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二十六話エンジェル・ロード、増員!! その2

 ルルとニョニョが扉を勢いよく開けた。

 二人の表情からどんな天職を授かったのかは読み取れないが、神眼の力で自然と天職が分かってしまう。

 人の心を勝手に覗いているようで、二人には申し訳ない気分だ。

 この神眼という力、オンオフを設定できないのだ。


「マリナねぇちゃん。ルル、天職が分かったよ?」

「ニョニョもーー。でもね……変なのだった……」


 二人の表情が沈んでいくのがハッキリと分かった。

 確かにこの職業だと嬉しいという感情にはならない。

 そんな二人の様子に、マリナは慰めるようにして二人を抱き寄せた。


「初めて授かった天職というのは絶対ではないのよ? お父さんだって初めての天職は『農民』だったの。これからの努力次第で、あなたたちの未来はいくらでも変わるのよ?」

「そっか……」

「ニョニョ頑張ってみる……」


 ルルとニョニョが授かった天職はそれぞれ、『薬師』『歴史家』という非戦闘系の天職だった。

 両方ともゲームの時にはない職業だったから、どんな能力になるのか想像できないけど、基本的に非戦闘系の職業ではレベルが上がっても、ステータスの上昇は微々たるもの。

 得られるスキルも戦闘には役立たない。

 多分、【記憶力】とか【調合】とか、そんなスキルだろう。


 それからの二人の落ち込みようは凄いものだった。

 食事をしていてもウワの空。

 話しかけても生返事。


 二人の冒険者になるという夢はもうなくなったんだろうか?

 もしそれで揺らぐようならマリナの言うように、下手にこんな危険な道に誘うわけにはいかない。


「ルル、ニョニョ、天職を得てどうだ? 冒険者になるには厳しい天職だと思うけど、それでも危険を承知でなるつもりなのか?」


 ルルとニョニョはスプーンの動きを止めると、ようやく俺の方を向いた。

 二人は同時に口を開いた。


「「なるに決まってる!!」」


 同時に出た言葉は思いのほか力がこもっていて、二人のやる気が失っていなことが伝わってくる。

 というか、当たり前のことを聞くなと怒っているようだ。


「元気がなさそうだったから、もしかたら諦めたのかと思ったんだ」



「「違うよ!!」」



「「 今日、迷宮に入る時の装備を考えてたの!!」」



「はひ? 今日いきなり迷宮に行くつもりなのか?」


「「当然!!」」


 あまりにも唐突に無茶苦茶なことを言いだすもんだから、変な声が出てしまった。

 マリナも頭を抑えて俯いている。


「でも、迷宮に入るには冒険者としての登録と、クランに入る登録をしないと」


 ルルとニョニョの二人はお互いの顔を見合わせて、ハッとした表情をする。

 二人とも忘れてたのか!


「「それも今日する!!」」



 ルルとニョニョに強引に押し切られるように、俺たちは総出で冒険者ギルドに向かった。

 二人とも元気が良くてなによりだ。

 天職のせいで落ち込んでいるのだろうけど、今はそれを顔には出していない。

 むしろ、マリナの方が落ち込んでいるようだった。

 ルルとニョニョとティーファの三人が競争を始めると、俺とマリナは置いてけぼりをくらった。

 二人とも天職を得たお陰で、足が速くなっているようだ。

 それでもティーファには追いつかない。

 ティーファは大人気なく、全力で二人をぶっちぎる。

 爆走する鳥に、市民たちの顔がギョッとする。


「ふふ、ティーファが走っていると脂肪が揺れて落ちてきそうですね」

「ちょっと最近太り気味なんですよね。ダイエット計画も密かに練っているんですけど」

「丸いティーファも可愛いけど、ちょっと前の凛々しいティーファも名残惜しいですね……」


 真剣に悩むマリナに、気になっていたことを聞いてみる。


「マリナ、何か落ち込んでます?」


 マリナは首を傾げると、どうしてそんなことを聞くのかという表情をする。


「何だか、二人の天職を聞いてから元気が無いような気がして……。二人が冒険者の道を諦めなかったのが原因なのかなって……」

「いえ、違うんです。二人が冒険者になるのに反対だったのは危険だからです。でも、シンヤやティーファが側にいるのなら、これほど安全な場所は世界中探しても見つかりません。私が考えていたことは二人の天職のことです」


 マリナの俺たちに対する信頼は驚くほど厚いようだ。

 まあ、間近でティーファの魔法を見たのなら不思議でもないか。

 マリナが悩んでいた理由は他にあったみたいだ。


「二人の天職は正直、戦いには向いてないですからね」

「あの時は励ますつもりでああ言ってはみたものの、実際になりたい天職に変更できるのはごく一部の幸運な人間だけ。二人には願った天職が授かってくれればと思っていたのですが……人生は上手くいかないものですね」


 マリナの悩みは実は今日とは言わないけど、直ぐに解消される予定だ。

 二人の10歳の誕生日プレゼントは転職の権利。

 今日は流石に無理だろうけど、一ヶ月もかからない程度で14層にいけるはず。

 プレゼントといえば、サプライズだ!

