15 小鳥日和
『ふんふふーん♪ ふふふーん♪』
ご機嫌な様子でハルトは砂浴びをしている。銭湯とかでよく流れていそうな鼻歌( ? )まで歌って。表情も大分緩んでいるように思う。朝までの緊張感が嘘のようだ。
『ご機嫌だね、ハルト』
鳥籠の中で浮かれまくっているハルトをつつきながら、そう声をかける。よほど浮かれているのだろう。普段であれば少し嫌がる素振りを見せるのに、今日は特に気にした様子が見えない。
『当たり前だぜ、坊主! 何たって俺っちの成長した姿があんな凛々しいものになるって言うんだ。そりゃあ、機嫌だって良くはなるってもんよ!』
砂浴びを止めることなく、胸を張るハルト。よっぽど今日見に行った妖鳥の姿がお気に召したらしい。
ハルトが妖鳥に成長すると知ったので、俺は父さん達に妖鳥について聞いてみた。今日の朝ご飯の時に。もう数週間前から知っていたから、もっと早くに聞いておけば良かったのだが、すっかり忘れていたのだ。
でも、仕方ないと思う。幼児の生活はとっても忙しいのだ。
しっかり遊んで、しっかりご飯を食べて、しっかり眠って、と予定が目白押しなのだから。
しかし、このままではいけないと思い、丁度父さんも居たので聞いてみたのだ。ハルトを肩に乗せた状態で、将来ハルトが妖鳥になるって自己申告したって。
え? そんなストレートでいいのかって?
いいのいいの。こっちはまだ幼児なんだから。変にオブラートとかに包んだ方が逆に怪しいわ。それに、隠した方が良くない事態になる気がしたし。
ハルトが「なに正直に言ってんだバッキャロー!」とかチュンチュン騒ぐ以外は、特に問題はなかったから、あの対応で良かったと思う。
で、父さん達に確認したところ、妖鳥も鳥だから平気さ、とあっさりした対応をとられた。特に問題は無いとのことらしい。妖鳥だから、と言う理由で迫害されたりとかは無い様だ。父さんの様子を見る限り、でかい鳥、程度の認識ぽかった。また、食用には不味くてしないとのこと。羽もあまり用途が無いようだ。そこに一番ハルトが安堵していた。食用に飼われるのは嫌だもんな。
俺だって嫌だ。食欲が一気に失せる。
そもそも、治療された時点で周囲には妖鳥の雛だと判明しており、その旨を母さん達はヴァリナさんから伝えられていたそうだ。まぁ、それはそうだよな。明らかにこれから世話をするのは母さん達だもんな。いや、勿論俺もちゃんとするよ? 眠気に負けなければ。
妖鳥はいずれも馬ぐらいに大きくなるので、スペースと餌代を確保しておく必要があるが、それ以外は躾さえちゃんとやっておけば特に害も無いとのこと。
「そうだな。確か、エリヘーベンの爺様が妖鳥を飼っていた筈だ。実際に見た方が分かりやすいだろう」
と言う父さんの一言のもと、俺とハルトは件の妖鳥を見に行ったのだ。その間のハルトのビビリっぷりが笑えた。
いや、実際に見るとでかかったな。幼児からの視点を差し引いても、あれはデカイ。人一人軽く乗れるな。でも、うちにいる荒々しい鹿よりはずっと大人しかった。大人しいとそれだけで可愛く感じる。
ハルトは将来の成長図にかなり興奮しており、見に行ってからずっとあの調子だ。よほど気に入ったらしい。
俺にはチョ●ボにしか見えなかったが、本人が凛々しいと言うのなら、そうなのだろう。
それにしても、本当に現金なものだ。
「アージもハルトもご機嫌さんだな」
ハルト浮かれ具合に付き合っていたら、不意に声をかけられた。父さんだ。母さんもいる。二人とも、さっきまでソファで寛いでいた筈なのに。きっと、お茶を飲み終え、夫婦のお喋りもひと段落したのだろう。
「とーさ、かーさ」
『坊主のおとんに、オフクロさんじゃねーか。いつもに世話になってるぜ!
