3、 母さんとの相談
「まぁ、随分はっきりとものを言う娘なのね」
あれ?
思ったより反応が薄いな。
母さんの隣に控えていたチュークさんの方を見ても、「まぁ、あの娘ならそう言うこともありそうだねぇ」と、近所のやんちゃな娘のやりとりを聞いたような雰囲気だ。なんだか、俺以上に彼女について知っている雰囲気だな。父さん経由で色々と聞いてたのだろうか?
テルミハルア、と呼び捨てにするにはまだ早過ぎるか。でも、なんて呼べばいい? テルミハルア……さん? いや、父さん達の前ではテルミハルア殿って言っていたし、そっちにした方が良いのか? うん。分からん。とりあえず、テルミハルアでいこう。心の内で呼び捨てにするくらい許してくれるだろう。きっと。心が読めない限り、許してくれる筈。
彼女との顔合わせを、つつがなくとは言い難かったが、それでも騒ぎにはならない程度には無事に収め、そこでの顛末を自室に控えていた母さんに包み隠さず(と言っても限度があるが)を伝えた。その反応が、上記の通りだ。
俺が思った以上に母さんの反応が緩い。繊細な母さんのことだから、いきなり突きつけられた「縁談の破棄」に、もっと不安に駆られるか、憤慨するか、最悪、泣き出すかと思ってたのに。ハルトも不思議そうに、母さんの側で「無理してねーか、オフクロさん?」とチュンチュン言っている。
「母さん、あまり驚かないんだね」
俺も思ったままに口にすれば、ハルトを撫でながら「当然よ」と苦笑された。ハルトの言葉は通じていないが、気持ちはある程度通じているらしい。ハルトを撫でる手はとても優しいものだった。
「これでも、私はアージのお母さんですからね。それに、大事な息子のお嫁さんで、将来の義娘のことですもの。ちゃんと、事前にどう言う娘さんなのかは聞いてはいましたよ。シュルッカ様も、必要なこと、分かることは教えて下さいましたから。
ねぇ、チュークさん?」
「えぇ。シュルッカ様はそう言う所も本当にマメなお方ですからね。それに、ファティーマ様が知りたいと思うようなことは、ちゃあんと事前に確認したり、調べておいてくださいましたから。
それに比べて私のとこの旦那なんて、もう雑なもんですよ。全然知りたいことを教えてくれないし、どうでもいいことばっかり聞かせてくるんですから。
長女の嫁入りの時は苦労したもんですよ」
母さんの言葉に頷きつつ、チュークさんは同意する。後半は明らかな愚痴だったが。それにしても、父さんはこんな所にまで気を回していたのか。まぁ、縁談なんて親が決めるのが普通なんだし、やらないといけないわな。そりゃあ。
でも、俺が将来やれって言われたら、ちょっと出来るか自信ない。多分、俺もチュークさんの旦那であるドルゴニッシシュさんみたいに言われるのが関の山だと思う。出来る男の息子は、同じく出来る男だと思ったら大間違いだ。
いや、セッタン兄さんとケルベル兄さんは、父さん譲りの滅茶苦茶出来る男だけどさ。個人差ってあるじゃん。
つい、そんな言い訳じみた感想が浮かぶが、母さん達は特に気付いた様子もなく、言葉を続ける。
「勿論、最初に聞いた時は、正直そんな気の強い、と言えばいいのかしら? とりあえず、癖のある娘さんで大丈夫かしら、って凄く悩んだわ。だって、縁談を勝手に破棄するって、とっても大変で失礼なことでしょう?」
「うん。そうだね」
俺がいくらテルミハルアのことを気に入っているからと言って、この土地の礼儀作法を軽んじた行動を取った彼女を許す理由にも、認めらてもらう理由にもならない。はっきり言って、彼女のしたことは、町会の皆さん(下手をすれば自警団の猛者達)が出てきてもおかしくない事案だ。
これが武装私兵団に所属しているような血の気の多い、アズリサ伯父さんやカルベル伯父さんとかだったら、確実にキレていただろうな、とも思う。この二人に比べて気性の穏やかなウルダン伯父さんでも、思わずカッとなって、手を出していた可能性さえある。それくらい、相手ー特に名誉を重んじる男性陣や年長者ーにとって失礼なことなのだ。
「アージは別にお嫁さんに困っているわけでもないのに、どうしてそんな娘と縁談を組もうと思うのですか、って、何度もシュルッカ様を問い詰めたわ。今思えば、とてもはしたなかったけれど」
少し気まずそうに母さんは白状するが、それでも、その反応は普通だと思う。ハルトも母さんをフォローするように、そっと擦り寄る。
「ふふ。ありがとう、ハルト。大丈夫よ。
それで、何回か問い詰めた時、シュルッカ様は答えてくれたの。『アージはどこか浮世離れしたところがある。まるで、違う世界からこの世界に生まれ落ちてきたきたみたいに。だから、お嫁さんも少し浮世から離れたような感性の娘の方が好ましいだろう』って」
おっとぉ!?
