七十五幕 ライブ/トーク
気付けばあっという間に一曲目を歌い終えていた。
自分達で巻き起こした興奮と歓喜に満ちた会場を眺めるとペンライトの光がいつしか青と黄色で混ざり合い、気付けばステージ開始時と全く違う色へと様変わりしていた。
この会場内に一体どれだけの人が三ツ谷ヒカリを知っているのか。
果たして本当に自分なんかがゲストとして登場しても快く迎えてくれるのだろうか。
舞台に立つ僅か数秒前まで、そんな不安が胸の内で渦巻いてばかりであったが、実際的にはただの懸念でしかなかった。
想像していたよりも、期待以上の黄色が暗闇の客席をぽつぽつと散見された。
数値的に見れば、香織の青色よりも少なく半分にも満たない。
だが、それで充分だった。
少しでも多くの人達が自分を、ヒカリをこの場の代役として受け入れてくれる。
その事実が陽一にとってこの場に立ち続ける支えでもあり、あともう一曲だけ披露出来る原動力にもなる。
それを再確認していると横に立っていた香織がゆっくりと近付き、マイクを離して「ありがとう」と感謝の言葉を伝える。
何で居るの?サプライズ?と、いった疑問を呈する言葉ではなく、ただ純粋に感謝の気持ちを伝える香織にヒカリはクスッと笑って「トークの振りは任せたぞ」とこの直後の段取りを全て一任した。
え……後先考えずに登場したの?
そんな無鉄砲な兄に呆れつつも肩を並べて挨拶へと移る。
『はい。スペシャルゲストを迎えての一曲目でした。それでは早速、自己紹介をしてもらいましょう。どうぞ』
あまりの早いトーク回しに心の準備もままならない状態で振られたヒカリはマイクを切っていることを忘れて声を出すも隣に立つ香織にしか聞こえない。
『マイクマイク』と指摘する声に会場内で笑いが起こる
直ぐにスイッチを入れ直し、改めて自己紹介へと入る。
『皆さん、初めまして?というか、私の事を知っている人が居たら手を挙げて下さい』
名前を名乗る前、素朴な疑問を解消しようとこの場における三ツ谷ヒカリの認知度を調査する。
この間のライブで百人くらいのSCARLETファンがこぞって会場へと来てくれた事を思い出し、一体どれくらいの人がヒカリを知っているのか確認する。
分かり易いように黄色のペンライトを振ってアピールする人が約半数以上。
思ったよりも認知されている事実に『え、多い!』と驚く。
それよりも「早く名乗れ」と香織に催促される。
『改めまして、ポーチカの三ツ谷ヒカリです!お邪魔してまーす』
アリーナ席から二階席にかけて手を振りながら目を配る。
拍手と温かな歓声で迎えられる中、キリの良いタイミングでMCを務める香織がトークを回す。
『急遽、ヒカリが現れて困惑した人が多いと思います。安心して下さい、私も驚いたので』
『ちなみにだけど、関係者で知らなかったのは香織だけかな』
『だろうね。舞台袖で観ている二人がさっきからずっとニヤニヤしてるし』
香織の向く先で仲良さげにステージを見詰める春乃と柚野の表情を会場内で共有しようとわざわざカメラマンを動かしてセンターモニターに映し出してもらう。
それと同時に春乃が元気であることをアピールする。
『まぁ、何でポーチカのヒカリが【ハルノカオリ】の曲を歌って踊れるのか。私と親しそうなんだとか、色々皆さん思う所があるのと思うので、先ずは私とヒカリの関係について話そっかな』
巷で噂される香織とヒカリが双子の姉妹であるという疑惑解消に乗り出す。
こうして同じステージに立ってパフォーマンスを披露したことで訳を知っている唯菜を除いた多くの観客がそう思い込んでいるに違いない。
SCARLETファンの間でかなり話題に挙がり、一連の疑惑騒動を引き起こした張本人でもある香織はこれを機に事実と設定している虚妄を公表する。
『恐らくですが、私とヒカリが姉妹であると思っている人が多いと思います。正しくは姉妹ではなく、従姉妹なんです』
(まぁ、噓なんだけどな)
いつになく真剣な顔で堂々と噓を吐く香織に何か別の才能を感じるも、その言葉に多くの観客が鵜吞みにして聞き入れているのが見られる。
ファンの間で香織に姉妹ではなく双子の兄が居るというのは知れた話である。
そこにもう一人、顔が瓜二つの姉か妹が居るという事実は語られていない。だが、香織の口から二人の関係性を公に語られれば認めざるを得ない。
わざわざこの場を借りて説明する必要はないと思うが、火が大きくなる前に消火していくつもりなのだと陽一は思考を読んだ。
