二十七話・エンジェル・ロード、増員!! その3
全ての手続きが終わり、晴れてルルとニョニョは冒険者の仲間入りとなった。
「マリナ! 良い物手に入れたから今から迷宮に一緒に行こう!」
俺が勢いよく話し始めると、マリナは何を言っているんだという顔をする。
そんなマリナの様子を気にせずに、ルルとニョニョがガッツポーズを決めた。
「実はさっき、ルルとニョニョに誕生日プレゼントが何がいいのか聞いたんだ!」
「それで、二人とも迷宮に行きたいと言ったわけですね。でも……私が行けばお荷物になってしまいますし……」
マリナは話の筋に納得したようだけど、自分が迷宮に行くことにためらいがあるようだった。
そこでマリナだけに聞こえるように、耳元に口を近づけた。
小さな声で囁く。
「実は……前に言っていたエターナル神殿に行けるんです」
「え!? 天職を変更できるという神殿ですか!?」
マリナが驚きの声をあげたせいで、誕生日プレゼントを貰えると喜んでいたルルとニョニョがこちらに振り向いた。
「なに、なに? 二人でコソコソと何か怪しい……」
「まさか……!? 今夜の予定を!?」
ニョニョの不意を打つ発言。
マリナの顔が瞬く間に赤く染まる。
「この反応!? まさか!? うひょーーーーーーー!!」
「今日はルルとニョニョの誕生日なんだから!! 熱々なのは止めてよね!」
「馬鹿!! 違うわよ!!」
「アウチッ!!」
突如降ってきたゲンコツに、二人は頭を抑えてうずくまる。
マリナって案外、攻撃力が高いのかも。
転職させて怒らすと怖いことになりそうだ。
ここはマリナのフォローでもしておこう。
「二人とも迷宮の話をしていたんだ。初めての冒険はマリナも一緒の方がいいだろ?」
「一緒がいい!!」
「ルルも最初はみんなで行ってみたいなーー」
頭を摩りながらも二人はマリナが来ることに大賛成のようだ。
というか、俺はなんとしても連れて行きたいという思惑がある。
その理由はアルフレッドにある。
あいつがマリナを襲うとか言ったせいで、気軽に迷宮探索に行けなくなった。
マリナを置いていくのは心配なので、どうせなら転職させて強くなってもらおうというわけだ。
転移石という幸運を使わない手はない。
「マリナ、一回だけだし行ってみようよ。三人の安全は俺とティーファが居るから絶対に大丈夫だから」
三人の後押しもあってか、マリナはようやく迷宮に行くことに承諾した。
そして、迷宮の入り口に到着した。
マリナには転移石を手に入れたことを伝えてある。
それとサプライズということで、ルルとニョニョの二人には転職の話を内緒にしてもらっている。
「おう! 坊主じゃねーか! 今日は可愛い子を連れてどうしたんだ!? ってマリナちゃんじゃーねか!?」
迷宮の入り口で、いつものおっちゃんが声をかけてきた。
珍しいパーティー構成に目を白黒させている。
「実は、エンジェルロードに新たに加わることになったんです。それがマリナの妹のルルとニョニョです。これからよろしくお願いしますね」
「「よろしくお願いします!!」」
ルルとニョニョが俺に続いて大きな声で挨拶すると、おっちゃんは照れ笑いをしながら答えた。
「いい声だ! 迷宮に入るとなれば元気がないと始まらないもんだからな。嬢ちゃんたち、先輩のこの坊主はこれで中々の腕の持ち主だ。しっかりと坊主とお姉ちゃんの言うことを聞くんだぞ」
「「分かりました!!」」
ルルとニョニョがビシッと敬礼を決めると、俺たちは迷宮の中に入っていく。
中に入ると早速転移石を使うことにする。
「ルル、ニョニョ、これから転移石を使って迷宮の中に入るからみんなで手を繋ぐんだ」
「はい! シンヤ師匠!!」
ルルとニョニョそして、俺とティーファとマリナが手を繋ぐと早速転移をする。
