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セシア伝  作者: 海森 真珠
第1章
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第22話 分かれ道Ⅱ

 息子が父親の首筋に剣を突き付けているという奇妙な光景を前に、セシリア―トは逃げ道を探していた。


「何のつもりだ、オスカー」


 フィンデント公爵は唸るようにオスカーに聞いた。信じられないものを見る目で己の息子を凝視する。


「逆賊を捕らえるのはこのウィンザー王国の忠臣として当たり前です、父上」

「……だから、なぜッ」


 こぼれた言葉は水面を跳ねるように木霊し、セシリア―トまで届いた。全く同じ台詞をセシリア―トも心の中で思っていたからなおさらだ。

 権力の中心にいる王妃派を裏切る行為をして、オスカーが今後、無事なはずがない。命を投げ打ってでも父親を裏切る理由は何なのか。


 オスカーの裏切りに、何も反応を示さない公爵家の私兵たちはすでにオスカーの支配下にあるのだろう。そこでふと、王の居所の右側に裏道へ回る細い抜け道を見つけて、セシリア―トはゆっくりと後ずさる。誰にも気づかれないようにそっと。


「崩れゆく王国を支えられるのは、我が家門しかないとお前も理解しているはずだ。王はすでに逝去なされた。お前がどう足掻こうとも王国がこの先辿る道は一つしかない。その道に転がるを取り除くことがそんなに難しいのか」

「はたしてどちらがでしょうか」

「……何?」


 オスカーが後ろにいた側近の兵士に合図を送ると、ついに兵士たちはフィンデント公爵を囲うように陣形を変えた。


「幼い頃からお前は利口で扱いやすかったが、こんなところで道を踏み外すとは」


 苦々しい顔つきでフィンデント公爵は周りを一瞥した。一瞬、セシリア―トと目が合うと睨みつけるように鋭い視線を送る。


「……まあ、いい。息子の教育は親である私の責任。事が済んだら再教育すれば良い話だ」

「逆賊である父上が無事でいられるとお思いですか」


 フィンデント公爵の余裕の態度にオスカーは訝しんだ。逆賊の末路は極刑一択。味方のいない状況で余裕を見せる父親の姿はオスカーの目にはただの虚勢にしか映らない。だが、フィンデント公爵はそんな息子に冷ややかな視線を投げかけた。


「だからお前は詰めが甘い」


 刹那、セシリア―トのすぐ後ろで鎧が擦れる音がした。


「――ぁ」


 反射で振り向くと、すでに大きく剣を振りかぶった近衛隊長ザックがセシリア―トをすっぽりと覆っていて、


「でんッ――!」


 遠くでオスカーの焦った声が聞こえる。

 飛び道具の類を一切持っていないオスカーにザックを止める方法はない。

 セシリア―トは瞬時に悟る。

 直後の痛み、そして自身の死を。


 頭では逃げなければと考えるが、体が言うことを聞かない。

 足が地面に縫い付けられているかのように硬直している。

 まるで自分の体ではないみたいだ。


「ッ!」


 ザックの瞳がぎらりと光った。

 息をする暇もなく、セシリア―トは目を瞑る。

 理由のない刃を受けるために。


「――おいおい、嬢ちゃん。死にたいのか?」


 その台詞とともに、ギィィィンッ!という剣と剣がぶつかる金属音が鳴り響いた。


「…………………………………………へっ?」


 ぱっと目を開けると、そこには灰色の髪に浅黒い肌が特徴的な青年がいた。一体どこから現れたのか。しかも、百八十センチはゆうにあるその青年はザックの剣を己の剣で受け止めている。


「な、なにが――うわぁッ!?」


 驚く間もなく、セシリア―トは左腕を思いっきり引っ張られた。顔面を何かに強打する。


「いっ」

「やあ、久しぶり。危機一髪だったね」


 聞き覚えのある声が上から降り注いだ。それはとてもよく記憶に残っている声。


「あ……」


 視線をあげると、久しぶりに見る嫌味なほどに整った顔の青年がそこにいた。


 エバンス王国第三王子のヴィンセントだ。この場に似つかわしくないのほほんとした声色に一気に状況を察する。今頃現れたこの男にどんな暴言を吐いてやろうか瞬時に思考を巡らすが、結局出てきた言葉はこれだった。


「遅い」

「ごめんごめん。でも許してよ。俺は二つの意味で今、君を助けたみたいだよ」

「は?」


 ヴィンセントの視線の先を辿ると、そこは今の今までセシリア―トが立っていた場所。なぜかザックの剣を笑顔で受け止めている青年の右足が真後ろへと突き出されていた。まるでセシリア―トを蹴り飛ばそうとしたかのような体勢だ。