 この話は密かに進行予定なのだ。


 冒険者ギルドに着くと、俺たちは早速マリナのブースに向かった。

 マリナも管理員としては俺の活躍でかなり序列が上がっている。

 ゾンビ騒動でクラン管理員がごっそりと抜けたことと相まって、もう時期しっかりとした個室を手にすることになる。

 クラン管理員が個室を得ることは一つの栄誉であり、Cランク以上のクランを担当していることが最低条件なのだ。

 ロロナ婆ちゃんは、俺のランクが上がれば直ぐにでもという感じだ。


 マリナは早速書類を書き上げると、それを持ってロロナ婆ちゃんの部屋に向かう。

 部屋をノックして中に入ると、そこには先客がいた。


「ホーリーロードのみんな!」

「え? シンヤの兄貴!!」

「シンヤ君!!」


 ホーリーロードが勢揃いしているではないか。

 みんなして何をしているのか聞いてみると、どうやら14層に到達したことを報告していたようだった。

 マリナはその驚異的な突破速度に驚きを隠さなかった。


「ホーリー・ロード凄いですね……。ついこの前出来たクランとは思えないほどの成長速度です」


 マリナの呟きに反応したのが、ホーリー・ロードのクラン管理員であるアンジェリカだった。

 アンジェリカは得意げに話し出した。


「当然よ。ホーリー・ロードは私が受け持っているんだから。この子たちは近い将来に必ずトップを取るわ。『竜王の血脈』? 『 地の底を這う影』? どれも時代遅れよ。それにこの子たちだけじゃないわ。後輩には森人族エルフで構成された『ラキスの誓い』に、新たに冒険者学校を卒業予定の将来有望な子たちも続々と加わるわ。マリナ先輩も、いつまで一つのクランに固執しているつもりなんですか?」


 饒舌に語るアンジェリカの尻尾はフリフリと上下し、鼻息が荒くなっている。

 そんなアンジェリカに、マリナは曖昧な返事をするだけだった。

 そんな曖昧な態度にアンジェリカの語気が強くなる。


「今は人手が足りないのを理解しているんですか? 私だって寝る間を惜しんで仕事を引き受けているのに、急に仕事を休んだり、いつまでロロナギルドマスター代理の好意に甘えているつもりなんですか!?」

「ちょっと! アンジェリカ! いきなりマリナちゃんに突っかからないの」


 一方的に攻め立てるアンジェリカに、慌ててロロナ婆ちゃんが止めに入る。

 だけど、一度火のついたアンジェリカは、口を閉じるそぶりを見せない。


「確かにマリナ先輩の知識は凄いと思いますよ? 勉強もよくしていると思います。ですけど、管理員としての実力はどうでしょう? 管理員に最も大切な資質は、どれだけクランの手助けをできるのかですよね? その点、マリナ先輩はどれだけの新人クランの手助けをしてきたんですか? ほぼ全てが壊滅。唯一残ったのがエンジェルロードだけ。そのエンジェルロードもうちのホーリーロードにおんぶに抱っこ状態。私はどうしてそんなマリナ先輩だけが特別扱いされているのか、甚だ疑問なのです!」


 怒りの矛先はマリナだけでなく、俺や、ロロナ婆ちゃんにまで向けられている。

 アンジェリカはようやく話すのを止めたが、口から牙を見せてガルガルと唸っている。

 相当不満が溜まっているようだった。

 マリナが何か言おうとする前にロロナ婆ちゃんが話し出した。


「アンジェリカ、あなたが言いたことは分かったわ。確かにあなたはよく働いてくれて、このギルドに必要不可欠な存在よ。とても感謝をしているわ」


 ロロナ婆ちゃんが素直に謝ると、アンジェリカの怒気が多少だが和らいだ。


「でもね、アンジェリカ。知っているでしょうけど、どのクランを引き受けるかの権限は全てクラン管理員にあるのよ? マリナちゃんが一つのクランでいいと言うのなら、それはクラン管理員としての決断。誰からも干渉されるいわれはないのよ」

「ですが!! この非常事態に!!」

「その非常事態がもうすぐ終わるのよ。王都のギルドから職員が多数派遣されることになったの」

「王都からですか!?」


 アンジェリカの驚きの声。

 マリナも驚いているようで、二人とも初耳なようだ。

 それって結構凄いことなのかな?


