メシエの選択
(そんなこと……聞いていない。それに、結婚式は神殿で行うはず)
ミコトは顔をあげセザールを見る。
セザールはミコトの考えていることを悟ったかのように顔を歪め笑いながら言葉を放つ。
「フハハ、この世界をお救いになった聖女様。お気の毒な方」
(一体何を? 気の毒……)
セザールは呆然としているミコトを憐れむような表情を浮かべ、まるで酔っているかのようにふらつきながら話し出す。
「その表情……フハハハ!! 同じように考えますよね、どこで? 結婚式は神殿で行うはずだと……そう、俺たちは騙されたんだよ! モーリスの野郎に!!! お可哀想な聖女様、お前は私の仕掛けた呪いを浄化という名目の元無効にした。その素晴らしい能力を利用されていた事に全く気がつかない、俺と同じ使い捨ての人間なのだ!!」
ミコトはその言葉にパニックになる。確かに、今セザールが言ったことは何一つ知らない。
(……嘘、嘘よ、そんな事、ジョルジュ様が私を騙すだなんて、嘘よ。でも……呪い? 何も、知らされていない。結婚式? 神殿?)
ミコトは何かに気がついたようにハッとし、ジョルジュの言った言葉を思い出す。
『ミコトの能力は諸刃の剣。この世界の人間は喉から手が出るほど欲しい』
(……嘘よ、ジョルジュ様が、そんな事を考えるなんて、でも、この神殿を私の屋敷にすると言った。じゃあ、神殿は……他にある……)
「ミコト様!! 理由が、理由があるのです!! セザールの言葉、信じないで、ください!!」
マクシミリアンは自らに治癒魔法を施し、起き上がる。だが、強力な呪いの力に贖ったため、回復には至っていない。
ミコトはブルブルと震え出す。何を信じて良いかわからない現実。だが、ここにいない神官たち、モーリスがその現実を物語っている。
(ああ、心が折れそう……私は、利用されていたの? なぜ今日結婚式を……)
ミコトは不意に思い出した。中を見ず、閉じた招待状。そして添えられていたコレットのメッセージ。
『大変なお役目の後すぐに出席いただけるとは思っておりません……』
(ああ、それはこの事を指していた……決して騙していた訳じゃない……そんな大切な日の朝までジョルジュ様は私を離さなかった!!)
ミコトは唇を結び顔をあげセザールを睨む。セザールはミコトの力強い瞳に一瞬怯んだ。
目の前のマクシミリアンの意識が再び遠のいてゆく。ミコトは我にかえり助ける方法を考える。
(祝福の力を使ってみよう)
だが、ドラゴン王を誕生させたミコトにその力は残っていない。
(どうしよう、マクシミリアンが死んでしまうとモーリスさんが、ジョルジュ様が悲しむ!!)
ミコトの迷いを察したかのようにセザールは倒れているマクシミリアンに近づく。
「私を騙したモーリス! その憎き甥マクシミリアン! モーリスの代わりにお前が死ね!!」
ミコトはマクシミリアンを攻撃しようとするセザールに向かって叫ぶ。
「マクシミリアンを攻撃するならば、私は柊を呼びます!!」
ミコトはそう言って外に向かって走り出した。
聖女の力を失ったミコトが以前のように柊を呼ぶことはできないかもしれない。だけど、セザールの気を引きマクシミリアンを助けることができるかもしれない。
そんな思いでミコトは走り出す。
セザールはその言葉に目を見開き、ミコトを魔法で拘束しようと魔力をかける。
だがミコトは魔力を弾く。
「くそ! ドラゴンを呼ばれる前に厄介なあの女を殺さなければ!!」
セザールは祭壇に飾られていたメシエの神剣を手にミコトを追いかける。
一方マクシミリアンはわずかに残る魔力を使い気力を奮い立たせ、ミコトを助けるためにセザールを追う。
ミコトは通路を駆け抜け、神殿のエントランスに出た。目の前に木蓮の木がある。
(木蓮の力を借りて柊を呼ぼう!!)
ミコトはそのまま木蓮の木のも元に走りその幹に手を当てた。
「お願い!! 柊を呼んで!!」
ミコトは叫ぶ。木蓮がその声に反応し光り輝いた時、セザールがミコトの背後に現れた。
ミコトは振り返りセザールを見る。
「そうはさせぬ!!!!!」
セザールは剣をミコトに振り下ろす。
ミコトはなす術もなくその神剣を見た。
青い空に輝く神剣。その向こうに黄金に輝く太陽が見えた。
(私の愛する青と黄金……)
スローモーションのような時間、ミコトは自分の胸を貫く剣を見た。意識が遠のく。
青と黄金が霞んでゆく。目を閉じ真っ暗な夜空に輝く一番星を思い出した。
(……柊、ジョルジュ様……)
木蓮の力によって呼び出された柊が現れた。だが、倒れたミコトを見て柊は叫ぶ。
グオォー!!
その雄叫びは悲痛な叫び。世界は揺れ動き、暗雲が青空を覆う。
柊はダークネスドラゴンに変わった。
セザールは目の前の柊を見て腰を抜かす。柊は目を見開きセザールに向かって暗黒の魔力を放った。
ドーン!!
柊の魔力を受け木蓮の木は一瞬で焼けつき、花がバラバラと落ちてゆく。
(柊、柊、柊……)
薄れゆく意識の中でミコトは怒りと悲しみに支配された柊の体に触れさすった。その指先からわずがに残った祝福の力が柊に流れ込む。柊は呆然としたように涙を流し始める。
(泣かないで……柊。……ジョルジュ様……)
柊の体から指先が離れミコトは地面に倒れた。
視野の狭くなったミコトの瞳に輝く黄金が見え、消えた。
(ああ……私は……死ぬんだ……)
その時、強烈な光が倒れたミコトを包む。
【さあ、ミコト、選択するのだ。この世界に残るのか、それとも元の世界に戻るかを!!】
創造の女神メシエの選択だ!
*
メシエの声が聞こえる。
この世界に残るのか、元の世界に帰るのか……
今、この状況で、選択を?……
私は、この世界に……残り……た……
朦朧とする意識の中で、ジョルジュの言葉を思い出す。
『もう、目の前で誰も死んでほしくない、冷たい体を抱きしめ涙を流す、そんな思いを二度としたくはない』
……この、この状況で、この世界に残る選択をしても……魔法が効かない私は……死んでしまう。
死んだ私を……ジョルジュ様に見せたくない。
……せっかく、王様になって……ドラゴン王も……誕生して、結婚して、明るい未来が……始まるジョルジュ様を……こんな形で、悲しませたくない。
約束、約束を守る……私は、ここでは、死なない。
あなたの前で、その姿を晒さない。
メシエ……元の世界に、帰り……ます。私をここから連れ出して……
……さよなら……柊……さよなら、ジョルジュ、様……
*
その瞬間、強い光がミコトの周りに集まり、ゆっくりと消えた。
静寂の中、そこには血だらけのミコトの洋服だけが残されていた。