ま、これからも坊主共々頼むぜ! 何たって俺っちは妖鳥だからな! こんな小さな鳥籠に収まらない、ビッグな漢になるからよ! そんときゃあ、これくらい大きさの部屋、どーんと用意してくれよ!』
聞こえていないのをいいことに、図々しい願いを言ってくる。エリヘーベンの爺様のとこの妖鳥は、外での放し飼いだったのを、すっかり忘れ果てている様だ。やはりハルトの扱いは雀モドキで良い気がした。
それにしても、相変わらず口が回らないので、ちゃんと呼べない。そろそろ父さん、母さん、と呼びたいのだけどな。
しかし、呼ばれた当の本人達は大して気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに互いに顔を見合わせながら微笑む。そして父さんがおもむろに俺を抱えあげた。ついでに、ハルトも鳥籠から出して、俺の肩に乗せた。
肩に乗せられたハルトが、挨拶程度に父さんの手に軽く頭を擦り付ける。何とも小鳥らしい仕草だ。父さんもまんざらではないらしい。
「お、愛い奴だな」
そう言って、その小さな頭を撫でてやる。それを満足気に甘受するハルト。精細な小鳥心 ( ? )を持つハルトも、父さんにはベッタリと懐いている。
最近まで知らなかったが、父さんも鳥の類いは好きらしい。
この数週間でハルトが人馴れした、手乗りだと認識されたので、俺と大人が居る場合は、こうしてちょいちょい放鳥時間として籠から出されるのだ。
ハルトも、俺の両親達に気を許しているのか、大人しく取り出される。アイリ兄さん達やホウリィ姉さん、それにチュークさん達ではこうはいかない。掴み方や力加減が気に入らないらしく、鳥籠の隅にまで逃げた挙句、激しく抵抗する。
爪と肉の間を噛み付いたりとかもするから、地味に痛い。
ちなみに、今のところハルトが抵抗せずに掴ませているのは俺と、父さんと母さん、シャール母さんとセッタン、ケルベル兄さん達。それにタニヤ母さんだけだ。
俺から見れば、アイリ兄さん達だって十分優しく捕まえようとしているのだが、本人は気に食わないとのことで、触らせてさえいない。肩などにたまに乗っかる程度だ。その態度にもめげずに、ハルトに触ろうとするアイリ兄さん達の努力に幸あれ。
「アージも将来カルベル兄さんみたいにグリフォンに乗り回すのかな?」
俺を撫でながら、父さんはどこか懐かしそうな表情をした。
カルベル伯父さん。父さんの二番目の兄で、父さん同様ハイパー童顔の持ち主。そして、商会連合の武装私兵団の海洋部として、日夜グリフォンを乗り回している猛者である。
馬に乗るのが苦手で、グリフォン(こっちの方が数倍凶暴。市街に野生のものが現れたら、自警団が総動員するレベルで危険)の方が性にあったらしい。そのため、グリフォンを乗り回せる私兵団に志願したとのこと。実に勇ましいことで。
ちなみに、長男であるアズリサ伯父さんも商会連合の武装私兵団に属している。喧嘩っ早くて商人になる気がしなかったらしい。カルベル伯父さんとは異なり、陸上部に所属しているとのこと。
改めて言葉にすると、この家、商人の癖に猛者が多い気がする。
兄弟であるケルベル兄さんは雰囲気からして只者には思えないし、セッタン兄さんも何気に強い。ウルダン伯父さんも神殿の衛士だし。この家は童顔や美形には武力も一緒に備わって生まれるのか?
そんな疑問さえ湧く。
だから父さん。買いかぶりすぎは良くないよ。俺は海軍に属するような塩っ気と豪気のある男にはなれない。
「やーよ」
とりあえず、将来は海の男に! なんてことにならないよう、伏線を張っておこう。俺は陸地で生活したいのだ。
「ふふ。アージにはまだ早いですわ、シュルッカ様。まだ馬にも乗ったことがないのですよ?」
ひし、と父さんにしがみつく俺を見て、母さんがおかしそうに笑う。
そうだ。もっと言ってくれ、母さん。出来れば軍人には向いていないと言ってくれればなお嬉しい。
「そうか? 案外素質はあると思うけどな。妖鳥を拾って来るくらいだし」
「確かに、そう言われればそんな気もしますね。あの時は本当に驚きましたわ」
しまった! 要らん実例作ってしまった。
ワタワタし出す俺を見て、二人は不思議そうな顔をする。まぁ、そうだよな。一体何に焦っているのか見当もつかないことだろう。親とて、子供の全てを分かるわけではないのだから。
『坊主、何ワタワタしてんだ?』
ハルトも不思議そうな様子で声をかけてくる。
『ハルトのせいで、軍人になるかもしれないんだよ。もう、おやつあげない』
腹いせにそう告げれば、ハルトが息を飲むのが分かった。
『な!? 俺っちのせいかよ!? 関係ないだろ、明らかに!』
何か言ってるが、知らない。知るものか。
無視を決め込んだら、噛み付いてきやがった。耳たぶ噛むとか地味に痛い。
『ざっけんなよ、こんちきしょうめ! 俺っちを何だと思っていやがる! あと、おやつは寄越しやがれってんだ!』
なんて生意気な小鳥なのだろうか。そんなにおやつが欲しいのか、卑しい雀モドキめ!
この後、俺とハルトとの仁義なき争いが勃発し、お昼寝タイムまで続いた。
新たな同居人との生活は、まだまだ波乱がありそうだ。




