四十五幕 沖縄/夜道⑦
コンビニに向かっていた途中、小路の先から香織が突如として目の前に現れた。
連絡を取ろうと電話をかけた相手のスマホを手に握るのは三ツ谷ヒカリ。
どうして彼女がそのスマホを手にしているのか……その理由とヒカリの本当の正体を見破った香織が核心を突いた表情で目の前にいるのが自身の兄であると告げた。
その瞬間、心臓を鷲掴みにされた様な感覚に陥り、極度の緊張感で思考が鈍る。
まずい、なんでバレた……。
原因は分からない。
しかし、昼間に話した時は微塵も疑っている素振りはなかった。
だから、どのタイミングで気付いたのか分からない。
落ち着け俺……一先ず、冷静になって状況を省みるか。
さっき香織が放った言葉はあくまでも憶測に過ぎない。
現にこの変身を解かなければ事実が明るみになることはない。
下手に動揺をせず『何言っているのか分からない~』的な風を装って誤魔化せば見逃してもらえる可能性はある。
「何のことかな香織さん。私がお兄ちゃんって冗談キツイな~」
未だ鳴り続けるスマホを腰の裏に回して電源を落とす。
その直後、『お掛けになった電話番号への通話は現在、お繋ぎ出来ません』というアナウンスが香織のスマホ越しから伝わる。
「……スマホの電源、切っても無駄だよ」
くそ悪手だったか。
「私も気付いた時は驚いた。まさか、お兄ぃが女の子になっているなんて天地がひっくり返ったかってくらい衝撃的だった」
マズイ。
完全に見抜いた体で話している。
一体どこでバレた。
客席で話していた時は気付いて……
「いなかったよ」
いくら噓を吐いても無駄。
私の前でもうその噓は隠し通せない。
そんな表情で香織は訴える。
紛れもなく香織は確信に迫っていた。
ここから先、どんなに誤魔化そうとしても疑念を孕み続け正体を看破しようとするだろう。
なら、いっそのことここで打ち明けてしまった方が後々よりはマシなのかもしれない。
「……くそ、分かった。降参だよ、香織」
両手を挙げて、一緒にスマホを見せる。
電灯下を照らす明るいサークルから抜け出して徐々に距離を縮める。
逃げないで。と、睨み利かせながら俺を制する。
そのまま、顔を近づけてまじまじと全身を隈なく観察し、正面に向き直ると両手で胸を鷲掴みにしてくる。
「おい……」
妹に胸を揉まれて変な気分になるも必死に顔に出ないよう取り繕う。
「え!?偽物じゃない……」
そう言って下腹部の方に視線を移して更にその下を触ろうとしてくるが、その寸前で手首を掴んで止めさせる。
「そこは駄目だ」
「まさか、本当に付いてないの?」
「ない」
「じゃあ、本当に女の子になっちゃったの?」
「そうだけど……そうじゃない」
「説明してくれるよね?」
「するよ。その前に質問させてくれ。いつから気付いたんだ?」
少なくとも客席で話した時はまだ気付いていなかった筈だ。
分かっていればあの時点で核心を得るために何かカマをかけていてもおかしくない。
故に……
「気付いたのは本当に今さっき。いいからスマホの電源、入れ直してみて」
言われた通りに入れ直す。
すると香織のとあるアプリに元から表示された青いマークに重なって赤いマークが浮かび上がった。その表示の仕方に『あっ』と気付いた。
「お前!勝手にGPSを登録しやがったな!」
「この間、お兄ぃがお風呂に入っている時ね~」
おちゃのこさいさいでした~と言わんばかりの悪い顔を浮かべる。
「何の為に?」
「お兄ぃの足取りを掴むため」
「は?」
「最近……てか、ここ一か月間くらい。学校終わって家に直帰しなくなったし、前なんて二日に一回しか帰らない時があったでしょ」
レッスン終わりに部屋でルーチェのゲームに付き合っていたら終電を逃して帰れなくなる……ことがここ最近、週に二日は続いているのが怪しまれたのだろう。
