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【この結婚が終わる時】外伝 木蓮の花が咲く頃に  作者: ねここ


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後悔

 

 どこを走っているのかわからないが、走っている時ミコトは初めて自由を感じた。

 自由とは意思の力が必要なのだと初めて知る。過ぎて行く景色が輝いて見えた。

 


 ミコトは追いかけてくる魔法の力を撥ね除ける。異世界から来たミコトには魔法が効かない。それを見せつけているのだ。

 

(私を止めることも捕まえることもこの世界の人はできないのだわ!!)

 

 同時にそれは誰一人ミコトを魔法では探し出せないことを意味している。


(神様、ごめんなさい! 私にこの使命は無理です!)

 

 ミコトは心の中で創造の神メシエに謝りながら城から出て行った。


 そのまま神殿に戻らずひたすら走り逃げ続けた。草むらを掻き分け小高い丘を登り一本のマグノリアの木の下でようやく一息ついた。


「ハアハア……逃げ切った?」

 

 その丘から街が見渡せる。空には満天の星、月はない。空気は少しひんやりしているが、走ったミコトには気持ちよく感じる。


 (やったわ! 私は自分の意思で逃げ切った!)


 清々しい気持ちに喜びの笑顔が浮かぶ。この世界の唯一の救いである聖女が使命を放棄し自らの意思で逃げたのだ。

 

(これでもう悩むことはない。ドラゴン王は誕生しないし、世界も安定……しない)


 ミコトの顔から喜びが消える。

 

(柊、かわいい私のドラゴン……)

 

 ミコトの顔から血の気が引いてゆく。

 

(私が逃げたことで柊がドラゴン王に……なれない……)

 

 急降下する心、神殿に置いてきた柊が気になった。


 

(柊が、ドラゴン王になれない!!)


 その現実を思い出し一気に熱が冷め冷静になる。


(どうしよう、柊がドラゴン王になれないと、柊はどうなってしまうの? まさか死んじゃったり!?)


 ミコトはマグノリアの木に頭をつけ、ブルブルと震え出す。先ほどまでの勝ち誇った心がポキッと折れ、後悔の波に飲み込まれる。自分の小さな感情に翻弄され、柊の未来を奪ってしまった。

 

(ドラゴン王になれないドラゴンはどうなるのだろう……)


 急激に冷めた熱がミコトの理性を呼び覚ました。

 

 (なぜ私は逃げてしまったの? 柊の事を忘れ、自分だけの気持ちを押し通して……ああ、私は、聖女としても、柊を愛する人としても失格だわ!!)


 ミコトは自分のしでかした現実の重さに気が付く。

 

(私を母親のように思っている柊を裏切ってしまった……あの洞窟で会ったドラゴン達を裏切ってしまった)


 立っていられないほどの後悔がミコトを襲う。


(私を聖女だと受け入れてくれたモーリスや、同じ使命を持っているジョルジュ様も裏切って……しまった)

 

 輝いていたはずの景色が色を失い、目の前が真っ暗に変わる。逃げた後の事など何も考えていなかった自分に腹が立つ。そして気が遠くなりそうなほどの後悔に打ちのめされた。


(ごめんなさい、ごめんなさい)

 

 目の前の現実に崩れそうになる体を支えるためにマグノリアの幹を抱きしめた。マグノリアは何も言わない。ただ、優しい芳香がミコトの心を温かく包み込む。

 

(木蓮の木、あなたはいつも私のそばにいてくれる……私、大きな過ちを犯してしまったの……)

 

 ミコトは泣き出した。


 溢れ出る涙は後悔の涙。罪悪感の涙。

 

 

(自分だけの意思を押し通した後悔の涙がこんなに苦いだなんて、私は知らなかった……柊、柊! ごめんなさい……)


 感情的になり城を飛び出してしまったが、ミコトは深い後悔の念に涙を流す。

 

(私はばかだ。自分のことばかり考えていた)

 

 自分のちっぽけな感情を選んだばかりに柊を始め、この世界の人々が平穏に生きることができなくなってしまうのだ。ミコトに親切にしてくれたモーリスも、明るく笑うジョルジュも不幸になってしまう。そして柊の未来も奪ってしまった。


(ああ、ごめんなさい!!)


 今更ながらにミコトは自らの使命の重さに気がついた。


(……自分の気持ちなど、こんなちっぽけな自意識などこの使命の重さに比べたらなんでもないことだわ。……もう一度覚悟を決め、城に、戻ろう。謝って許されるとは思えないけど、それでも行動しなければ……)


 そう思いながらもミコトの気持ちは揺れている。使命のためなら、感情のない人として扱われても仕方がないと、認め、受け入れなければならない。聖女の役割は大きな慈悲を持ち人類を安寧に導くことだけ。


(同じ人間としての苦しみや悩み、嫉みも憎悪も持っていないように装い、全てを受け入れこの世界のために尽くす人間。それが私の選んだ道で、それが私の立場なのだわ)


 ミコトは唇を噛んだ。

 あらゆる感情を受け入れ、それを心の奥底に押し込め生きなければならない。それが皆の幸せであり、ミコトの使命なのだ。


(でも、正直に言えば、世界の人々のためには覚悟は決められないし、聖女にもなれない。だけど、柊のためになら、できる。この辛さも受け入れられる。柊、ごめんね。こんな弱い私でごめんなさい。ちゃんと自覚するから、柊のためにこの使命を受け入れる)

 

 ミコトは顔を上げた。漠然とした形のないもののために何かを覚悟することはできないが、目の前にいる小さな命のためならその覚悟はできる。

 

(それに……明るく笑うジョルジュ様の笑顔を曇らせたくない。ジョルジュ様も同じように大きな使命を背負っているのだから)


 ミコトはジョルジュのことを考えた。この世界の大魔法使いで、王様になる人。背負っているものの重さはミコトの比ではない。


(ジョルジュ様、逃げてごめんなさい。本当に失礼なことをしてしまった。ごめんなさい、ごめんなさい。今から……城に戻ります)

  

 ミコトは涙を拭い覚悟を決めた時、背後から声が聞こえた。

 


「……ミコト、探したよ」


 

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