11 巫女の祝福
さて、馬車から降りて神殿を見る。
馬車の停留所から神殿まではそれなりに距離があるが、それでも、神殿の壮麗さは見て取れた。
それは壮大の一言を体現したかのような建築物だ。厳か、と言う雰囲気も感じられる。きっと、詩人でも居ればもっと情緒に溢れた言葉で表現出来るのだろうが、残念なことに居ないので無理だ。
俺自身の語彙の無さをこの時は悔やんだ。まぁ、あったとしても、赤ちゃん言葉でしか表現出来ないから、どっちにしろ似たようなものか。
まず、壁やそれに施された壁画、幾重にも張り巡らされた太い柱と、それらの間を縫うように林立する繊細さを感じさせる細い柱。それらは全て石作りで、白亜の白さが目につく。ここまで白ければ、照り返しなどで目にキツそうなのだが、太陽の光が目に刺さることはなかった。
恐らく、照り返すのを防ぐためか、他の色味がほのかに混ざっているのだろう。綱紀として生きていた頃、大学の友人と共に観に行ったタージマハルを思い起こす。白だけど白じゃない。だけど、綺麗。そんな色合いだった。
大きさは当然のことながら我が家より大きい。
神殿は正面から見ただけでも、幅は50mはありそうだ。奥行きは分からないが、高さは蒼みがかったタイルで作られたドーム型の屋根を含めば、幅以上はありそうだ。
また、庭園らしきものもあるのか、花の香りが風に乗って漂ってくる。
出入り口のある正面方向を除く神殿の周囲には六つの尖塔があり、どれも神殿以上の高さがあった。尖塔の頂上には鐘があり、朝の礼拝の時間になるとその鐘が鳴らすのだそうだ。
毎朝聞いていた鐘の音の正体はこれだったのか。
それにしても、この高い尖塔まで登るのは大変そうだ。階段ならかなりの段数になることは必須だ。担当するのは誰かは知らないが、ご苦労様です。
「ファティーマ義姉さんじゃないか! 今日はお祈りにでも来たのかい?」
そんな思いを抱いていると、聞き覚えのある声が。
声のした方、神殿の入り口の手前辺りで荷物を運んでいたらしいウルダン叔父さんから声をかけられた。荷物を降ろし、手も振ってくれているから遠目からでも分かった。馬車の停留所と神殿の入り口までは、それなりに距離がある。50mは確実にあるだろう。また、神殿だからか行き交う人もそこそこいる。
それにも関わらず、ウルダン叔父さんは神殿の入り口から俺達を見つけ、声をかけてくれた。よく通る声だ。その声に何人かこちらを見やるが、すぐに視線を戻し、もとの進行方向へと視線を戻した。
「今そっちに行くから!」
床に置いた荷物を手早く解き、同僚らしき青年に手渡した後、すぐに駆け寄ってくる。格好は神殿の衛士らしく、黒曜石のような色合いをした下地に、銀で経典の文言と言えば良いのだろうか? 梵字みたいに、一文字で幾つかの意味を表す言葉を刻み込まれた鋼鉄と綿で作られた防具を身につけている。
腰には剣も佩しているが、あまり切れ味は良くないらしく、専ら盾や拳(鋼鉄の籠手)を使っているらしい。
「お待たせ、ファティーマ義姉さん。それからチュークさんも」
軽く二人に会釈した後に俺に気づいたのか、しゃがみ混んで俺と視線を合わせてくれた。
「よく来たな、アージ。馬車は平気だったか?」
「えーき」
平気、と言いたかった。
「はは、そうかそうか。それは良いことだ。将来良い男になるな」
ウルダン叔父さんがそう言えば、母さんも同意する。
「そうよ。この子ね、馬車でも酔わなかったし、怖がることもなかったの。お使いだってちゃんと最後まで頑張ったのよ」
朗らかに笑いながら、母さんはここに来るまでのことを話した。それをチュークさんが時折補足を入れながら伝える。
「へぇ、それはすごいな。セッタンやケルベルもなかなか肝の据わった子供だったが、アージも負けてないな。これは本当に将来が楽しみだ。兄もそうだろう」
