37 みんなが優しい?(ナサニエル視点)
魔獣との戦いの数日後、私は魔獣を倒した現場に戻っていた。魔獣を倒すと、魔石と呼ばれる特別な宝石が取り出せる。魔石は魔獣の魔力が結晶化したもので、さまざまな用途に使え、とても価値のあるものだった。あの時はバッカスの治療を優先しようと急いでいたので、魔石を取り出す暇もなかったのだ。
倒された魔獣の魔力は、周囲の自然界と結びつきながら徐々に結晶化していく。これは魔法的な結晶化プロセスであり、エネルギーが安定して魔石になるまでには時間がかかるのだ。
魔獣が魔石に変化する過程で、その魔法的なエネルギーに、個体ごとの魔法の署名が刻まれる。この署名は討伐者との共振効果を通じて、その個体が倒されたことを明確に示すものだ。
他の者が魔石を取り出そうとしても、その署名がないために取り出せない。つまり、魔獣を倒した者しか魔石を取り出すことはできない。だから、魔獣を倒した場所にはキラキラ光る大きな魔石が、誰にも拾われず無造作に転がっていた。
ゆっくりと手を伸ばし、大きさのわりに軽い魔石を手に持った。魔法騎士団館本部に戻り、ゴロヨ小隊長とペーンを呼ぶ。
「三人で倒したんだから、これを分け合いましょう」
まずは、そのように提案してみた。
「俺はたいしたことはできなかったよ。土魔法で魔獣を動きにくくしただけさ。「ブレイズホーン」なんて自分じゃ絶対倒せないよ。こいつは魔獣でもかなり強いほうだ」
ペーンは首を横に振り、辞退しようとした。
「俺もそんな図々しいことはできないよ。これはナサニエルが倒したものだ。自分のものにしてくれよ」
ゴロヨ隊長も予想通りの反応を示した。
「ブレイズホーン」は鋭い牙と特に強力な脚が特徴だ。これが魔石になると、持ち主に素早い動きや反応速度を提供する貴重なものになる。敏捷性を高めたり戦闘中に迅速に行動ができるようになるのだ。魔法騎士にとっては便利なアイテムだし、命を救うものにもなる。
「だったら、良い案があります。ゴロヨ隊長。この魔石で第9小隊員みんなの靴を作りましょう。製作費はこの魔石の一部を売って金に換えます。靴職人に頼み特殊な縫製技術を用いて、魔石が動くことなくしっかりと靴に固定させると良いかもしれないです」
「ちょっと待てよ。この魔石を大隊長に見せれば、ナサニエルはすぐにでも班長になれるんだぞ。いや、小隊長にさえなれるかもしれない」
「いいえ、みんなで強くなり一緒に頑張っていきたいです。せっかく、一緒の小隊に所属したんです。誰にも亡くなってほしくない」
「つっ……。わかったよ。ナサニエル、お前ってやつは、生まれながらにして持っている男だな。俺は自分の小ささが恥ずかしいよ」
ゴロヨ小隊長が号泣しだしたし、ペーンも涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
(えっ? なっ、なんで、この二人は泣いているんだ?)
☆彡☆彡
それからひと月後、出来上がった靴をひとりひとりに配る。
「なんでだよ? 俺たち、お前たちを助けないで逃げたんだぜ」
「そうだよ。罵倒されるのが当たり前で、なぜこんなものをくれるんだよ?」
「これを履けば、敏捷性を高めたり戦闘中に迅速に行動できるようになるんだ。ひとりひとりが強くなれば、私たちの生存率もあがる。危険な場所に行かされやすい平民部隊だからこそ、協力しあう必要があるだろう」
しんと静まり返ったなか、ぽつりぽつりと靴を手に取り、足に履いていく。
「俺、悪かったよ。つい、貴族のことが嫌いだったから、八つ当たりした」
「俺もだ。伯爵家なんて雲の上の存在だからさ。羨ましかったのかな」
「私は君たちのほうが羨ましいぞ。私には甘えられる親もいなかったし、兄弟は私を使用人だと思っていた」
(雲の上の存在か。私は身分より暖かい家族が欲しかったがな)
そんなふうに思っていると、いきなりペーンにハグされた。それをきっかけに、小隊のみんなが私の肩をたたいたり、抱きしめてくるのだった
「ナサニエル。騎士団員が交代でとる休暇を合わせようよ。俺の家は裕福じゃないけど仲だけは良いぜ。よかったら俺の家に来いよ」
ペーンの顔がまたもや、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「いやいや。俺の家にこそ、ナサニエル、来てくれよ! 俺、お前についていく。お前、最高!」
イアゴはハンカチで目元を抑える。
「ん? あぁ、ありがとう? 今は私を待ってくれる温かい家庭があるから大丈夫なんだ」
「うん、うん」
「良かったなぁーー」
「幸せになれよ」
急激なみんなの変化に戸惑う私なのだった。
☆彡☆彡
ここは貴族寮の一室。魔法騎士団副団長補佐のブレインは、バッカスの長すぎる愚痴を聞いていた。
「……ナサニエルの野郎、良い子ぶりやがって魔石を大隊長に見せずに、隊員のみんなと分け合ったようです。いちいちやることがむかつきますよ。お陰で第9小隊員の結束力は凄いです……」
「ふーーん。ずいぶんと甘ちゃんが入ってきたんだねぇ。偽善者ってさぁ、僕、大嫌いなんだよねぇ」
ターヴィル伯爵家の次男ブレインは、女性のような繊細な顔立ちを少しだけ歪めた。彼は長い黒髪を無造作にかきあげ、黒曜石の瞳を妖しく揺らせたのだった。