「そうよ。恐らく、セオルド様と勇者様がこの街にやって来たことと無関係ではないわね。王都のギルドも今はゴタゴタ状態なのよ。あっちもギルドマスター選が行われるでしょ? 現職のホーリックス長老が順当に再選するはずだったのに、今は雲行きが大きく変わっているの。対立候補として上がったがAランクの冒険者であるギュターヴ。彼の勢力が急速に増していて、今となってはどちらに転ぶのか分からないわ。その背景には王族の力が影響しているという話もあるわ」


 その王都のギルドマスターのゴタゴタと、今回の職員の派遣に何か繋がることがあるんだろうか?

 俺が感じた疑問に、マリナが意図せずに答えた。


「ギュスターヴの勢力が、ロロナギルドマスター代理の人事権を盾にして職員の派遣を迫った。その行動の裏には王族の意思が垣間見える……ということでしょうか?」

「ええ、マリナちゃんの言う通りだと思うわ。私はホーリックス長老の肝いりで王都から派遣されたけど、実際に決めるのは評定委員会よ。そこで私の交代が決まれば、私の異動は避けらない。その決定が下されるほど、ギュスターヴの勢力が急速に伸びているのよ」

「でも! いくら王都といえど、地方のギルドに職員を多数派遣なんて許されないはずです!」


 アンジェリカの反応に、ロロナ婆ちゃんは諭すように答えた。


「いいえ、それは可能なのよ。現地のギルドマスターの許可があればですけど」

「その許可をロロナギルドマスター代理が出された。その理由は考えなくても分かりますね。断ればロロナギルドマスター代理は王都に戻され、この地の選挙戦は旧バルボア派であるザーバンの一人舞台になってしまう」


 なるほど。

 マリナが分かりやすく説明してくれたお陰で、この話の筋が見えてきた。

 これからギルド職員に、嫌な人たちがやってくる可能性が高いということだな。


 いつの間にかアンジェリカがマリナに向けていた怒りは消えていて、これからのギルドについての議論の場になっていた。

 正直聞いていてもつまらないので、隣にいたカリスに話しかけてみた。


「最近、調子はどうですか?」

「ほえ? あっ、順調です! 怖いくらいです」


 カリスは少し照れ臭そうに、生え始めた自分の髪を弄りながら答えた。

 いや! 髪の話じゃないから!


「アンジェリカ管理員って、いつもあんな感じなんですか?」

「いえ、いや、最近は気が立っているというか、感情の起伏が激しいというか、多分疲れているんだと思います。あ、兄貴! さっきアンジェリカ管理員が言った『おんぶに抱っこ』とかの話。あれ、俺たちそんなこと言ってないし、思ってもいませんから!」


 いや、それはフォローされなくても流石に分かる。

 アンジェリカの暴走だろう。

 カリスの話にべネッサが更に注釈を付け加えた。


「シンヤ君のことは出来るだけ秘密の方がいいと思って、本当のことは何も言ってないのよ。だから勝手にあんな風に理解していたみたい。私たちも初めて知ったわ、ごめんなさい」

「いや、頭を上げてください。それは俺が頼んだことですので、むしろありがたいことです」


 べネッサが代わりに頭を下げるので、俺としては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 マリナが怒られているのを見ているのはかなりムカついたけど。

 ホーリロードの面々は俺の反応をみると、円を作ってコソコソと会議を始めた。


「さっき鑑定が終わったやつ。あれをお礼に渡しましょう」

「お!! それいいぞ! シンヤの兄貴にも役立ちそうだ」

「異論なし」

「僕も全然構わないよ。むしろ、いつかは本格的なお礼が必要だと思っているし」

「ガハハ。迷宮の醍醐味は一から潜ること。転移石など邪道にすぎん」

「ゴーン、アンタはただ迷宮に長く居たいだけでしょ?」

「迷宮はゴーンの故郷だからな」

「ひょっとして、ゴーンってモンスターじゃないのか?」

「カリス、またゴーンモンスター説? むしろ毛の生え具合から、カリスと兄弟説の方が有力なのよ?」

「ちょっ! ふざけんな! 毛だってだいぶ生えたわ!」

 

 ホーリーロードの面々は会議を終えると、後で渡したい物があるからということを伝えてきた。

 それと同時に、ギルドの話がようやく終わりを迎えた。


 色々と時間が経ってしまったが、ようやくルルとニョニョの冒険者の仲間入りが決まり、更にエンジェル・ロードの加入が決まった。


 そして、ホーリーロードからマリナに対する謝罪の意味を込めて渡されたアイテム。

 それは水晶のような透明な石。

 その中では14という文字が浮かんでいる。


 転移石だ。


 幸先よく、14層に向かう切符を手に入れることになった。

 グッジョブ! ホーリーロード!


 これなら安全に14層に行けるし、どうせならマリナも誘ってエターナル神殿に行ってみよう!!

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