「それでお母さんに相談したら女が出来たとか言うからさ~」
「いや、待て。それは何の話だ」
「お兄ぃが実は白里唯菜ちゃんと付き合ってて、裏で密会していかがわしいことでもしているんじゃないかって調査するためにGPSを共有したってこと」
もう色々と飛躍されていて話の要領が掴めない。
「じゃあ、なんだ……お前はずっとここ数日間、俺の動向を探っていたのか?」
「付けたのは一昨日の夜だから安心して」
「安心できるか!」
自分が知らぬ所で妹にGPSを共有されるなんて怖すぎる。
そんな妹が居てたまるか。
「それで昨日、家から出掛けた後に突然信号が途絶えたからおっかしいな~って思いながらスマホをちょくちょくチェックしてたらさっき、お兄ぃのGPSがホテルの近くで復活して、慌てて窓の外を覗いてたら、そこのベンチでゲームしている女の子がいるな~って気付いたの。それで……」
「分かった。もうそこからの展開は読めた」
言わなくていい、と手で遮ると斜め右上辺りに目を遣る。窓が全開になって灯りが外に漏れ出ている部屋が香織が滞在しているホテルの部屋なのだろう。
「端末が示すマークの位置と完全に重なっているから、試しに電話を掛けてみたら通話が鳴っていた。一体どういうことか、私も分からなかったし。ヒカリちゃんがお兄ぃだって信じられなかったけど……最後は賭けに出てカマをかけてみたらお兄ぃが認めたから私の勝利っていう感じ」
流石は香織だ。と称賛すべきか。
こういった駆け引きは香織の得意とする分野でもある。
揺さぶりを掛けるタイミング。
あのまま、白を切り通せばどうにかして隠し通せたかもしれない。しかし、あの時点で俺は香織の反応を伺って隠し通す事を諦めた。香織にとってはそれが狙いで、俺はまんまと思惑通りにハマってしまった。
ここは敢えて気迫負けしたとでも言い直すか。
「それで私が質問に答えたんだから、そっちも答えてくれるよね?」
「嫌だ」
「嫌だはないよ。何言っているの?」
「無理だ」
「それもない」
「拒否だ」
「あのさ……ゲームの「はい」か「いいえ」かの台詞選択で「いいえ」を選択し続ければ永遠に先に進まないノリじゃないから、面倒だし早く話して。お父さんとお母さんにお兄ぃが女の子になっちゃったって言うよ」
「信じてもらえる訳ないだろ」
馬鹿だな。とせめてものやり返しも込めて呆れ気味に言ってみせた。
「あっそ。そういう態度取るんならもう言うし」
目の前でフラッシュを炊いて写真を撮る。何の加工もせずにそのまま躊躇いもなく家族グループのチャット欄に送りやがった。
「オオイ!バカ、冗談にならないから早く取り消せって!」
「……」
ジト目で無言のまま自ら確約しろと訴えかけている……気がした。
「分かった。話すから!」
脅しではなく本当に載せた事実を前にして、手遅れになる前に自ら折れた俺は直ぐに話すことを確約して写真を送信取消させる。
「なら、約束してくれ。俺の秘密を誰にも漏らさないって」
「いいけど、私も条件出すね」
「いいや、無条件だ」
「お兄ぃ、今の現状でどっちの立場が上かは分かっているよね?それとも何、言いふらして欲しいから敢えてそんな態度取っているの?」
「分かった。これは今から一か月前の話だ……」
「それどんだけ長い?」
「一か月分ある」
「じゃあ、簡略化して」
「端的に言えば……ジル社長と出会ってこのTSリングって腕輪を渡されてアイドルになった」
事実だけを踏まえた経緯はこんなもんだろう。
「は?意味わからないし」
「だろうな。信じてもらうには……」
一度、変身を解くしかないか。
腕輪へと触れて元の姿を思い浮かべる。
すると、容姿が陽一へと戻り、兄本来の姿を目の当たりにした香織が目を丸くしてスマホで撮る。
現実を自覚するべく、先程撮ったヒカリの画像と比較して端末と実物を交互に目を向ける。
