ジョルジュの決断
ジョルジュは血に濡れた洋服を握りしめミコトと過ごした隠れ家に行った。
*
ほんの一日前、いや、十数時間前にミコトと共に過ごしたこの部屋。一人ベッドに腰掛け、血だらけの洋服を抱きしめる。
温かさが消え、心を刺すようなその冷たい感触に取り戻せない時間を思い知らされる。
笑わないミコトがいつからか、笑ってくれるようになった。話をしてくれるようになった。
いつの間にかそれが当たり前に感じ、ここにいてくれると言った言葉に安心した。
そこにどれほどの意味があるかなど、考えもしなかった。
当たり前など何一つないと言うことに、今さら気がついてもミコトはもういない。
この世界にいた痕跡も消えてしまった。
死にたくなるほどの喪失感に息ができなくなる。
このまま死ねたらと消滅の魔法を自らにかけようとする。だが、
『ミコトはジョルジュのために異世界に帰った』
柊の言葉を思い出す。
もしここで死を選んだらミコトの選択は無駄になってしまう。
『目の前で誰も死んでほしくない、冷たい体を抱きしめ涙を流す、そんな思いを二度としたくはない』
あの言葉をどれほど後悔しても、取り戻せない言葉。だが、あの言葉の重さは真実であり、消したい言葉ではない。
ミコト、俺のあの言葉は確かに真実だ。だが、その対象がミコトだとその答えは全く違うものにかわる。
一緒に死にたいと。
おかしいだろ? この矛盾。
この矛盾こそ愛。
ミコトに伝える事ができなかった一番大切な気持ち。
*
ジョルジュはベッドに倒れ込み、時間が止まってしまったような感覚にミコトの洋服を抱きしめる。悲しみに震える体、心を抉られた現実にただ涙を流した。
それから数日間、ジョルジュはミコトを失った現実を嘆き、メシエを恨んだ。
なぜこんな形でミコトを連れ去ったのか、なぜ……
だが次第に後悔の念が押し寄せる。
もっと大切にすればよかった。
もっと会いにゆけばよかった。
もっと早くにこれが愛だと気がつけば!!
だが、どれほど嘆いても、後悔してもミコトはここにいない。
日を重ねるごとにこの気が狂わんばかりの残酷な現実に耐えられなくなり、部屋を飛び出しあの丘に走った。
あの日、裸足でミコトを追いかけ登った丘。
あの日、逃げるミコトを追いかけ下った丘。
景色は色褪せ、世界でたった一人残されたような深い孤独を感じた。
だが、丘の頂上に着いた時、この丘のオーラに呆然と立ち尽くす。
ミコトの気配。ミコトの祝福。
孤独を癒すような温かさに涙が溢れる。
「ミコト! ミコト! 会いたい、君に会いたい!!」
一人になったジョルジュを癒すその気配はミコトそのものだ。
ミコトはこの世界にいた。ミコトはここにいたんだ!
ジョルジュは溢れる涙をそのままに、マグノリアの木の下に寝転び、空を見上げた。
青い空、白い雲。風に揺れる草の音。マグノリアの花の芳香がジョルジュを包む。
世界は美しく、優しいものだと自然が教えてくれる。
だが、ミコトがいない。
ジョルジュの瞳にあの日のミコトが見える。
ここでミコトを捕まえ、ここでミコトと夕陽を眺めた。
思い出に押しつぶされそうになったジョルジュは寂しさに耐えられなくなり柊を呼んだ。
柊はすぐに現れ、ジョルジュに頭を擦り付ける。ジョルジュは柊の頭を撫で話しかける。
「柊、ここにミコトがいるような気がする」
『ミコトは、ここで未来の聖女と、未来の大魔法使いのために祈った。心安らぐ場所になるように』
その言葉を聞き、ジョルジュは唇を結ぶ。ミコトはそんなことを考えていてくれた。
未来のミコトとジョルジュのような二人のために。
「柊、ミコトは、異世界で生きているだろうか?」
ジョルジュは柊に聞く。
『生きている。異世界はミコトの世界。ここで瀕死であったとしても命尽きていないミコトは異世界では普通に生きられる』
ジョルジュはその言葉を聞き、立ち上がる。
(ミコトは生きている! 異世界で生きている! ミコトの祈る力、未来のために祈る力がこの世界で残り続けるのならば、俺にも時間空間を超えられる力だってあるはずだ!)
ジョルジュの瞳に輝きが戻る。柊はジョルジュの変化に気が付き顔をあげる。
「柊、俺はミコトを迎えに行く。この地位も名誉も、全てを捨てても、これだけは捨てられない」
柊は突然の言葉に驚きながらも反対するような口調でジョルジュに助言する。
『ジョルジュよ。ミコトのいる異世界は気が遠くなるほど遠い場所、たどり着く前に死ぬかもしれない』
ジョルジュはその言葉に悲しげに微笑み柊に言う。
「……死んでもいい。死んだら、ミコトのそばに行けるなら、この命無くしても構わない。それに、何もしないで生きる方が苦しいんだ」
その言葉を聞いた柊は思い詰めたような口調でジョルジュに言った。
『……私の親は、二人とも、不器用でどうしようもない人間達だ。ジョルジュ、私はジョルジュまで失いたくない』
ジョルジュは柊の頭を抱きしめる。柊の気持ちは痛いほどわかる。柊にとってジョルジュもミコトと同じくらい大切な人間なのだ。
「すまないな、柊、お前の親は諦めが悪いんだ。それにな、逃げるミコトを捕まえるのは私の役目。そしていつも必ず捕まえる。だから、ゆるしてほしい」
柊はジョルジュの言葉に涙をこぼした。ミコトが聞いたらどれほど喜ぶか、そんな日が来て欲しいと心の底から願った。
『……聖女は命の囁き、植物の声が聞こえ、大魔法使いはドラゴンの声が聞こえる。ジョルジュ、私の大切な大魔法使い。大魔法使いが呼べば私はダークネスドラゴンとなり大魔法使いと共に戦う。そして、戦いに疲れた私たちの帰る場所は、聖女の元なのだ。だから……ジョルジュ、必ず生きて戻ってほしい』
ジョルジュは涙を流す柊の額にキスをし言った。
「ああ、わかった。愛する我がドラゴン」




