第一章:楽園の檻、放牧される絶望
本作『肉食惑星』の世界へようこそ。 圧倒的な科学力を誇る異星人の目的が、領土でも資源でもなく「食欲」であったなら……。そんな絶望的な仮定から物語は始まります。奪われた地球、家畜として飼育される人類、そして数奇な運命を背負った少年の運命を描きます。
空は、不自然なほどに澄み渡った群青色をしていた。
「アーサー! またそんなところで古びた本を読んでいるの?」
丘の下から、幼馴染の少女、リナが声を弾ませて駆け寄ってくる。彼女の背後には、絵画のように美しい石造りの街並みが広がり、遠くでは家畜の牛たちがのんびりと草を食んでいた。
ここ「エリア・グリーン」は、かつて人類が「地球」と呼んだ母星の面影を忠実に再現した、牧歌的な理想郷だ。人々は争いを知らず、必要な食料はすべて「空からの恵み」として与えられ、病気になれば高度な医療ですぐに完治する。誰もがこの平和を享受し、穏やかな一生を終える。
だが、十六歳になったアーサーの胸には、拭い去れない違和感が澱のように溜まっていた。
「リナ、見てくれ。この古い書物には『自由』という言葉が何度も出てくるんだ。外の世界には、もっと広い海や、もっと高い山があるって」
アーサーが手にしていたのは、地中深くから掘り出したボロボロの古書だ。文字の多くは掠れているが、そこには「侵略」や「抵抗」といった、今の平和な暮らしからは想像もつかない血生臭い単語が並んでいた。
リナは困ったように小首をかしげた。 「自由? 今だって私たちは自由じゃない。お腹が空けば食べられるし、夜は暖かいベッドで寝られる。それ以上の何が必要なの?」
「それは……そうかもしれないけど」
アーサーは言葉を濁し、空を見上げた。そこには、二つの月が浮かんでいる。地球には月は一つしかなかったはずだ。この場所が、かつての母星ではないことを示す、決定的な証拠。
彼らが「管理栄養士」と呼ぶ存在——空から降りてくる、顔のない銀色の球体たち。彼らは定期的に住民の健康状態をチェックし、一定の年齢に達し、最も「健康的で成熟した」と判断された人間を「昇天」という名目で連れ去っていく。
アーサーの先祖は、かつて地球という星が滅ぼされた際、その「優良な遺伝子」を認められ、この異星へと運ばれてきた「種」なのだという。彼らはここで、最高の環境で育てられ、繁殖し、命を繋いでいる。
しかし、アーサーは知らない。 自分が、かつて地球で最初に異星人の「食欲」の犠牲となった夫婦の末裔であることを。 そして、この「牧歌的な街」の真の名称が「第14養殖放牧場」であることを。
「アーサー、明日は収穫祭よ。あなたが『選定』の候補に選ばれたって聞いたわ。すごいじゃない! 昇天すれば、神様たちの住む上層階で一生幸せに暮らせるのよ」
リナの瞳は純粋な喜びで輝いている。だが、アーサーの心臓は、なぜか警告を発するように激しく鼓動を刻んだ。
その夜、アーサーは夢を見た。 炎に包まれる巨大な都市。空を埋め尽くす異形の宇宙船。そして、逃げ惑う男女。 男は女を庇い、巨大な「口」のようなハッチへと吸い込まれていく。その瞬間、男が放った最後の叫びが、何千年の時を超えてアーサーの耳底に響いた。
『逃げろ……食われるな!』
アーサーは飛び起きた。全身が冷や汗でびっしょりと濡れている。 窓の外では、銀色の球体が静かに街を見回っていた。その無機質な光が、まるで品定めをする美食家の視線のように感じられて、彼は初めてこの「楽園」に言いようのない恐怖を抱いた。
翌日。収穫祭の広場には、着飾った若者たちが集まっていた。 上空から、ひときわ巨大な「食卓」……もとい、輸送船が降りてくる。
「さあ、選ばれし優良種たちよ。大いなる食卓へ」
機械的な音声が響き渡る。アーサーの名前が呼ばれた。 彼は震える足で一歩前へ出る。その視線の先で、輸送船のハッチが開き、中から「管理栄養士」とは明らかに違う、禍々しいオーラを放つ巨体が現れた。
それは、よだれを垂らし、鋭い牙を剥き出しにした、宇宙の捕食者。 彼らにとって、アーサーたちは知性を持った人間ではない。ただの、最高級の食用肉なのだ。
「……これが、神様?」
アーサーの隣にいた少年が、恐怖に顔を歪ませる。 その瞬間、異星人の一人が、品定めをするように少年の腕を掴み、そのまま——。
「ギャアアアアアッ!」
広場に、これまでの人生で一度も聞いたことのない悲鳴が響き渡る。 楽園の皮が剥がれ、むき出しの屠殺場が姿を現した。
アーサーは確信した。 自分たちは、守られているのではない。肥らされているのだ。 いつか、最高の味になるその日まで。
「ふざけるな……!」
アーサーは、古書に書かれていた「反撃」という言葉を思い出した。 先祖が流した血の記憶が、彼の遺伝子の中で目覚めようとしていた。
第一章をお読みいただきありがとうございます。 ヒロインの名前をリナに変更し、設定をより深掘りいたしました。平和な日常が崩れ去り、残酷な真実が露わになる瞬間をイメージして執筆いたしました。果たしてアーサーは、この巨大な「胃袋」のような惑星から脱出することができるのか。
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