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四十四幕 沖縄⑥

「ありがとうございました~!」


 唯菜の大きな挨拶に合わせて舞台上で五人が並んで大きな拍手を送る多くの観客へ一礼。

 野外劇場に集まった約四千人もの観客の内、ポーチカのファンらしき人が以前よりも多い気がする。幕引き間際に個々の名前を叫ぶ者がちらほら増えていることからも伺える。

 そんな彼らにお礼を込め、手を振りながら笑顔でステージ脇へと逸れる。


「ちゅかれた~」


 一目が関係者にしかつかなくなった瞬間に全身を脱力させ、今にも床に寝そべりそうなくらい活動限界時間に達したルーチェは楢崎さんに支えられて、ステージ裏のテントへと直行していく。

 そんな通り過ぎていく楢崎さんに「すまないが、ルーチェを頼むよ」と告げたジル社長は残った三人に向き直って、個人的な拍手を送る。

 

「素晴らしいライブだったよ」

「本当ですか?」

「あぁ、少なからず僕から見たお客さんの反応は良かったと思うよ」


 スタッフさんから受け取ったスポーツ飲料で補給。タオルで汗を拭いながら、先程のステージで観た光景を少し思い浮かべた。


「ルーチェちゃん中心ではありますが、以前よりも応援してくれる方は増えていると思います」

「そうね。最近だとルーチェちゃん以外に……ヒカリちゃんも人気みたいだし」

「私もそれは思いました!」


 そんなことは……ない。とは言い難かった。

 現に昨日、空港で話しかけてきたあの二人を含めてヒカリ推しの人が多くなっている印象だった。

 これと言ってライブ中に何かアピールをしている訳でもないし、SNSだって他のメンバーと比べればあまり配信しない方だ。まぁ、それはジル社長からも頻繫に更新しなくていいと言われているからしてないだけだが。

 だが、唯菜の言う通りな状況が最近のヒカリには起きていた。

 そして、その人達はある共通点があるように思える。


「見た感じ、SCARLETファンの方がヒカリちゃんを推している気がしたんだけど……」


 SCARLETファン、その一人である唯菜は気付いていたらしい。

 

「今日も何人かの人がヒカリちゃんのこと凄い観ていたよ!」

「う、うん……パフォーマンスに専念してて気が付かなかった」


 半分噓で半分本当である。

 まだ慣れないダンスや歌に集中しつつ客席に目を向けるなんて器用な真似は厳しい。

 自分のパートじゃない部分で少し休む際でないと客席側をしっかりと把握出来ない。

 

「いやいや~、最前列で観ていた男女のお客さん物凄くヒカリちゃんに手を振ってて、それにヒカリちゃんも小さくだけど応えていたじゃん」

「あ~あの人達は昨日、偶然空港で話しかけられて……それで私も知った顔だったから」

「昨日、そんな事あったの!?いいな~私もそんな風に一度は話しかけられてみたいよ。あの……白里唯菜さんですか?って」


 芸能人に気付いて本人か尋ねる側を過去にしたことがあったのかと思わせるくらいその自演が板についていた唯菜は羨ましい表情で「あとで私服着のまま会場付近に立ってみようかな」と冗談めかして呟く。

 

「なんにせよ、個人にファンが出来るのは良いことさ。勿論、その時のファンサービスは重要だよ」

「……分かっていますけど、ちょっとビックリして」


 知らない人に急に話しかけられるのに驚いたのではなく、自分を応援してくれる熱狂的なファンが居たことに驚いていた。

 そういう段階に至るのはまだ早いと思っていたし、どう返せばいいかも全然考えていなかった。

 おまけに自分がどういうキャラでアイドルをしているかも分かっていない。


「君の場合、ステージの時のクールさとファン対応に慣れていない照れ臭さのギャップが良い評判だからその路線は有りかもしれないよ」

「適当なこと言わないで下さい」

「噓じゃないさ。ほら、君のレスを貰ったファンらしき人がこう呟いていることだし」


 SNSで今し方呟やかれたコメントを見せてくる。

『ポーチカのヒカリちゃんマジ天使!!アイドルとして間もないからレス対応とか慣れていないあの感じが愛い……私、好きになっちゃった(恋)』

 