「転移、14層」
「はひ?」
「ほえ?」
ルルとニョニョから呆気にとられたような声が漏れた。
目の前の空間が歪んでいき、気がつけばさっきと違う景色が目の前に映る。
「し、し、シンヤ師匠!! これって14層なのですか!?」
「そう。ここが最難関と呼ばれる14層だ」
「ほっひ!? さすがにいきなりそれは無理な気がしないでもないような……」
ここがどこか分かると急に弱気になっていくルル。
ニョニョも同じようにオドオドしている。
そんな二人を見ていると、ちょっとだけイタズラ心がくすぐられる。
俺は真剣な顔をして二人にこう言い放った。
「エンジェルロードに入るということはこういうことなのだ、ルルとニョニョよ。エンジェルロードとは即ち、この迷宮における最強の証、称号、名誉である。その構成員一人一人がBランククランに匹敵するほどの力を持つ、精鋭の中の精鋭なのだ」
まあ、ちょっと前まで二人しかいなかったんだけど。
二人は俺の堂々とした言い回しに圧倒されたのか、ゴクリと息を呑みこんだ。
「迷宮都市で最強……」
「精鋭の中の精鋭……」
「どうだ? 二人はそんなクランに入ることになったんだ。これから相手にする敵はゴブリンやオークなんていう小物じゃない。俺たちの敵は竜や魔族……魔王だったりするわけだ。自分たちは無理だと思うならやめておいたほうがいい。どうする?」
(仮)の話であるのは内緒だ。
まあ現状は、ホーリーロードの金魚の糞という評価もあるクランなんだけどな。
二人の瞳がメラメラと闘志を燃やすように強い光が宿っていく。
二人は俺の問いに右手を挙げて、高々と宣言したのだった。
「ルル=リシュタルトはこの場で誓う!! どんな敵が現れようとも決して逃げず、父であるロゼウ=リシュタルトを超える冒険者になると!!」
「ニョニョ=リシュタルトもこの場で誓う!! どんな困難にも恐れずに立ち向かうと!! そして、世界最強のクラン員として、最強の魔法使いになってみせる!! 」
二人の気合の入った宣誓に、イタズラとはいえ、発破をかけた張本人である俺が何も返すわけにいかない。
「その心意気、しかと聞き留めた!! これから先輩として、師匠として、リーダーとして、二人の成長をできる限り手助けしよう!! 」
色々と大きなモノを背負った気もするが、二人の成長は俺にとっても嬉しいことだ。
でも……ニョニョの最強の魔法使いはどう頑張っても無理な気が……。
俺の肩に乗っているこの食いしん坊を超えるには、人の身を捨てて血の滲むような努力を続けるしかない。
そこまでしても届かないレベルにあるのがティーファだ。
そう考えるとこの食いしん坊、指を吸って寝ているだけで最強とはとんでもないインチキな気がする。
「ファッッ!?」
ティーファが俺の思考を敏感に察知すると、頬を嘴で突っついてくる。
さすがティーファ。
悪口には敏感に反応を示してくる。
「分かってるって。ティーファはインチキぐらいじゃないと俺が死んでしまう。頼りにしてるぞ、相棒」
「ファッッ!!」
ある程度の決め事を三人に伝えると、俺たちはジャングルの中を進み出した。
ジャングルの中に入ると、早速獲物を察知した巨大な蛇たちが忍び寄ってくる。
音を立てず、木と木の枝を伝って進む。
そして気がついた時には自身の真上に…………。
なんてことは起こらない。
神眼でハッキリとその動向を捉えると、ティーファに指示を出して魔法を放ってもらう。
ティーファのよだれかけの効果で即時に魔法が放たれる。
火矢が連射式のように一本、二本と標的に向けて飛んでいく。
火矢が突き刺さったバズズラスネークは、その身を預けている木々と一緒に瞬く間に燃えていく。
何匹か追い払うと、さすがに分が悪いと感じたのかその姿を潜めだした。
