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「実質的には、福岡に居住するもしくは居住希望のあやかしの方々に対しての、なんでも相談屋さんみたいなもの――という認識でよろしいんですよね」
「ああ。転職とは銘打ってはいるが、な。夜のように人とつながることで霊力が安定し居場所を得られるあやかしには文字通り仕事を紹介するが……例えば今回の浜姫の清音さんは、居場所さえあれば特に人に関わらずとも生きていける、いわば『場』で霊力が安定するあやかしだな」
「へー……」
浜姫。海のあやかしと言うことしかわからないので、移動中に調べておこう。
「そういうお客様には『場』と繋ぐお手伝いをすることもあるし、また『場』があって霊力が安定していても是非仕事をしたい、と相談にくるお客様にはもちろん仕事を紹介する。ほら、羽犬塚さんがそういうタイプだ」
篠崎さんが目線を羽犬塚さんに向ける。パソコンのディスプレイからひょこっと顔をだし、羽犬塚さんが尻尾をぱたぱたする。
「私は霊力は安定してるけどね、やっぱり働いていないと落ち着かないじゃない?」
「そういうものなんですね……」
篠崎さんが話を続ける。
「あやかしは狭い世界だ。新入りが既存のコミュニティに入っていくのはなかなか難しい。そうなると、こちらで居場所を失ったあやかしは、『此方』では生きていけないと諦めるか、暴れて消されるかだ」
篠崎さんの話が耳に痛いのか、無表情の夜さんの猫耳がパタンと閉じている。彼も恥ずかしいとか、居た堪れないという気持ちが多少あるらしい。
「『此方』に居たいあやかしは、うちにとりあえず頼れる環境を整えているんだ」
「なんだか篠崎さんのお話を伺ってると、ほぼ慈善事業みたいに感じますね」
「まあな」
私の言葉を認めるように、篠崎さんが肩をすくめる。
「福岡は移住者に親身になりたがる、太いパトロンがいるからなんとかなってんだよ。なんとかな」
「太いパトロンですか」
「いつか嫌でも会うことになるだろうさ。――時間だ、」
篠崎さんは椅子にかけていたジャケットを羽織り、立ち上がった。背が高いので、一気に頭の位置が変わって見上げるのにまだ慣れない。
「何かわからないことがあったら羽犬塚さんに聞いてくれ」
「はい」
「篠崎さん、行ってらっしゃ〜い」
尻尾ふりふり声をかける羽犬塚さんに見送られ、篠崎さんは会社を後にした。革靴の音が階下に降りていくのを聞きながら、私は目があった羽犬塚さんに尋ねる。
「……篠崎さんって、もしかしなくてもすごく面倒見のいい方、ですよね」
「そうよ〜。昔はだいぶん悩んだり困ったりしていた時期もあったけれど、だからこそ他のあやかしの面倒見てやろうって気持ちになるんじゃないのかしら」
羽犬塚さんは書類をトントン、としながら遠い目をして微笑む。
「とっても情が厚い人よ。なにか困りごとがあったらなんでも頼るといいわ」
私は今泉のオフィスから徒歩で市営地下鉄赤坂駅まで向かい、ちょうど到着した唐津行きにスムーズに乗る。
地下鉄に揺られて15分ほどで、にわかに先頭車両側が明るくなってきて、地下鉄は坂を登って地上に出た。パッと青空が開ける。地下鉄終点、姪浜駅だ。
天神や博多に向かう逆の流れなので電車は空いていて、お年寄りや親子連れが乗っている程度。そんな乗客も姪浜駅でがらりと入れ替わり、そのまま電車は筑肥線と接続して唐津に向かい発車する。
下山門で生の松原の新緑を抜け、右手に微かに青い海岸が見えたところで、福岡市と糸島市を分断する長垂トンネルに入る。
トンネルを抜けた先に広がるのは砂浜と海岸線。
能古島を遠景に望む青い海には白いヨットの帆がモンシロチョウの群れのようにたくさん並んでいる。
「綺麗……」
実家がある東区貝塚線近くの風景とは違う光景に、私は仕事を忘れて目を奪われていた。
空いた車両に普段乗らない路線。なんだか少し、特別感があってわくわくする。
海が遠くなり、田園風景の中で電車が止まる。周船寺駅で降りれば、鮮烈な真っ赤な車が私を出迎えてくれた。
「こんにちは。あなたが新人さん?」
真っ黒な黒髪と真っ白な手足が綺麗な、絶世の美女がフロントドアガラスから顔を覗かせる。私はどきりとしながら頭を下げる。
「初めまして。菊井楓と申します」
「菊井さんね。私は清音よ、よろしくね」
「あの、もしかして今朝、テレビに出ていらっしゃいませんでしたか?」
私の言葉に、美女――清音さんの目が嬉しそうに大きく開く。
「インタビューを見てくれたのね。ありがとう、菊井さん」
名刺を受け取って赤い唇を笑ませると、彼女は車の助手席を示す。
「乗ってちょうだい」
「は、はい」
私が車の助手席に乗ると、車はロータリーから抜けてスムーズに市街地を抜けて海側――糸島半島へと進んでいく。開けたままのフロントドアガラスから心地よい風が吹き抜けた。
「芥屋の海に行くんだけど、筑前前原駅側からだと道が混むのよね。九大のところを抜けていくから」
海に向かっているとは思えない、田園風景と山間を抜けていく国道。私はすっかり土地に馴染んだ運転手の美女を見た。
浜姫。北陸の海に棲まう、絶世の美女の妖。
私は彼女――清音さんの横顔をちらりと見やる。まるで芸能人が真横に座っているような気持ちになる美しい人だけれど、人間との違いがわからない。
私は夜さんや社長の尻尾や耳が見える。これは通常一般人には見えないもので、私が見えているのは霊力のおかげだと、社長に教えられている。
その霊力をもってしても彼女は普通の人にしか見えないので、浜姫というあやかしは人の世間に馴染みやすい特性をしているのだろう。
学研都市を抜け、山を縫うように進み、遂に海岸沿いの道にたどり着く。私は海風に吹かれながら、ただただ、清音さんの新鮮な言葉に痺れていた。ハンドルをきりながら彼女が問いかけてくる。
「あなた、こちらは珍しいって顔してる」
「そうですね、実家は東区なので」