「まるで告白文みたいだね」


 それは同意。

 呟き手が女性の方だったからまだ好意的に受け入られる。

 これが男性の方が書いた文章だったら鳥肌が立つレベル。

 しかし、あんな塩対応を勝手に良い解釈をしてくれるのであればそれに越したことはない。 


「その辺も含めて、これからはもう少しアイドルらしさを磨かないとだね!」

「僕も唯菜ちゃんの意見に賛成だ」


 ここぞとばかりに……だが、唯菜の主張は正論だ。

 反論の余地もなく認めて改善するしかない。


「さて、僕達の出番はここで終わり。休むも良し、お客さんと混じって他のグループを観るでも良し。兎にも角にも、三人共お疲れ様だ」


 労いの言葉を素直に受け取る。

 これで今回の沖縄イベントのメインステージは終了した。

 沖縄での滞在は残り二日間もある。

 唯菜にとってはここからがメインな展開であると期待を馳せ、いつも通りSCARLETのライブを観るべく、一足先にステージ裏へと戻って行った。


「では、私もお先に失礼します」


 幸香さんも続いて戻っていく。


「君はいいのかい?戻らなくて」

「……」


 その言葉に俺は気まずい表情で答える。


「すみません。後でお時間を貰えませんか?」

「何だい、急に」

「少し話しておきたいことが……」

「こんにちは。ポーチカのプロデューサーさん」

「……っ!」


 ジル社長の背後から届く声の人物に勘付く。

 まるでタイミングを図ったかのような登場に思考が一瞬止まった。


「こうして話すのは久し振りかな。三津谷香織ちゃん」

「事務所以来ですね。あの、麗華さんがお話したいことがあるとジルさんを探しているのですが……」

「あぁ、そうだった。明日、明後日の件で相談を受けていたのを忘れていた。教えてもらって助かるよ」

「いえ。麗華さんは運営のテント内にいらっしゃいますので」

「すまない。じゃあ、ヒカリ君。また後で」


 SCARLETのマネージャー兼プロデューサーの麗華さんという人物。ジル社長とは先生と教え子の関係らしく兼ねてからの交流も多かったとか。

 その人に呼ばれてはジル社長も従わざるを得ない。

 結果的に俺からジル社長を引き剝がすカードとして利用するべくわざわざ一人でここまで伝えに来た。というのは明らかに筋が通る話しだ。

 改めて向き直った香織は猫を被るのを止めて素の自分を少し見せる。


「お疲れ様、お姉ちゃん」

「労いに来た訳じゃないだろう」

「酷いな~せっかくお姉ちゃんの晴れ舞台を観て、感動したから感想を言いに来てあげたのに」

「要らねーよ」

「駄目だよ。女の子がそんな言葉遣いしたら」

「……っ」

「お姉ちゃんは私そっくりなんだから清楚っぽく振る舞わないと」

「猫被り女が」


 お前は化けの皮を被った悪魔だ。


「あれ~そんな事言っていいの?」


 ……クソ。今はこの悪魔に逆らえない。

 本能とプライドが意地でも曲げるなと伝えてくる。


「昨日交わした約束。それだと破っちゃうことになるよ」


 曲げるしかない。

 今はこの悪魔に従うしかないんだ。

 陽一としての人格を香織の前では一旦封じ込めて、三津谷香織の姉……三津谷ヒカリを演じるしかない。


「……分かった。ごめんね、香織」


 口調も仕草も全て陽一から一旦切り離す。


「うんうん。それと、暫くは昨日の件。お兄ぃの正体を知っている人に話さないでね」

 

 やっぱりさっきの会話を聞いていたのか。

 相変わらず策略高い妹だ。


「別に後で話してもいいけど。せめて、この沖縄に居る間は黙っていて欲しい」

「……どの道、あの人はお前同様に勘が良いから接し方次第で気付くぞ」

「口調。お前じゃなくて香織って呼んで」


 そんな注意をハイハイと内心で受け入れる。


「その時はその時だよ。とにかく、今は昨日の約束を守ってくれさえすればいいの」


 我儘な妹っぽく言って見せるも深く突っ込まずに「分かった」と了承。


「三津谷香織さーん。そろそろスタンバイをお願い致しまーす」

「はい。分かりました!」


 直ぐにアイドルの顔へと切り替える。

 その素早さに我ながら感服する勢いであるが、惑わされては駄目だ。

 目の前にいるのが俺だけが正体を知る途轍もない悪魔だということを。


「じゃあ、また後でね。お姉ちゃん」


 傍から見れば艶麗な笑みを浮かべる華麗なる天使。

 しかし、その裏腹に隠し持つ魔性の感性を秘めた真実を知る俺の目には妖艶の笑みで美味しい獲物をじっくりと貪り尽くさんとする悪魔であった。


「何でこうなったかな……」


 真っ暗な天井を仰ぎ、深い溜息を吐く。

 昨晩の出来事を簡単に振り返りながら、そのままテント内へと戻った。

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