父さん、ちょっと、それどう言う意味かなー?
偶然、だよね? 言葉の綾ってやつだよね??
母さんの言葉で、冷や汗が一気に背中に流れる。まんま俺のこと言い当てているじゃないですか、父さん。ハルトも驚いたように硬直していた。いや、お前は別に緊張する必要ないだろうが。お前はどう見てもただの雀(大きさはちょっと規格外だけど)だよ。いや、この世界では妖鳥だったか。
ふう。なんかハルトのびっくりした顔( ? )を見たおかげで緊張が一気に抜けた。後で寝床の草をちょっと良いやつに変えてやるか。
「そう言われると、確かにアージにはどこか不思議な所があるでしょう? だから納得したの」
母さん。それで納得されても、俺、ちょっと悲しいかな?
俺、そんなに浮いた行動してたっけ?
ちらり、とチュークさんの方にも視線を向ければ、完全に母さんと同意している。味方は既に居なかったか。テイリ兄さん達なら味方してくれるよな?
「それに、今はちょっと変わっていても、将来は落ち着くかもしれませんからね。あの娘は常識に関しては、その、一部ちょっと普通の人と感性がズレているようですけど、意地の悪い人でもなければ、卑しい人柄でも無いとも聞いています。
シュルッカ様も、その点は太鼓判を押して下さいましたし、この縁談を組んでも大丈夫って思えたの」
のほほんとした様子で告げてくる母さんに、一先ず安堵を覚えながら頷く。どうやら、テルミハルアに対する印象はそこまで悪くないようだ。テルミハルアから縁談を破棄する理由を聞くまで、この縁談はちょっと延期と言うか据え置きと言うか……。とりあえず、そんな感じになるだろうから、母さんにも認めて欲しかったのだ。父さんが認めてくれているから、大丈夫だとは思っていたけど。それでも、やっぱり自分の口で説明して、その上で納得して欲しかったのだ。
だけど、この分なら大丈夫そうだな。でも、一応確認はしとかないと。
「そうだね。それでね、母さん。俺、テルミハルアから何で縁談を破棄するのかその理由を直接聞きたいんだ。だから、この縁談はそれまで破棄もしなければ、実行もするつもりもないんだ。
それでもいいかな?」
それまでの間、テルミハルアを我が家に滞在させる、と言うことでもある。その間の采配は父さんもするだろうけど、多分母さんがメインになって取るだろうし、許可は要るだろう。
「えぇ。アージの思うようにしなさい。でも、シュルッカ様やパボルバーダ様に必ず一言相談することを忘れてはいけませんよ? 大事なことですからね。それに、困ったことや辛いことがあったら、すぐに頼ってちょうだい。お母さまはいつでもアージの味方ですよ」
だから、無理はしないでね。
そう言葉を締め括って、母さんは俺の前まで来て、膝を折って視線を合わせてくれた。そして、ぎゅっと抱きしめられる。母さんの体温と、優しい匂いにホッとする。
あぁ。安心するな。
素直に、そんな言葉が浮かんでくる。
「ありがとう、母さん」
よし。
一抹ではあったけど、不安要素が消えたわけだし、テルミハルアとの交渉、と言うか共同生活、頑張っていかなくちゃな。まずは信頼関係を築くところから始めようか。




