表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エマの恋  作者: 三月
4/4

エマ・トレーシーの恋

 エマ・トレーシーは平凡な少女だ。焦げ茶色の髪にそれよりは少し明るい茶色の瞳。良くも悪くもない平均的な学力に、高くも低くもない平均的な身長。大勢の人がいれば埋没してしまうような、目立たない少女。

 そんな彼女が唯一普通ではないのは、前世と前前世の2回分の記憶と人格を受け継いでいることである。


 (神様のバカー!)


 エマはいるかもわからない存在に胸中で悪態を吐いた。時刻はちょうど昼時。王都に程近い街で定食屋を営む両親の元に生まれたエマにとって、この時間帯はいつも気の休まる暇がないが、今日は通常より早い時間に団体客が来たせいで、エマが自身の昼食にありつけたのは何時もより2時間程遅い時間だった。

 厨房にある小さなテーブルで食事をとりながら、エマは深い溜め息を吐いた。


 「何だぁ?今日の飯に文句でもあんのかぁっ?」


 エマの溜め息を聞き付けたらしい父の怒声が響く。


 「そんなんじゃないわよ!」


 慌てて叫び返す。もしも無視しようものなら、料理一筋の父からのお小言と鉄拳制裁が飛んでくることを、この15年少々の年月のうちに学んでいた。

 きちんと最後まで食べきり、使ったお皿を片付けて自室に帰る。これから夕食時になってお店が混み始めるまでがエマの自由時間である。

 自分の部屋に入り、窓際のベットの上に寝転んで、再び深い溜め息を吐く。


 (何でまた、『エマ』として生まれたんだろう)


 それはエマ・トレーシーとして生を受け、成長するなかで幾度となく浮かんできた疑問。

 今回もエマは前回、前々回と同じ色彩と今世の父母の面影を僅かに備えつつも、かつてのエマ・ブラウンと立花 絵馬と同じような顔で生まれてきた。そして名前まで同じ『エマ』である。ここまでくると偶然とかラッキーでは済まされないと思う。


 (何の意味があるんだろう?)


 いくら考えても答えなど出るはずもなく、エマはいつもと同じ日々を過ごす。



 そんなエマの平穏な日常は、いつも通りの混雑した昼食時の店内に、ある2人連れがやって来たことで崩れてしまった。

 魔法使いの証である腕輪を着けているその2人はとても目立っていたが、エマが驚いたのはそんなことではなかった。


 (・・・グレン)


 それは確かに、かつてのエマの想い人であったグレン・リードその人だった。

 エマ・トレーシーとして生まれた街は、エマ・ブラウンとして生きてきた町よりも王都に近いためか、魔法使いはより身近な存在だった。その為、一般人であるエマでも多少のことは知っている。

 魔法使いは自身の肉体が最も充実した時に成長が止まり、以降は魔力が衰えるまで成長することはないらしい。エマ・ブラウンが死んでから何年たったのか知らないが、あの頃よりもやや成長して更に凛々しくなったグレンの姿に、エマは給仕の仕事も忘れて見とれてしまった。

 一方のグレンは、見られることに馴れているのか自分に向けられる視線に対して無頓着な様子であったが、エマの姿を見た途端に、傍目にも明らかな程驚いていた。

 当然と言えば当然のことである。何せエマは前回と大して顔が変わっていない。かつてのエマ・ブラウンの知り合いからすれば、死んだはずのエマが目の前に現れたのである。驚くなと言う方が無理だろう。

 エマは驚愕に見開かれたグレンの目を見て漸くその事に気付いたが、結ばれた視線をどうすれば良いのかわからなかった。そんなエマを救ったのは同じく給仕の仕事をしていた母である。


 「何ボケッとしてるのよ、この子は!ごめんなさいねお客様、こちらの席へどうぞ~」


 全く動く気配のない娘を脇に押しやり、2人の魔法使いを空いている席へと案内する。注文を取った後、まだ呆然としている娘を軽く小突いて正気に戻らせると、厨房へ入っていった。

 それなりの力で小突かれたエマは、突かれた脇腹をさすりながらも何とか業務へと戻ったが、頭の中はグレン一色だった。


 (どうしよう、どうしよう!まさかこんな急にグレンに会えるなんて思ってなかった!)


 王都に近い街に生まれたと気付いて、エマが最初に思ったのはグレンに会えるだろうかということだった。しかし、魔法使い達は王都に住んではいるが、頻繁に各地へと派遣されるし、大抵の用事は王都にあるという魔法使い専用の店で済ませてしまうらしい。その事実を知ったエマは、簡単には会えないのだと半ば諦めてさえいたのに、この突然の再会である。エマはかなり浮かれていた。そしてそんなエマをグレンが見つめ続けていることに、当の本人は気付いていなかった。


 結局、グレンとはお客様との当たり障りのない会話すら出来ず、落ち込んだエマだったが、何故かグレンは翌日からエマの家の定食屋に通いつめるようになった。

 グレン本人はあまり話さないが、連れの男はよく喋るタイプのようで、そちらからかなり情報が得られた。

 自称グレンの大親友で同期でもあるイーズさん曰く、魔法使いは基本的に単独行動が許されないとのことだった。仕事では仕事の難易度と本人の実力にもよるが、2人~5人編成が基本。プライベートでも魔法使いのために作られている住宅街と商店街以外に出掛ける場合は、上に申請しないといけない。

 グレンが連日外出したがるから、俺がお目付け役でつけられてるんだよ~と笑いながら話すイーズの横で、グレンは黙々と食事をしている。いや、食事をしながらエマをジーッと見ている。