その言葉に頷いてから、互いにやることもあるのでここら辺でお喋りを打ち切った。チュークさんは手土産をウルダン叔父さんに渡し、母さんに抱えられて神殿へと向かう。その際、ウルダン叔父さんから飴玉を貰ったので舐めた。レモン味だった。
中に入ると更に凄かった。
中も白を基調とした造りであったが、成人の視線から上に当たる位置からフレスコ画のような壁画と、色鮮やかなタイルで様々な模様が描かれ、外とは完全に隔絶された世界を形成していた。
外に広がっていた雑踏も、この中では一切聞こえない。とても静かだ。
静寂の中、見上げればドームの高い天井と、そこに描かれた緻密で不思議な筆致で書かれた経典の文字が連なり、より神秘的な雰囲気が漂う。
窓は所々ステンドグラスで彩れ、強烈な日差しを抑え、落ち着いた色合いと光を内部に注いでいた。
人間って凄いんだな。
改めてそんなことを思う。現代知識を知る俺からすれば、まだまだ発展していないことも多い所だ。だけど、それ以上に価値のあるものもここには同時にあるような気がした。
母さんから「神殿の中に入ったら喋ってはダメよ?」と言われているので、喋るようなことはしない。無言で中の様子を見る。
少し進んだ所に、受付らしき所があった。そこには白地のワンピースのようなものと、その下に同じく白地のズボン、ワンピースの上から暖かな色合いの赤地のベストらしきものを着た男性がおり、俺を抱える母さんの代わりにチュークさんが手続きらしきものを済ませていく。その際、持ってきたお布施用の布地を渡した。
それを確認した後、受付とは異なる、付き人らしき男性の案内の元、神殿を進む。
花の咲き乱れる中庭を抜け、小さな別院らしき場所へと通される。恐らく、ここで巫女の祝福を受けるのだろう。いよいよかと思うと、なんだか緊張してきた。
そんな俺の様子を感じ取ったのか、母さんが小さく頭を撫で、微笑む。声には出さないが、「大丈夫」とも告げてくれた。それだけで、俺の緊張は幾分か和らいだ気がする。
別院は東西南北にそれぞれ一部屋づつの造りらしく、俺達は南の部屋へと通された。やはり神殿同様壁には不思議な模様と、経典の言葉が書かれていた。
敷かれた絨毯に座り、俺達は巫女を待った。
数分も経たない内に、16歳くらいの少女と、チュークさんくらいの歳の付き人らしき女性が二人、現れた。少女は裾と袖に赤い模様を描かれた白地のワンピースに、金と銀で作られた髪飾りをつけていた。
「祝福を受ける者をこちらへ」
やわらかな少女の声に促され、母さんが進み出て俺を巫女の前に差し出す。それから巫女はゆったりとした動作で、付き人から差し出された青い陶器の器の中身を指でひと匙掬い、俺の額に塗りつけた。香油だった。花の香りがする。
次にもう一人の付き人から、同じくゆったりとした動作で緑色の陶器に入った花びらを摘むと、香油を塗った額にそっと貼り付けた。
「汝の母は大地。汝の父は海。
汝の兄は森。汝の姉は泉。
汝の姉は獣。汝の弟は虫。
汝、愛せよ家族を。
汝、敬え家族を。
全ては巡り、汝に還らん」
古い言葉で、巫女は朗々と歌うように告げる。
きっと俺が転生の際に言語理解を取ったおかげか、普段は使用されない古語の類いであっても聞き取れた。
「kplhge、wrdk、mklpw、qqrty…」
前言撤回。
調子に乗りました。すみません。
どうやら俺に分かるのは、一部の古語程度らしい。もう音すら聞き取れないや。
謎の祝詞を唱え終えたのか、巫女はふっと最後に俺の額に息を吹きかけ、花びらを落とした。そうしてその花びらを俺に持たせると、付き人を連れ、その場を後にした。
「おめでとう、アージ。これで魔法を使えるようになったわ」