「ルル、ニョニョ、どうだ? あれが14層で出てくるバズズラスネークだ。意外と弱いだろ?」
「な、なかなか、大きかった……。でもルルは……大丈夫」
「へ、へいき……へいき。あんなのパンチ一発……だと思う」
二人の顔面は蒼白といった感じで、完全に血の気が引いているようだった。
対してマリナはさすがギルド職員という姿。
目をキラキラさせながら、モンスターの一つ一つの動作や魔法を観察している。
「さすがティーファの魔法ですね! バズズラスネークでは手も足も出ない威力と速さ。というか、詠唱なしですか!? 意味が分からないんですが!?」
マリナの唯一の驚きは詠唱が無かったことに対してだった。
「無詠唱の即時発動魔法、結構凄いですよね?」
「凄いも何も……こんなこと、どの書物にも載っていません! 無茶苦茶です!」
興奮したマリナは過去の魔法使いの歴史を語っていく。
過去に何度も魔法使いの弱点である詠唱と、詠唱後の待機時間を無くす研究や修行を行ったことがあるそうだ。
「だけど……高名な魔法使いたちがその全ての人生を費やしても成し得なかった。たった数秒の短縮すら成し得なかったのです。それなのに詠唱がないなんて……これが知れたら魔術ギルドに監禁されてしまいますよ! というか、全国の魔法使いがこのヴァルハラに集結します! ティーファ目当てに!」
これってそんなにヤバイことなのか?
そういえばグリゼリスも無詠唱がどうとか言ってたな。
「せっかく持っているスキルだし使わないのはもったいないので、人目のつく場所では自重しますね」
「…………シンヤの場合は更に上をいく隠し事があるので、それに比べれば小さいことですね。それにティーファを監禁できるほどの人材がこの国にいるとは思えませんし」
ティーファに護衛用のボーンナイト三体と、探索用にペガサス一体の召喚を頼む。
これも即時発動の効果で次々と姿を現していく。
「あ! 前にお家にいたお馬さんだ!」
ペガサスを見つめるルルとニョニョの二人のテンションは最高潮。
「翼が生えたお馬さん〜ルルとニョニョを乗せて飛んでいく〜〜。山をこえ〜〜国をこえ〜〜」
ルルが急に歌い出すと、ニョニョやティーファがそれに合わせて踊り出す。
ペガサスも気を良くしたようにステップを踏んで羽をバタつかせる。
「あの日のやくそく〜〜お馬にのせるやくそく〜〜覚えてるかな〜〜」
急に歌い出して何事かと思えば、そういえばペガサスに乗せるとか言ってたな。
ちょうどいいし、今回は安全に空から迷宮を進むとしよう。
「ティーファ、もう一体ペガサスを出して空を飛んで行こう!」
「ファッッ!!」
「やったーー!!」
ルルとニョニョは大喜びでハイタッチをしている。
マリナもペガサスに乗れるとなると、どこか嬉しそうな表情を見せた。
「じゃあルルは俺と乗って、ニョニョはマリナとティーファと乗ってくれ」
どっちにも大人がついていた方がいいしな。
そうと決まると話は早かった。
すぐに俺たちは空に舞い、目的地である神殿に向かった。
そして、すぐにその姿が俺たちの視界の先に映った。
「シンヤ師匠! あの建物は一体何なのですか!?」
「あれはエターナル神殿だ。人々の魂を司る精霊を祀っているんだ」
ペガサスが指示に従い、神殿の前に降り立つ。
上から見ると小さく見えたけど、目の前にくると壮観な佇まいだ。
「話には聞いていたんですが……本当にあったのですね」
「そう。ここでホーリーロードたちも……」
「ひゃっはーー!! 冒険の始まりだーー!!」
ルルとニョニョがどこかの世紀末的な雄叫びをあげると、俺たちは神殿の内部に向かう。
「ルル隊員! 異常なし! これより一歩前に進む!」
「ニョニョ隊員、許可する!」
