エピローグ
翌週に一日だけ休暇をもらえることになった。
ただし、報告書を書き上げて提出した後、というのが条件だ。
アキラは「いずも」で被害者たちと別れ、愛知県警本部から私有車で東京に帰ることになった。
新東名高速道路のほとんどの区間をナギが運転し、アキラが代わろうと言うと、いいから寝ていろの一点張りだ。
港北パーキングエリアで一度だけ交代し、最後はアキラの運転で東京に入った。
すでに土曜日の明け方になっていた。
西川口に送ると言うと、南千住でいいと一蹴された。
南千住駅でナギを下ろし、マンションに帰った途端に限界が来た。
シャワーを浴びたのは覚えているが、その後髪を乾かしてベッドに移動する間の記憶はない。
気がついたのは日曜日の朝だった。
月曜日、いつものように高輪のオフィスに出勤すると、先に来ていた同僚たちに拍手で迎えられた。
石巻〜仙台〜名古屋〜太平洋上というアキラの強行軍を知り、よくぞ生きて戻ったと皆驚いていた。
この同僚たちというのも寄せ集めだ。
各省庁で持て余していた人材、組織と折り合いが悪くなった警察官や自衛官、アキラのように行き場のないサキュバスもいる。
「とんだ大事件に当たったな。今宝くじ買うといいんじゃないか?」
そう言ったのは元自衛官でアキラと同期入隊の男だ。
航空自衛隊出身ということで面識はなかったが、ウマが合うのでよく連れ立って出かけ、時折「補給」を頼むこともある。
「いやいや、運使い果たした気がするよ。ところで班長は?」
いつも早く出勤している班長の姿が見えないことをアキラは不思議に思っていた。
「直行だって。警察庁のお歴々に今回のお礼参りらしいよ」
アキラはパトカーによる高速道路先導や愛知県警の活躍を思い出した。
班長の根回しが完璧だったから成し遂げられたが、それだけではない。
多くの警察官が我が事のように事件に対処してくれた。
「かなり無理してくれたんだろうなぁ……」
上に立つ者の苦労を思えば、火曜から続いた戦いも軽く思える。
ちょうどそこへオフィスの扉が開き、班長が入ってきた。
「みんなおはよう。遅くなってすまんね」
専従班の同僚たちが口々に班長に挨拶する。
「おはようございます。無事に戻ってまいりました。お力添え感謝します」
「何を改まってるんだ。いいんだよ、これが俺たちの仕事なんだから」
軽く答える班長の後ろに、見覚えのある男女が続いて入ってきた。
男の方は御幸浜秀隆。
背の高い壮年の紳士で、高級そうなスーツを着こなしているこの人物こそ、特生室室長だ。
その横にいるのは安そうなリクルートスーツに身を包んだナギだった。
「室長……とナギ……」
「駿河さん、今回はよくやってくれたね。大勝利とはいかないが、貴重な第一歩だ」
室長の言葉は重い。
今回の救出劇がなければ、事件は発覚しないままサキュバスの拉致が続いていたはずだからだ。
「しかし、今回救出できたのは十五名です。わかっている被害者の一割にも届きませんし、今後も対処が必要です」
「うん、だから駿河さんの報告書が出来次第、それを持って官邸に直接上申する。特生室増員と権限の拡大……あとは、各機関の連携だな」
各機関の連携、という言葉で、アキラは思い出した。
念のため小声で聞いてみる。
「あの……聞いていいのかわかりませんけど、名古屋にいた時、宮宿一家の事務所に踏み込んだ上、総長が倉庫にいるって調べ上げた人たちって……」
班長は固まり、口をつぐんでいる。
御幸浜室長は少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「そうだね。知っておいて損はない。彼らは総理直属の機関で、名前はない。というより組織そのものが存在しない。我々のように非公開というわけでなく、予算編成上も絶対に辿れないようになっている。活動も完全秘匿。重大な犯罪や、テロの危険が差し迫った時に投入される。それ以上のことは、私も知らない。安全のためには知らない方がいいことだってあるからね」
その言葉を聞いて、アキラは深入りしない方がいいのだと思った。
人々の知らないところで、誰かが戦っている。
それだけわかれば十分だ。
「そういえば、人を増やしてもらえるんですか?」
「君の報告書次第だね。楽しみに待ってるよ。班長の指導付きだから安心してる」
アキラがチラッと見ると、班長はニヤリと笑った。
「ああ、でも一人だけ確保してきたよ」
室長の言葉にアキラは安堵した。
業務の負担が減るならどんな新人でも大歓迎だ。
「新しい専従班員は彼女だ」
室長の手が指し示したのはナギだった。
安いスーツではあるが、開襟のシャツと組み合わせて綺麗に着こなしている。
髪も後ろできっちりと結び、昔のように丸めてシニヨンネットで包んでいる。
何より、立っている姿は自衛官時代のように堂々としている。
くたびれた西川口のデリヘル嬢の面影はない。
「針生凪です。よろしくね、先輩」
「えぇ、またナギと一緒に仕事するの?」
参ったなぁ、といいつつ、アキラの口元は緩んでいた。




