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セシア伝  作者: 海森 真珠
第1章
24/24

第23話 分かれ道Ⅲ

 重くなる足、浅く繰り返す呼吸、霞む視界。

 ついにセシリア―トは音を上げた。


「まっ、まって!」


 すると、素早く物影に隠れるようにセシリア―トの手を引いていたヴィンセントは身を隠した。ほぼ引っ張られるように走っていたセシリア―トは、崩れるようにその場にしゃがみ込む。


「もう少しいけると思ったけど、その体じゃそろそろ限界か」

「はあっ、はあっ、はあっ」


 返事をする余裕はない。くらくらとする頭に、鉛でも入っているかのような全身のだるさ。そして何より先ほどからほぼ視力が役に立っていない。明らかな体の危険信号に訳の分からない恐怖が襲っていた。


「め、目がっ……」

「ん? 目がどうしたんだい? ……ちょっと待って。セシリア―ト、この指を追ってみて」


 その言葉とともに、セシリア―トの視界を何かが横切った。だが、何がどのくらいの距離でどのように横切ったのか、全くわからない。


「……セシリア―ト。きみ、目が……!」


 ヴィンセントは息をのんだ。驚愕している雰囲気がはっきりとセシリア―トに伝わってくる。だから余計にセシリア―トは不安に包まれた。


「…………ごめん。驚かせたね」

「ぁ」

 

 しかし、すぐにヴィンセントの手がセシリア―トの目を覆った。光という刺激から守るかのように、なぜかその手つきは優しい。


「チカラを使いすぎたのか、怪我を負った状態で無理をしたせいか、色々と要因はあるけど問題ない。どうせ、こうするつもりだったし」

「うわっ!?」


 突然、セシリア―トの体が宙に浮いた。

 膝下と背中に回された細くもがっしりとした腕の感触で、セシリア―トはヴィンセントに抱きかかえられていることを理解する。背中の傷には上手く触らないように腕を回しているのは不思議で仕方ない。


「なっ! お、おいっ」

「はいはい、騒がない騒がない。これの方が早いんだよ。いやぁー、騎士たちの訓練に混ざって鍛えておいて良かったな~」


 そんな穏やかな言葉とは裏腹に、ヴィンセントは何の初動もなしに隠れていた物陰から飛び出した。昼間とは違う少しひんやりとした風がセシリア―トの頬を撫でる。


「どこに向かってる!?」

「もちろん出口。と言っても抜け道だけどね。カイルが騎士の訓練をサボって城下に行くときに使ってた道さ」


 そんな道が……と言いかけた時、ヴィンセントが何かに気づいて走るスピードを緩めた。


「やっと会えた! もうっ、どこにいたのよ!? って、いつの間にかヴィンセント王子も合流したのね」

「やあ、ランリャ医師。無事で何よりだ」


 ランリャが息を切らしながら近づいてきた。塔で待っているように言っていたが、さすがに城内の異変に気づいて出てきたようだ。霞む視界の中、セシリア―トは何とかランリャがいるであろう方向に顔を向けた。


「ランリャ医師?」

「ええ、一体なにが…………ねえ、ちょっとあんた」

 

 言葉を一旦切って、ランリャは訝し気にセシリア―トに近づいた。会って数秒で目の異常に気付いたのだろう。流石としか言いようがない。そっと顔に触れて目を確かめている。


「目が霞むらしいよ。ランリャ医師なら治せるんじゃないかい?」


 セシリア―トが説明する前に、なぜかヴィンセントが説明した。すると、ランリャはすぐに手を離してぽつりと呟いた。


「……そう。なら、仕方ないわよね」


 その瞬間、ドロッとした不快な何かが全身を巡る。


「ランリャ医――」


 しかし、セシリア―トがランリャの名前を口にしようとしたその時、遠くで兵士たちの声が響いた。鎧の擦れる音、武器の金属音、大勢の人間の足音。敏感になった耳に多くの雑音が入り込む。


「まずい! 思ったより動きを読まれてるかもしれない。このまま突っ走るのは危険だな」


 ヴィンセントも兵士たちの接近に気づく。予想よりも兵士たちの動きが早いようだ。


「ヴィンセント王子が囮になって」


 唐突にランリャがそう言った。

 それにセシリア―トはぎょっとする。この状況で一人が囮になったとしてどれだけ時間が稼げるか、あまり得策とは言えない提案だ。ヴィンセントは剣を一本持っているだけで、ろくな武装をしていない。何より、数で負けてしまう可能性の方が高い。


 だが、了承したのかヴィンセントはそっとセシリア―トを下ろした。代わりにランリャが無言でセシリア―トの肩を持って支える。


「ヴィンセント! 死にたいのか!?」

「まさか。でも今はこれしか取れる選択肢がないんだよ」

「でもっ――!」


 刹那、ヒュンっという風を切る音ともに何かが近くの壁に突き刺さる音がした。


「危ないっ!」


 咄嗟にランリャがセシリア―トを引っ張って伏せさせる。バランスを崩して勢いよく手を地面についたせいで、小石が掌に食い込んだ。だが、その痛みをしっかりと感じる間もなくガチャガチャと無骨な音が近づいてくる。