ルルとニョニョがなぜか先頭を歩き、相当な警戒をしているのか恐ろしいほどユックリとした歩行速度で進んでいく。
「ええい!! これじゃちっとも進まん」
どうせこの中はモンスターは出ない安全地帯なのだ。
二人を担ぎ上げると、そのまま神殿の中に入って行く。
すると体がフワッと浮くような感じがすると、脳内に声が響いた。
『お久しぶりでございます、ラファエル様』
『あ、お久しぶりですレナスさん。今回も転職をしに来たんですけど……三人ともできそうですか?』
『はい。ラファエル様とティーファ様以外の三名は可能となっております』
『じゃあ始めに、ニョニョの変更可能な戦闘系の転職って何がありますか?』
『現状、転職可能な戦闘職は下級職のみとなっており、その中で基礎職が戦士、剣士、騎士、拳闘士、僧侶、盗賊、弓使い、魔法使いとなっております。そして特別職では巫女、吟遊詩人、遊び人、となっております』
なるほど。
ニョニョの希望通り、魔法使いを選ぶのが一番いいだろう。
半透明のプレートを操作して天職を変える。
すると、ニョニョの顔が見る見るうちに変化していく。
「な、なな、ルル!! 天職が! 天職が魔法使いに変わってしまった!!」
「そんな、ばっかな!!」
ニョニョの腰がフニャフニャと砕けたようになり、力なくそのまま膝をついた。
続いてルルの天職も変えてみる。
だが、ルルの希望の魔闘士という職業は特別職のようで、簡単になれないようだ。
レナス曰く、剣士の中級職である魔剣士を経ることで転職できるらしい。
『転職って、条件を満たせば誰でも出来るんですよね?』
『ラファエル様やティーファ様のような例外はありますが、そのようになっております』
逆に条件を満たしていないのに転職を出来るのには理由があるんだろうか?
聞いた話ではマリナのお父さんは『農民』から『魔闘士』に直接転職できたらしい。
もちろん神殿を使わないでの転職なのだが。
そこに何か法則性があるのだろうか?
気になったので聞いてみる。
『条件はエターナル神殿での転職における話ですので、この世界に住まう人たちの一般的な転職とは区別する必要がございます。基本的にこの神殿はとある条件を満たした方のみを対象にしておりますので』
『その条件って?』
水が流れるような綺麗な声色だったレナスが初めて言い淀んだ。
『条件…………条件とは即ち、世界樹の加護を持つべき人々のこと。天職を変え、種族を超え、幾千の時を経て世界を旅する人々のことでございます。彼らは自らのことをーーーーーと呼び、時に世界に起こる危機を救います』
レナスの声にノイズのようなものが入り、一部聞き取れない単語があった。
というか、気になることがいくつも出てくる。
レナスの言う通りだとルルにもニョニョにも世界樹の加護があるし、カリスたちにもあるということになる。
そんな簡単に手に入るものなのか?
それに世界を旅する人ってなんだ?
レナスは俺の疑問に淡々と答えていく。
『ニョニョ様においても、ルル様においても、世界樹の加護は確認できません。しかし、ラファエル様が直接天職を書き換えることで、その条件を満たしたと同義になるのです。そしてーーーーーの存在はこの世界では幻想でしかありません。端的に答えますと存在しないのです』
今日のレナスは何故か質問によく答えてくれる。
前に来た時は答えられませんばっかりだったのに。
まあ何が言いたいのか分かったような、分からないようなだが、この世界には世界樹の加護を持つものは存在しないようだ。
遥か過去を遡っても。
レナスの言い方だとこの世界以外にも似たような世界が存在して、そこでは世界樹の加護を持つ人たちが世界の危機を救っているようだ。
鏡一枚隔てた世界。
だけど決して交わることのない世界なのだと。




