四十六幕 沖縄⑧
イベントを終え、会場から車で北上すること約二十分。
今日明日にかけて宿泊するホテルへと到着した。
部屋割りの方は昨晩と変更せず、春、幸香、ルーチの三人とヒカリ、唯菜の二人に分かれている。
一先ず、部屋の鍵を受け取って各々の宿泊部屋へと向かい、夕食までの時間を暫し過ごす。
「意外にも広い部屋だ」
陽一は頭の中で昨晩泊まったビジネスホテルと比較する。
かなり高級なホテルだけあって、浴槽付きのシャワー室、完全個室性のトイレに洗面所、部屋の広さも変装用に使う賃貸マンションとほぼ変わらない。
そんな風に部屋を見渡して進むと横を走り抜き、ベランダの窓を勢いよく開けた唯菜が「海だ!海が見えるよ、ヒカリちゃん!」と目を輝かせながら振り返る。
机が置かれている横に荷物を置き、窓から入る潮風に当たりながら並んで立つ。
時刻は七時前。水平線の彼方に沈みかける夕焼けの景色が一望できる絶好の時間帯。
もう半分以上、沈んでいる太陽に唯菜は思わず「綺麗だね」という言葉を出す。
それに同意しつつも、暫しの間太陽が水平線の向こうに沈む瞬間を二人で見届ける。
こんなロマンティックな展開を二人きりで眺める。
男女であればその前に、夕陽をバックに婚約指輪を渡して結婚しよう……なんて台詞でプロポーズするのだろうが、陽一にはまだ早い話であった。
「憧れちゃうな~こんな場所でプロポーズされたら私ならオーケーしちゃうかも」
乙女心全開の唯菜の言葉にそれは良い情報だと陽一は記憶の中に留めておくとする。
別に唯菜へ告白するとか、そう言うのではなくあくまでも参考程度に。
「ヒカリちゃんはどう?」
「私?……考えたことないな」
男の場合は告白されるよりする側であると受け身が主流の陽一ですら思っている。
加えて、この姿で付き合う相手なんて同性意外にあまり想像したくない。
逃げるようにして、身体の向きを変えた陽一が部屋に戻りかけようとする……
「あれ、もう戻っちゃうの?」
陽一達とは隣の部屋にある真横のベランダ。
そこから聞き覚えのある声に思わず反応した陽一はこのまま無視して部屋に戻りたい気持ちを募らせる。
「あれ、香織ちゃん!なんでここに?」
真っ先に反応した唯菜が名前を呼ぶ。
死角でギリギリ見えない位置にいるであろう香織がまさか隣の部屋に居るという事実に陽一は深い絶望感を抱き、そのまま壁の隅に隠れて精一杯嫌々な顔を浮かべる。
(クソ!よりにもよって何で隣なんだよ!)
言葉には出せない想いを内心だけに留め、二つの会話に耳を傾ける。
「明日、明後日は私達もオフなんです。そこでそちらの社長さんと麗華さんが兼ねてから合同で休暇を過ごそうという話になってまして」
「ええええええええええええ!そうなんですか!?ヤバイよ、ヒカリちゃんどうしよう」
唯菜の嬉しさが有頂天に達し、興奮状態でヒカリの肩を掴んで前後にガンガン揺さぶりを掛ける。
「あの……それで少しご相談なのですが、後でそちらのお部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」
「それはちょっと……」
「いいです!全然構いません!」
顔を出して否定する間もなく、唯菜は即時許可を出す。
「それではまた後で」
「香織~ご飯だって~」と部屋の奥から春乃の呼ぶ声がかかり、そこで話は一旦終了。
暴走気味の唯菜を抑えることも出来ず、仕方ないと断念した陽一はベランダから部屋に戻って七時過ぎに予約している夕食の準備へと入る。
「なんて最高なんだろう……ね、ヒカリちゃん!」
「う、うん……そうだね」
昨日の件がなければまだ前向きに返事が出来ただろう。
しかし、精神的な疲労で心労が酷く溜まった今の陽一は面倒臭い一心でスーツケースを漁って気を紛らわせようとしていた。
そんな元気の無いヒカリの姿を唯菜は冷静に返って心配そうに見詰める。
「ヒカリちゃん……もしかして具合悪い?」
「え?全然そんな事はないよ」
「噓だよ。昨日の夜から凄く思い詰めた顔していたし。少し疲れているんじゃないかって……」
「疲れているには疲れているけど、そんな心配することじゃないから」
「でも……」
「大丈夫。もしも、困ったことがあったら私は唯菜を頼るし、唯菜も私を頼る。そういう約束を交わしたの忘れた?」
「……したっけ」
「あれ……」
約束は交わしていなかったが、そういう風にしてお互いを頼るというのは少なからずあった。
あの日からずっと二人は言葉にはしていないが意識的にそう接していたのは事実。
「ごめんごめん。そうだったかも」
「そうなんだよ。ほら、皆を待たせたら悪いし行くよ」
「もう……またそうやって誤魔化す」
「いいからいいから」
普段変わらずの陽気さで強引に話を誤魔化そうとするパートナーの手を取り、予約時刻に二分も遅刻している事に気付いた二人は慌てて夕食が用意されているホテルのレストランへと向かった。
バタンと閉じるドアの音を聞いてから少し経った後、部屋から出た香織は前の二人が進んでいった方向へと向かって歩き出す。
ホテルの部屋は四階。レストランのある一階へとエレベーターではなく階段で降りようと向かった先の角から潜んでいた香織が姿を現す。
「ビックリした」
「その感じだとビックリした風には聞こえないよ」
「待ってたの。それとも待伏せ?」
「両方かな。柚野はお腹空かせて待ち切れないっていうから先に行っちゃったし」
「なら、行ってて良かったのに」
素っ気ない香織にマイペースな春乃は「歩きながら話そうよ」と促す。
「さっき、ポーチカの唯菜ちゃんとヒカリちゃんが手繋ぎながら走ってたんだけど、私達も繋いどく?」
「手を……」
「ほらほら、遠慮なさらずに……」
「春乃の触り方、何だか変態臭いから遠慮しとく」
「うわーひど。女子高校生に言う台詞じゃないよブーブー」
「……でも、繋いでもいいよ」
そっと手を出す香織に春乃は「ツンデレさんですか?」と冗談交じりに繋ぐ。
両手指を絡めた恋人繋ぎ。
手から感じる温もりに香織は心地良さを抱く。
「香織、なんかあった?」
「なんもないよ」
「噓だ。顔に悩んでますって書いてる」
「なら見ないで」
「まぁ私には香織が何に悩んでいるか。そもそも悩んでいる顔は珍しいからなんか新鮮。ちょっと自撮りしていく?」
「この手、放すよ」
「ダメ」
逃がさないとばかりに強く握り返される。
「まぁね。私も香織のパートナーである訳なんで。困ったことがあったら頼って欲しいな」
香織と春乃はデビューしてから三年来の付き合い。
アイドル活動だけでなく、学校の私生活からも時間を暫し共にする二人の絆は厚い。それは春乃だけが感じているのではなく、香織もまた同様の信頼を春乃と柚野に預けている。
「そうね。話す時が来たら話すわ」
「先延ばしにされた感あるけど、今はそれで譲歩しようか」
「それでお願い」
心優しいパートナーの気遣いに感謝しつつも、二人でいつものような他愛のない談笑をしながら柚野達が待つレストランへとホテル施設の一つである屋外プールに寄り道してから向かった。




