表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし社長と溺愛契約(こちら、あやかし移住転職サービスですー福岡天神四〇〇年・お狐社長と私の恋)  作者: まえばる蒔乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/25

20【第三章】

 菊井楓が退職した筑前クリア事務機は、その後大変なことになっていた。

 社長が顧客の個人情報を意図的に流出させていた事件に、リースしていた事務機器が実はニセモノだったと発覚した事件。何も知らされていない人間の社員達は騒然とした。度重なる事情聴取は人間の社員達にも及び、今では客先からのクレーム対応に追われている。

 最悪のとばっちりを受けていた人間社員達だが、彼らには不幸中の幸いと言えることがあった。データ管理が行き届いており、顧客情報のファイリングもデータベース化も使いやすく丁寧に整えられていたことだ。会社ごとの贈答品リストだけでなく、クレーム対応の記録、更にはちょっとした電話対応や外回りで得た事務員の好きな食べ物、誰が一番話が通りやすい人かなど、そういった意外と肝心なことがわかりやすくまとめてあった。

 それらは全て菊井楓がやっていたものだと、みんな知っている。


「一般事務を正社員で雇うって、明らかに社長の愛人だろと思ってたけど、仕事ちゃんとやってたんだな」


 最近の企業は一般事務はパートや契約社員で雇うことが多い。特にこの会社のような中小なら尚更だ。高卒入社で正社員雇用、しかも社長のお気に入りとあれば『さもありなん』と思われていたし、実際そんな噂が流れていて、彼女は会社で浮いた存在だった。

 女性社員の先輩たちからは相当やっかまれていたように思う。

 でも彼女はきちんと仕事をしていたのだ。退職までの引き継ぎ期間もそれほど与えられていなかったのにここまで整っているということは、普段からの仕事の丁寧さがあるということで。

 休憩時間、缶コーヒーのプルタブを空けて男性社員が言う。


「俺はわかってたけどね、菊井ちゃんがそう悪くない子ってのは」

「いまさらぁ」

「顔が可愛いのも変な噂を呼ぶんだろうなあ」

「可愛くても人生イージーモードって訳じゃ無いんだなあ」

「まああれなら、どこ行ってもやれるだろうな」

「幸せにやってるといいよなあ」


 二人はふう、と溜息をつく。 

 そしてきちんと掃除された菊井楓の机ではなく、その近くにある、机を見やった。

 楓にちくちくとつっかかっていた、例の先輩女性社員、贄島鶏子の机である。


「それに引き換え……贄島さん、結局逃げるように仕事辞めたよなあ」

「せめて全部片付けてから辞めて欲しかったよな。最後まで身勝手っつーか……」

「確かどこかのお嬢様だろ? うちを辞めてもまた行くところあるよ」

「お嬢様かあ……」


 だべりながら二人は、こっそりとスマホに登録した求人情報サイトを眺めているのだった。


◇◇◇


 ――夜。

 空が暗くなり始めた、中洲近辺のオフィス街にて。

 一人の女がハイヒールを高らかに鳴らしながら歩いていた。贄島鶏子だ。

 先ほどまで、彼女は故郷の父からの電話を受けていた。

 目を閉じると、激しいやりとりを思い出してむかむかする。


「どういうつもりだ。お前がやりたいと言うから、潜入調査を任せたんだろう」

「だから、潜入はできてましたよね?! 相手が勝手に自滅しただけで……」

「五年も潜入して、連絡も滞り、それどころか先に福岡県警に取られるとは、言語道断だ」

「だって」

「島を出るには祓い屋として一人前になるのがしきたりだ、言い訳は」

「まだやれます! 本家は妹がいるからいいじゃありませんか。こちらで次の仕事も探します、それでは」

「お前、」


 ぷつ。

 贄島は電話を切るとスマホを鞄の底に叩きつけるように押し込んだ。


「ふざけないで。……私は、こんな所で燻るような女じゃないのに。こんな……」


 遠く離れた故郷を思い出すと、叫び出しそうになる。

 島での窮屈な生活、閉ざされた世界でも才能を認められなかった悔しさ。

 人とは違う「特別」でありながら、その特別さに見あわない地味な生活。

  

 苛立った贄島鶏子の視線の向こうに、猫の尻尾が飛び出した、派手な女が目に留まる。

 派手な女は未就学児ほどの子供と手を繋ぎ、中洲の方向へと向かっている。


「あやかしの癖に、この街に馴染んじゃって……」


 苛立つ贄島鶏子の手のひらの中で――しゅる、と水が飛び出した。


◇◇◇


 すっかり顔馴染みになった川副かわぞえさんの屋台にて、私と篠崎さんはまたうどんを食べていた。


「はい、お待ち」

「わー美味しそう! いただきます!」


 ふわふわとあったかい湯気に包まれた、おうどん。

 上に乗っているのは今日は丸天まるてんと山盛りの細ねぎ、それに彩り鮮やかな蒲鉾かまぼこ。丸天は魚の練り物を丸く天ぷらっぽくしたもので、天ぷらとは違う福岡のおうどん独特の具だ。

 はくっと口にすれば、もちもちしてて美味しい。

 

 おつゆも出汁の香りが強く透き通った狐色のお汁で、やわやわの麺と一緒にいただくと優しい味がじんわり体に染み渡る。

 全くコシがないおうどんは、一日中歩き回った私の癒しだ。


「そういえば」


 私は不意に気になって、目の前のカワウソさん――もとい、川副さんに訊ねる。


「香川ご出身のあやかしさんが先日、お土産に讃岐うどんをくださったんですよ。早速、会社で茹でて皆でいただいたんですが、福岡のおうどんと違ってコシコシしててシャッキリした麺だったんですよね。どっちも美味しいけど別物というか……。なんで福岡のうどんってこんなに柔っこいんですか?」

「うーん、ラーメンの細麺と同じで、さっさと食べやすいように柔くてスルスルしてるってのは聞くねえ」

「ああ……麺が汁を吸っちゃう前に全部食べ切っちゃうというやつですね」


 おうどんのチェーン店によっては、食べている間にどんどん麺が汁を吸って汁が無くなってしまうので最初から汁入りのやかんが用意されているお店もあるくらい、ご当地のおうどんは柔らかい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