「いたぞーーっ!」

「逃がすな! 捕まえろっ!」


 追っ手の兵士たちの声だ。恐らく弓を放っている。セシリア―トは必死に目を凝らすが視力は役立たずのままだ。あまりにも非力な自分に悔しさが込み上げてくる。


 いつも嫌味なほどに穏やかなヴィンセントが叫んだ。


「走れッ! 食糧庫の近くにある像に行け!」

「だけどっ」


 鞘から剣を抜く音が聞こえた。

 この場で躊躇っているのはセシリア―トだけ。嫌な予感に胸が押し潰されそうになっているのもセシリア―トだけだ。ランリャがセシリア―トの腕を引っ張る。


「ここにいてもあんたにできることはないのよ! いいから走って!」

「私の目が! 目さえ見えればチカラがッ」

「セシリア―トッ!」


 思わず《神の()(わざ)》の話を持ち出したセシリア―トを制止しようと、ヴィンセントが叫んだ。その時。


「がッーー!」


 ドスッという鈍い音ともにランリャの短い悲鳴が響く。

 視界のはっきりしないセシリア―トには状況をすぐに理解できない。


「……………え?」


 一瞬の静寂の後、微かな血の香りがセシリア―トの鼻を掠めた。

 一体、誰の?


「ヴィン……セン、ト?」


 呼びかけにヴィンセントは答えない。その代わり、今度こそランリャが有無を言わさずセシリア―トを引っ張って走りだした。振り返ってヴィンセントの名を叫ぶが、彼にその声が届いているのかはわからなかった。





 つい先ほどまで聞こえていた悲鳴や緊急事態を知らせるけたたましい鐘の音は消えていた。物陰に身を潜めて息を整えている間に、王妃派とオスカー派の戦いにケリがついたのだろう。とすると、もはや一刻の猶予もない。


「ランリャ医師、食糧庫の場所は?」

「知ってるわ」


 ヴィンセントのことについてはどちらも触れない。


「近道を知っているから、黙ってついてきなさい」


 再びランリャはセシリア―トの手を引いた。いまだ視力の戻らないセシリア―トが一人で走るのは不可能だ。たとえ、道が間違っていようが訂正することもできない。


 少し走ったところで、ランリャがゆっくりと歩みを止めた。僅かにインカの花の香りがするのは気のせいか。インカが咲く林は神殿と塔がある方角で、食糧庫とは真逆に位置するはずだ。

 

 気になってセシリア―トが口を開くと、

 

「ラン――」

「着いたわ」


 被せるようにランリャがそう言った。

 手を引かれるままになぜか建物の中へ入る。


「ランリャ医師。……ここは、食糧庫なのか?」


 インカの香りが濃く、しんと静まり返った空間。食糧庫は木造のはずだが、足元の感触は固く冷たい大理石。無言のまま、ランリャの手がセシリア―トから離れた。背後では扉が閉まる音がした。


「……ここは、どこだ」


 緊張に震える声でセシリア―トは尋ねた。どうか、違っていてくれという気持ちでランリャの言葉を待つ。


「ねえ、セシリア―ト。あたしってどんな人間かしら」


 しかし、セシリア―トの質問には答えず逆に聞いてきた。芯の強い彼女らしからぬ発言に『なぜ』という言葉がセシリア―トの頭の中でぐるぐると回っている。

 ランリャはどんな表情で今、その質問をしているのか。はやる気持ちをなんとか抑えて、セシリア―トは答えた。


「医術に誠実で、芯の通った強い女性だ」

「そう、そうよね。敵味方関係なく、苦しむ人がいればあたしは治療するわ。曲がったことも嫌いな性格よ。……だけどね。一つ、自分自身理解していなかったことがあったの」


 ふいにランリャが笑った。まるで自分自身を嘲笑うかのように、泣いているようにも聞こえる笑いだ。セシリア―トには、なぜかそれが彼女の悲痛な訴えに聞こえた。


「自分で思っていたより、お祖父様はあたしの中で大きすぎる存在だったってこと。……なんで、殺したの」


 体が凍り付いたように動かなかった。

 いつか言わなければいけないと思っていたこと。だが、言わなくていいのなら一生隠していたいというセシリア―トの身勝手な思いがこの結果を招いた。セシリア―トは己の弱さと狡さと今向き合っている。


「……あ、れは」


 カラカラに乾く喉。速くなる鼓動。なぜか足に力が入らなくなってそのまま地面に崩れ落ちた。体中に炎をまとっているかのような暑さ。色だけが映る視界がより一層、頭の中の混乱を助長させる。


「今、答えられないのなら待つわ。これからたっぷりと時間はあるだろうから」

「え?」


 直後、セシリア―トの背後で扉が開かれた。

 冷たい空気が体全体を通り抜けていく。


「――殿下。お迎えに上がりました」

「……っ?」


 ゆっくりと顔の向きを変える。月明かりに照らされて映る色は、桃色。

 それは、ただ血生臭かった。


「オ、スカー……」

「はい、殿下。我が父フィンデント公爵、王妃、第二王子、その他謀反に加担した逆賊たちを無事に鎮圧致しました」


 これが意味するのはオスカー派が王妃派に勝ったということ。

 と、同時にセシリア―トの一世一代の脱出劇は失敗に終わった。


「戻りましょう、殿下。これからこの国の主はあなたです」

「ッ……なぜ、なぜだっ! ランリャ医師ッッ!」


 仲間だと思っていた者の裏切りにセシリア―トは絞り出すように叫んだ。

 だがその叫びに返答はなかった。


第1章終了です。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

第2章もよろしくお願いします。

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