『それにしても本当に驚いたよ。ヒカリが急に現れるなんて思ってなかったし』
『何だったら、開演五分前まで客席に居たし』
ちょうどあの辺……と示してしまえば唯菜の正体もバレかねないのでちょっと違う場所に指を向ける。
『え~じゃあ、凄く急じゃん!リハもやらずによくステージに立てたね』
『まぁ、どっかの誰かさんに自主練に付き合わされ続けたからね~。リハなんかしなくても身体に染み付いてるよ』
言葉通り【ハルノカオリ】に関するパフォーマンスを代役が可能なレベルで再現出来る。
二人には家族的な繋がりがあり、プライベートでも時間を共有する事が多いことからこの場に立てた。説得力を帯びた噓を事実と交えて陽一は塗り固めにかかる。
『お陰様で助かったから感謝するよ。ありがとうヒカリ』
素直に礼を受ける……のも何だか勿体無い。
大勢のファンの前でアイドル(良い子ちゃん)をアピールする香織に対して少しばかりの悪知恵を働かせる。
『あれれ、ヒカリじゃなくて、お姉ちゃん。でしょ』
わざとらしく『いつもはそう呼んでるんだから、みんなの前でも恥ずかしがらずに呼んでよ』とさも言わずもがなニュアンスを交えて香織へと振る。
普段のSCARLETライブでは絶対に見られないこの場限りの香織を見たいとファンもヒカリの意図を即座に理解し『おお~』と声を挙げて期待を露わにする。
逃げ道を完全に絶たれた香織は仕方なく『ありがとう、お姉ちゃん』と言い直す。
(ん~なんか違う)
どうせならもっと恥ずかしい表情を浮かべながらやって欲しい。
具体的に言えば、プライベートでしか見せない甘えん坊でお姉ちゃん子な一面を所望したい。そんな風に思索に耽っていると同じく思考を共有した春乃が舞台袖で白いスケッチブックに『もっと可愛くやらせて』とカンペもどきを出して要望を伝える。
『ラジャー』と片目で合図を送り、やり直しを図る。
『なんかいつもと全然違うよ~。春乃さん達にだって見せてるんだし、恥ずかしがらずみんなの前でいつも通りしてみなよ~』
いつも通り……可愛く甘えるように。
沖縄で春乃達に見せたアレをここで再現してみろ。
そんな兄の計略にまんまと嵌まり、やらざるを得ない状況まで追い込まれた香織は内心で悔しさを嚙み締めながら、兄が理想とするキモイお姉ちゃん大好き妹を演じる。
『ありがとう、お姉ちゃん♪』
あどけない妹が大好きな姉の胸に甘えて飛び込むような声でヒカリに抱きつく。
SCARLET史上最高の香織の可愛さに多くの観客が腕を高く挙げて歓ぶ。
想像以上の破壊力に観ていて興奮が抑えられない春乃と柚野はあまりの尊さに吐血して倒れる。
今日一番の大歓声が会場内響く。
それを利用した香織はマイクが拾わないくらい声で「後で覚えてろ」とヒカリの耳元で囁く。
(やべ、激おこじゃん)
顔は笑顔のままなのに声が非常に冷徹さを纏っている。
(これ以上刺激すると後々面倒になるから止めておこう)
悪知恵は止め、一先ずトークの主導権を香織へと返すタイミングで歓声が落ち着く。
『というわけで、今日は従姉妹同士によるスペシャルステージとなります!』
『名付けて?』
『【ヒカオリ】で~す』
咄嗟に思い浮かんだネーミングを口に出すもし~んと静まり返る反応にヒカリは思わず顔を隠してクスクスと笑みを浮かべてしまう。
酷くダサいネーミングセンスに笑いツボを刺激されていると(お前、もうこれ以上余計なこと喋るな?)と無言の圧に気圧され、(はい……)とヒカリは萎縮する。
そんな滑り芸を披露してしまった香織は少し頬を赤く染めつつも、コホンと咳き込んでリスタートを切る。
『さて、スペシャルゲストが来てくれたのでもう少しトークタイムを続けたいのですが、長引かせてしまうとこの後の曲が披露出来なくなってしまいますので、次の曲に移りたいと思います』
先程のがかなり好評だったのか。
『え~』とまだ続けて欲しいという声があちらこちらから挙がる。
そんな要望に一切聞く耳を持たない香織は強引に楽曲紹介へと移り、次なる曲に進ませる。
その掛声に自ずと観客も気持ちが切り替わり、ロックの要素が加わったアップテンポ感の強い曲調に自然と身体でリズムを掴む。
今度は最初から最後まで二人で行うパフォーマンス。
良いスタートダッシュを切るべく、気持ちの乗った言葉を発して曲に勢いをつける。
『行くよ!』
『行くぞ!』