 事情を知らない街の人達やイーズは、グレンがエマに惚れて連日通いつめてるんじゃないのかと噂しているようだが、エマは違うと確信している。

 グレンの目に、あの頃のエマに向けられた親愛の情は感じられない。有るのはエマに対して懐疑的な意識だけだ。グレンはエマを疑っている。最初はそれが何故かわからなかったが、イーズとの会話の中で何となくだが察することが出来た。

 魔法使いの子どもは必ずしも魔法使いの才能を持って産まれるわけではないが、一般人からよりも産まれやすいらしい。そしてこれもエマは知らなかったが、優秀な魔法使いを輩出する家は国に優遇されるのだそうだ。だから、魔法使いの家系として認められている家は優秀な魔法使いを取り込もうとする。新たな血を入れ、更に優秀な魔法使いを一族から出すために。

 グレンはそこそこ優秀な魔法使いとして、幾つかの家から縁談を申し込まれたことがあるらしい。他にも、魔法使いの家系でなくとも魔法使いを取り込みたい家は多い。そういった連中は手段を選ばない事が多々あったらしく、だからグレンはエマを疑っている。グレンの過去を調べた誰かが、グレンに近付くためにエマに似た娘を用意したかのではないかと。

 それを知ったときは悲しく思ったが、グレンはもうそういう立場にいるのだ。仕方のないことだろうと諦めた。どのみち、エマに他意がないとわかればグレンはもうここに来ることもなくなるだろう。今はただ、彼を見ていられるだけで良いと思った。


 そう思っていたのに何故か今、エマはグレンと2人きりで歩いている。発端はお節介な街の人達とイーズの策略によるもので、あれよあれよという間にエマとグレンの2人で出掛けるように仕向けられたのだ。

 何を話して良いのかわからず固まるエマに、相変わらず無愛想で無言を貫くグレン。いくら好きな人が相手でも、流石に沈黙が辛すぎる。もう何でもいいからとりあえず話しかけようとしたところで、グレンの方が先に口を開いた。


 「悪かったな」


 確かに何時までも無言で歩き続けるのは嫌だと思ったが、いきなり謝られても訳がわからない。何と答えるべきか悩むエマに、訥々とグレンは話し続けた。


 「お前が、あまりにも知り合いに似てたもんだから、またどっかの誰かが何か企んで送り込んできたんじゃねぇかと、疑った」


 どうやらグレンは、エマが無実であるとわかってくれたらしい。そしてこれまでの態度を謝っている。


 (やっぱり、好きだなぁ)


 エマは明確にグレンから何かを言われたわけではない。素知らぬふりで2度と店に来ないようにすることだって出来たのに、わざわざこんな場を用意してまできちんと謝罪するその生真面目さが、記憶の中のグレンの姿と重なる。

 エマは、やはり自分はグレンの事が好きなのだと、再認識した。


 「そんなにその知り合いと似てるんですか、私?」


 「似てるなんてもんじゃない。まるであいつが生き返ったみたいだ。名前まで一緒だし」


 生き返ったんじゃなくて生まれ変わったんですけどね。でも、あんまりにもグレンが泣きそうな顔をしているから、何も言えなくなる。


 「今まで不愉快だったろうが安心してくれ。もう仕事以外でこの街には来ないからな」


 しかし、その後続けられたグレンの言葉には流石に狼狽えてしまった。

 考えてみれば当然のことだ。グレンはエマに対する疑いから監視していただけなのであって、エマに好意を寄せているわけではないのだから。その疑いが晴れれば、多忙らしい魔法使いがわざわざ時間をつくってまで通う理由など全くない。


 「じゃあ、元気でな」


 いつの間にか話しながら町外れに来ていたようで、王都へと続く道の先にはイーズが待っていた。

 友人でも恋人でもない自分が何と言って彼を引き留めて良いのかわからず、エマは去っていくその背中をただ呆然と見詰めることしか出来なかった。


 翌日、昼を過ぎてもエマは自室のベッドで寝転んでいた。両親は夕刻にたった1人で帰ってきた娘をどう思ったのか、今日の手伝いは免除されていたので、有り難く甘えさせてもらっている。

 あれから1人で色々と考えてみたが、頭に浮かぶのはグレンの事ばかりだった。もう来ないと宣言されたことで、ただでさえ低かったエマとグレンが会える確率はほぼ零になってしまった。そうなると、あの時はああすれば良かったとか、後悔ばかりが脳裏を過る。

 何よりも思うのは、グレンに自分の想いをちゃんと伝えなかったことだ。所詮客と店員でしかないと諦めて、グレンが自分を見るのは前世の自分と似ていると思っているからだと向き合わなかった。

 前世の自分はきちんと行動したのに、再び拒絶されるのが怖くて何もしないままに別れてしまった。その事が何よりも悔やまれてしまう。

 うだうだと昼過ぎまで悩み続けたが、元々考え込むのはあまり好きではない為、頭を振って起き上がる。

 取り合えず、何か食べて元気を出そうと階下に向かったが、一晩中悩んであまり眠れなかった為かふらついてしまった。よりにもよって、階段の1番上で。

 落下していく自分を認識しながらも、ボヤけた頭には恐怖が沸かなかったことは、唯一の救いかもしれなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 暗闇の中を、沢山の小さな光が漂っている。そしてそれを眺めている存在がいた。いや、眺めているというよりも、それは多くの光の中から何かを見つけようとしているようだった。

 周囲を見渡していたそれは、1つの光を見つけた途端にハッと息をのみ、掴もうと手を伸ばした。

 しかし、それの手が光に触れる直前になって、突然現れた影によって光は何処かに消えてしまった。

 悔しげに震えるそれに影は愉しげに囁きかけた。


 「残念だったな女神。この娘の魂はもう私のものだ」


 自身を襲う悲劇を知らぬまま、エマの魂は心地好い微睡みの中にいた。


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