悪感のような申し訳ない思いが胸に広がる。
「……そりゃー慌てるよ。だって女性に逃げられたのは初めてだから……それも、よりによってミコトに逃げられるなど、私は大魔法使いとして失格だ!! アハハ!」
ミコトはその言葉を聞き、肩の力が抜けた。ジョルジュほどの人間でも慌てると、大魔法使いとして失格だと言ったその言葉に、ジョルジュもミコトと同じように大きな責務を背負っているのだと感じることができたのだ。
それに、女性に逃げられたのは初めてだと言ったジョルジュの笑顔には、恥じらいの色も感じる。完璧に見えるジョルジュも同じ人間だとミコトは感じることができた。
「……ごめんなさい。あの、悪意があったわけではなくて、あの……」
ミコトはジョルジュに頭を下げた。考えてみたら大変失礼なことをしてしまったのだ。王となるジョルジュ、大魔法使いのジョルジュから逃げ出した女などミコト以外いない。それも城の魔法を無効にし、きっと城の中は大騒動だ。ジョルジュにも恥をかかせてしまった。
「……ミコト、大丈夫。わからなくはないから……その気持ち」
ジョルジュはそう言ってミコトの目の前に立ちその手を握った。
ミコトの体が一気に熱くなる。顔を上げると目の前にジョルジュの顔がある。吸い込まれそうなほどの美しい瞳から目を逸らすことができない。頭の中が真っ白になる。
(目を逸らせない。このままこの青い瞳に溺れてしまいそう)
ジョルジュはミコトを見つめ目を細め、その唇にキスをした。
その瞬間ミコトの体はビクッと動き、驚きで目を見開く。
だが目を細めミコトを抱きしめるジョルジュに全てを任せようとミコトは瞼を閉じた。
「……ミコト、この近くに私の隠れ家がある。そこに移動しても良いか?」
ジョルジュは唇を離しミコトの額に自分の額をつけ言った。
恋人同士のようなジョルジュの行動に鼓動が速くなる。気が遠くなりそうなジョルジュの甘い言葉にミコトは頷いた。
ジョルジュはミコトの額にキスをしもう一度抱きしめる。ミコトはジョルジュの魔法にかかったような甘い時間に何も考えられなくなった。
ジョルジュは徐にミコトを抱き抱えた。ミコトはジョルジュの胸に顔を埋める。バスローブがはだけたジョルジュの胸板に触れミコトの身体が熱くなる。これから起こるジョルジュとの時間を連想し、恥ずかしさに俯く。
ジョルジュはそんなミコトの頭にキスをして、街が一望できる丘の断崖から飛び降りた。
ジョルジュは移動魔法を使った。
ミコトは魔法を無効にする。だから魔法の範囲を広げミコトが干渉しないように、周りのものを一緒に移動させないようにしたのだ。
気がつくとミコトは部屋の中にいた。
ジョルジュはミコトをベッドの上に優しく寝かせ、自らバスローブを脱いだ。
目の前にたくましい体のジョルジュがいる。
ミコトはジョルジュから目を逸らす。恥ずかしさでパニックになりそうだ。
そんな可愛らしい反応をするミコトの頬に触れ、ジョルジュはミコトを見つめる。そのまま優しくキスをし、ジョルジュはもう一度ミコトを見つめた。
言葉はないが、大丈夫?と、聞かれているようなその優しい眼差しに、ミコトは全てを任せようと覚悟し、瞳を閉じる。
ジョルジュはそのままミコトの唇にキスをし、二人は初めての契りを交わした。
翌朝、ミコトはジョルジュの胸の中で目を覚ました。
起きたミコトにジョルジュは優しく微笑み声をかける。
「ミコト、体は大丈夫?」
ミコトはその言葉に昨夜の契りを思い出し一気に耳まで赤くなった。
(恥ずかしすぎてジョルジュ様の顔が見られない)
ミコトは両手で顔を押さえジョルジュの言葉に頷いた。恥ずかしさに気持ちが動転し頷くだけで精一杯だった。
ジョルジュはミコトの気持ちを察し、それ以上何も言わなかった。
それから二人は起き上がり、この屋敷に待機していたメイドに身支度をしてもらい、ミコトは神殿に、ジョルジュは城に戻った。
帰りの道中馬車の中でジョルジュは言った。
「ミコト、私の力を柊に渡し、ミコトの祝福を与えるんだ。そうすれば柊はドラゴン王の力を得てゆく。それをあと四度繰り返せば、柊はドラゴン王となり、この世界は安定する。ミコト、使命を全うしてくれて感謝する。ゆっくり休んでくれ」
ミコトはジョルジュのその言葉に頷いた。本当はミコトも同じようにジョルジュに労りの言葉を伝えたかった。だが、それを伝えることもできない心境に一瞬で陥ってしまった。なぜなら今のジョルジュの言葉は大魔法使いとしての言葉だ。昨夜はそんな使命を忘れるほどのジョルジュの対応に満たされた。だが、実際はそのための契りだったと言われたような気がしたのだ。
(でもそれは事実。勝手にありもしない期待をした私が、情けない)
ミコトは複雑な心境を心に秘め、馬車の窓から過ぎゆく景色を眺め続けた。




