35 バッカス班長恥をかく(ナサニエル視点)
「平民の魔法騎士は高位貴族の魔法騎士よりも危険な任務を割り当てられるんだぞ。俺らは最前線での戦闘や探索に従事し、魔法を駆使して様々な脅威に対抗しなきゃいけないんだ。迷子になるようなナサニエルは、足手まといになるだけだよ」
「俺たちにひと言も話さなかったよな? 平民のふりをしてバカにしていたんだろう? 元貴族なんて言わなかったじゃないかっ!」
「高位貴族の令嬢に取り入って出世しようなんてずるいよ。そりゃ、ナサニエルの容姿ならどんな女性だって虜にできるだろうけどさ。やり方が汚い」
同室のペーン、パイヴォ、イアゴが私をなじった。明らかにバッカス班長にマイナスの情報を吹き込まれたのだろう。貴族の間ではスローカム伯爵家のお取り潰しを知らない者はいなくても、平民の多くは知らないし興味も持たない。自分の生活に関係のない貴族の話題などより、自分たちの生活のほうが大事だからだ。
「私と君達はまだ入団してから日も浅い。私だって君たちひとりひとりの家の事情なんて聞かされていないのに、なぜ私だけが身の上話をしなかったと責められるんだい?」
これほど平民は貴族に反感を持っているのか。新しく小隊長になったゴロヨ小隊長も平民のようだ。
「残念だったな。伯爵家の令息だったら、いきなり小隊長になれたのに」
ゴロヨ小隊長から嫌みを言われたが、そもそもスローカム伯爵家からの解放を望んだのはこの私だ。
「別に残念だとは思いませんね。こんな経験もいつか私の糧になる」
「なんと、前向きな! せいぜい頑張れ。ナサニエルを鍛えるために、食料袋と医薬品袋を持たせてやろう。おい、お前らも重い物はナサニエルに持たせろ! 伯爵家のおぼっちゃんを鍛えてさしあげろ」
私の肩に食い込むほどの、大量の荷物を背負わされた。だが、こんなことは慣れていた。幼い頃からマクソンス兄上とクラークの面倒ごとを押しつけられてきたのだ。重たい荷物を持たされるぐらいはどうってことない。
しかし、さきほどの魔獣との戦いで負傷した右肩の傷口が、荷物の重みで痛み血が滲みだしていた。制服を脱ぎ、医薬品袋を開け自分で包帯をきつく巻いた。
「ナ、ナサニエル。その背中の傷はなんだよ? お前、伯爵家の息子だったんだろ?」
ペーンが衝撃を受けていた。
(鞭の傷ぐらいで大袈裟だな。よほど、大事に育てられたのだろう。貴族だからって、甘やかされた者ばかりではないのに)
「ん? あぁ、伯爵家の息子だったのは事実だが、可愛がられたことはなかったな。これは鞭で打たれた傷跡だ。父上は癇癪持ちだったからな」
ペーンの顔が一瞬曇った。
「それにその筋肉。はっきり言って、バッカス班長どころじゃないぞ。よほど鍛えてきたんだな」
パイヴォはキラキラした眼差しを向けてくる。
「そうかな。実は、子供の頃から騎士には憧れていたから、鍛えることが日課だった」
(なんだろう? 小隊のみんなの目が、さっきほど冷たくなくなっているんだが・・・・・・)
「な、なんだよ。みんな、ナサニエルよりも俺のほうが凄いんだぞ。いいか? 脱いだら凄いのは俺の身体だぞ。よしっ、脱いでやるっ! みんな、よく見ろ!」
バッカス班長が勢いよく制服を脱ぐと、隊員のみんなが一斉にその腕に注目した。『バカ、カス』の文字がくっきりと刻まれていたからだ。
「ぶはっ。バッカス班長は自分の名前を入れ墨する趣味があるんですね? しかも、名前を間違っていますよ」
「本当だ。カの文字が多いですね。それだと・・・・・・バカって・・・・・・」
みんながどっと笑った。
「つっ・・・・・・」
涙眼になったバッカス班長は悔しげに顔を歪めて、逃げるようにこの場から駆けだした。だが、方角が逆だった。あれだと、森の奥にまた戻ってしまう。
バッカス班長が気づいて戻ってくることを予想し、私たちはその場で待機していた。しかし、バッカス班長が戻ることはなく、代わりにその絶叫が森の奥から聞こえてきたのだった。




