57 優しいペーン(エレナ視点)
模擬戦が終わった訓練場はお祭り騒ぎだろう。私もその場に戻り、屋台だけでも見てまわりたい気がしたけれど、さっきのペーン様との会話で自分の浅はかさが身にしみて、恥ずかしさで参加できずに部屋に引きこもっていた。
きっと、私はとんでもない女だと思われている。デリア様がいるナサニエル様にしつこくしていたのは、皆が知っていることだもの。メイド部屋でひとり落ち込んでいると、扉をノックする音がして、ペーン様の声が私に呼びかけた。
「ブレイン小隊長の件は済んだよ。今、訓練場は屋台でいっぱいだ。部屋に閉じこもってないで、皆で楽しもう」
扉を開けると、ペーン様の横には満面の笑みを浮かべたゴロヨ小隊長とイアゴ様もいた。
「君がブレインの悪巧みを教えてくれたんだってな。隊員の皆を代表してお礼を言うよ。俺たちのナサニエルを守ってくれてありがとうなっ! 一緒にお祭りを楽しもうぜ」
「懲りないブレインを、これで魔法騎士団から追放できたよ。しかも、円満解決だ。エリーゼ副団長殿もお喜びだった」
ゴロヨ小隊長とイアゴ様が私にお礼を言ってくれた。なぜ、そこに副団長様も絡むのかよくわからなかった。
「え? なんで、私は・・・・・・」
ペーン様が私の唇の前に、人差し指をそっとあてて優しく微笑んだ。
「しーーっ。君が教えてくれたからナサニエルは助かった。それで良いんだよ」
小さく耳元でささやかれた声は、とても優しくて心地良いものだった。心がほんわかと温まる。
「私、メイド服のままなので、ワンピースに着替えてもいいですか?」
「いいよ。俺が待っているから、ゴロヨ小隊長とイアゴは先に行ってくれ」
私は急いで、ガーネット王国から持ってきた衣装の中から茶色のワンピースを取り出し、髪をハーフアップに結い直し茶色のリボンをつけた。ちなみに、私の髪と瞳も茶色だから、この格好はお祭りには控えめすぎるかもしれない。でも、ペーン様の髪と瞳が茶色だから満足だ。
「お待たせしました」
部屋から出てきた私に、ペーン様は少しだけ戸惑った。
「とても似合っていると思うよ。でも、他のメイドたちは、もっと華やかな色のワンピースを着ていたけど、それでいいのかい?」
「この茶色のワンピースが良いのですわ。だって、ペーン様の髪と瞳の色でしょう? それに、このワンピースには刺繍がありますから、華やかです」
「え? そのワンピースは俺の色という意味なのか?」
「はい! あなたの色です。恋人はいないとおっしゃいましたよね? お友達からで良いんです。たまにお茶してくださるところからで構いません。廊下ですれ違うときに、挨拶してくれるだけでも良いのです」
「だんだん、お願いが控えめになるね。いいよ、友人から始めよう。今度の休みを合わせて、話題のカフェに行ってみようか? カフェの近くにちょうど見たいと思っていた美術館がある。そこにも行くかい?」
「えぇ! ぜひ、行きたいです。ペーン様と一緒ならどこでも行きます」
「・・・・・・どこでも? 危ないなぁーー。知り合ったばかりの男にそんなこと言っちゃダメだ。自分が可愛い女性だっていう自覚に欠けているぞ。俺が悪い男だったらどうする?」
「だって、ペーン様が悪い男性なわけないです。悪い男性はそんなお説教はしません」
私は安心してペーン様の手に自分の手を重ねた。真っ赤になったペーン様は私の手を握りしめて言った。
「さぁ、一緒に美味しい物を食べて、旨いワインを飲もう。もう、他の騎士たちを追いかけなくていいから」
私の頬は嬉しさに次第に緩んでいく。『他の騎士たちを追いかけなくていいから』とおっしゃったわ。つまり、それって、私だけの騎士になってくれるということでしょう?
私の勘違いかしら。でも、友人にはなってくれるとおっしゃった。この国には1年しかいられないけど、その間に好きになってもらえたら嬉しい。
☆彡 ★彡
訓練場にはたくさんの屋台が並び美味しそうな匂いが漂っていた。屋敷から持参したご馳走を前にワインを楽しんでいる貴族もいたし、屋台に並んでいる平民たちもいて、その中にはなんとデリア様とナサニエル様もいた。
ペーン様と私は、デリア様とナサニエル様と一緒にいるゴロヨ小隊長とイアゴ様に合流する。デリア様は私たちに向けてにっこり微笑んだ。
「お似合いのおふたりですわね。ワンピースもとても可愛いわ。あら、素晴らしい刺繍ですね。どこでお買い求めになったの?」
この刺繍はガーネット王国特有のものだ。ガーネット王国に伝わる神話や伝説に登場する動植物や神聖なシンボルが繊細に表現されていた。考えてみれば、このような手の込んだ刺繍のワンピースなど、メイドが持っているには不自然だった。