あまり長い時間元に戻るのを避けるべく、もう一度ヒカリへと変身する。
「すごっ」と感嘆な言葉を漏らした香織がパチパチと拍手を送る。
「手品じゃないんだが」
「手品にしては種も仕掛けも分からな過ぎるくらい巧妙だね」
「ともかく、これで俺がお前の兄だと分かっただろう。じゃあ、俺はホテルに……」
「なにしれっと背中向いて帰ろうとしてんの」
ズボンに手をかけて下着を覗こうと引っ張ってくる。
「おい、馬鹿見るな!」
「下着チェックは妹の務めだよ……って、案外普通」
「残念がるな。ズボンが破けるから手を放せ」
「逃げない?」
「逃げない」
納得して引っ張るのは止めるが手は離さない。
クソ。離した一瞬を見計らって逃げるつもりだったが、それもお見通しっぽいな。
「掴むならせめて、Tシャツにしてくれ」
「嫌」
「……なら、さっさと話しを済ませてくれ。あまり長い時間外に出てていると心配される」
「唯菜ちゃんに?」
「……」
「もしかして、同室なの?」
鋭いな。
妹の前で何一つ隠し事出来ない自分を少し情けなく思った。
「……図らずもな。別に一緒に寝泊まりするのはこれが初めてじゃない」
同じ様な台詞をさっきも述べたな。
「だろうね。二人の仲を見る限り、そんな気はする。ってことは一緒にお風呂も……」
「入ってない」
「でも、裸は見たんだ」
「……見てない」
「それで噓を吐いたつもり?」
これは間を置いた俺が悪い。
素知らぬ顔で言うべきであったが、いずれにせよバレることだ。
もういっその事洗い浚い吐いてしまった方が清々しい気分になれる。
「まぁもういいや。後でたっぷりと聞かせてもらうから」
「なら解放してくれ。今日はもう疲れているんだ」
色々とあり過ぎて、頭も身体も酷使し過ぎた。
今すぐに部屋へ戻って全てを忘れさせたい気分で寝たい。
何なら昨日に戻りたい。
「私の出す条件。それを呑んだら今日は解放してあげる」
「で、それは何だ?」
あまり深く考えていなかったのか、少しばかり腕を組んで熟考し「これでいこう」と楽しそうに言う。
「私がいいって言うまでの間。お兄ぃは私のお姉ちゃんになってもらいます」
「無理だ」
「その下りはいいから。早く帰りたいんでしょ」
それ以上にその後を聞きたくなかった。
逃げようにもしっかりとズボンに手をかけて離さないとする香織は話しを続ける。
「沖縄に居る間は暫くその姿でしょ?なら、付き合ってよ」
「付き合っても何も……俺達はあと三日間滞在する予定だが」
売れっ子アイドルグループのSCARLETとは違ってポーチカはそこまでスケジュールが切迫していない。明日のライブが終わったら二日間は沖縄での休暇が用意されている。
「じゃあちょうどいいじゃん。私達も同じで明日のライブを終えたら二日間の休暇があるの」
「へ~」
偶然……ではないな。
「もしかして、俺達とお前達のグループ同士。残り二日間は交流会でも開くみたいな予定か」
「そうみたい。聞いてなかったの?」
「初耳だ」
そんな気がしたよ。
どうせジル社長の企画・進行でこの沖縄遠征は仕組まれたのだろう。
「一応、容姿もほぼ同じなんだし双子のお姉ちゃんとして接してくれても問題ないでしょ。設定上、従姉妹のお姉ちゃんでも構わないから」
「お前は兄より姉派なの?」
「さぁどうかな。単にお姉ちゃんが居たらどんな気分なのかなって知りたいだけ」
香織のよく分からない妄想に付き合うのは大変不本意で付き合いたくない。
だが、この条件を吞まなければ香織に社会的な抹殺をされかねない。
現にこの妹は家族という閉鎖された社会を躊躇いもなく破壊しようとした。
兄の立場と父さんの命を危機と迫らせることを厭わない悪魔。
そんな悪魔に屈するのは死んでも御免……だが、今は従わざるを得ない。
「それじゃあ、約束だよ。お姉ちゃん」
悪魔の微笑みにあっさりと屈したのであった。