「……まさか」


 思わず頭に浮かんだ予想にセシリア―トは顔を引きつらせた。そしてヴィンセントの言葉で確信する。


「カイル、次そんな真似をしたらただじゃおかないからな」

「ありゃ? だめだったか?」


 そう言いながら、カイルと呼ばれた青年は力を込めてザックの剣を弾いた。二人の間に少しの距離ができる。


「巻き込まないためのオレなりのハイリョだったんだけど? 届かなかった? オレのハイリョ」

「届かなくて良かったよ」


 心底不思議そうに首を傾げるカイルを見て、「ああ、この人は本気で言ってる」とセシリアートは悟った。どうやらヴィンセントは変人を引き連れてきたようだ。


 そこでやっと苦虫を噛み潰したような表情のザックが口を開いた。


「……カイル。なぜお前がここにいる」

「ししょー! あんたこそなぁーんでこんなことしてるんだ? コノエタイチョーってのは王族を守る仕事なんだろ? オレの知らない間に内容変わったのか?」

「悪いがヴィンセント王子。貴方はカイルを手懐けることなどできない。悪あがきは身を亡ぼしますぞ」

 

 カイルの言葉を無視してザックは厳しい視線をヴィンセントに送った。彼らの関係は互いの呼び方で予想できるが、あまり良好な関係性を築けていないのは一目瞭然だ。カイルに対して疎ましさを隠そうともしない師であるザックの態度にヴィンセントは笑った。


「こんな猛獣こっちから願い下げですよ。カイルが勝手についてくるんです」

「お? 今、オレのことバカにしたのか? 喧嘩売ってるのか? よし、買うぜ!」

「お前の相手は今違うだろ。前向け、前」


 そんな軽口を叩くと、カイルはなぜか素直に「そうだった!」という顔でザックに向き直った。よく見ると、カイルはヴィンセントと同様、見習い騎士の制服を着ている。セシリア―トはぎょっとして思わずヴィンセントに話しかけた。


「近衛隊長の剣を受け止め、弾き返せる見習い騎士って何だ」

「その近衛隊長が自ら育てようとして断念した非凡な剣の才能を持つ男が、カイルだよ。近衛隊長の相手は奴に任せればいい」

「いや、それはさすが――っ!」


 途端、視界が歪んだ。


「おっと!」


 反射でヴィンセントがセシリア―トの傾いた体を支える。

 細く小さな体から、ふわりと血の香りがヴィンセントの鼻を掠めた。


「君、怪我を?」


 眉を寄せたヴィンセントはしっかりとセシリア―トの肩を抱くが、当の本人は別の違和感に震えた。


「……目が、霞む……?」


 背中の傷は優秀なランリャの特効薬のおかげでそこまでひどい痛みはない。しかし、確実に体に変調が現れている。ヴィンセントに支えられたまま、動きを止めていると瞳の奥でズシリと重い鈍痛が襲った。


「うっ!」


 痛みに耐えるため、頭を抱えたその時。

 周りが騒がしくなった。


「――陛下!」


 この場に似つかわしくない少女のような柔らかい声とともに閉ざされていた門が外側から開かれる。大勢の兵がなだれ込むように押し寄せた。


「王妃様!」


 兵を率いて現れたのは、ウィンザー王国の王妃フィリネスだ。その姿を見つけたフィンデント公爵は降ってきた勝機に表情を明るくした。王妃がどのようにして兄の窮地を知り得たのかはわからないが、陛下の居所に兵を引き連れてきた時点で、何が目的なのかは火を見るより明らかだ。


 三つ巴の状況を上手く利用するために、ヴィンセントはカイルに指示した。


「カイル! しばらく子弟の再会を楽しんでから来い。エバンス王国はお前のような鬼才を歓迎するよ」

「オレは自由に生きるんだ! だから気が向いたら行ってやるよっ」


次の瞬間にはすでに、カイルはザックに突っ込んでいた。カイルもザックもお互い本気で切り殺そうと剣を振るい始めた音がセシリア―トの耳に届く。


「セシリア―ト、体調が優れないところ悪いけど走るよ」

「え?」


 なんとか視界がはっきりとしてきたところで、ヴィンセントが耳元で囁いた。そして、


「――うわッ!?」


 ヴィンセントがセシリア―トの手を引き、全速力で走りだす。

 それが合図かのように対立していた王妃派とオスカー派の兵たちが一斉にぶつかり合った。


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