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第4話 楽器の練習

 翌日、日没を迎えると、クレイドは直ちに店の看板を『closed』に裏返した。

 昨晩のリェティーとの約束どおり、これからヴァイオリンの練習が始まるのだ。 


 クレイドはヴァイオリンの調弦を始めているところに、リェティーが二階から降りてきた。


「お兄さま、一つ聞いてもよろしいですか?」

 そうリェティーに声をかけられ、クレイドは手を止めて振り返った。

「うん?」

「この店にある楽器って、全部お兄さまが作ったものなのですか?」


 一瞬、場の空気が沈黙した。


 そして、クレイドは静かに話し出した。

「いいや、全部じゃないよ。先代が作った楽器もあって、掛けてあるヴァイオリンの半分ぐらいはそうじゃないかな。でも、見た目はたいして変わらないはずなのに、全然違うものに見えてしまうんだ」

 リェティーはクレイドの言葉の節々から覇気が失せたことを感じ取った。

 聞いてはいけないことだったのかもしれない、とリェティーは申し訳なさそうな顔をする。

「あぁごめんね、暗い気分にさせてしまって。単に自分への戒めだから、リェティーは気にしないで」

 クレイドはそう言うと、ヴァイオリンの調弦を再開した。


 木の素材をどう活かして楽器を作り出すのかは、職人の技量にかかっている。木の繊維の均一さや、板の厚み。木の削り方次第で全く異なる音色が生まれ、音の安定感や響き方にまで影響が出る。

 いつかは自分自身が納得できるヴァイオリンを作りたい、クレイドはそう思っていた。


「さて、始めようか」

 そう言ったクレイドの声は不自然なほど朗らかだった。

 リェティーは不安そうな心境を表情に滲ませながらも、クレイドを心配させまいと思ったのか、わずかに笑みを浮かべた。


「お兄さま、音楽に関係ないことなのですが、一つだけ質問しても良いですか?」

 リェティーが問いかけると、クレイドはいつもどおりに快く応じた。

「もちろんだよ」

「あの、お兄さまが作る料理は異国風のものも多いなぁと思うのですが、どのように覚えたのでしょうか?」


 クレイドは率直に驚いた。

 だが、リェティーの疑問も当然と言えば当然だ。共に生活していれば日常生活に関する質問くらい当たり前のはずであり、本来驚くようなことではない。

 クレイドはリェティーに向き直って穏やかに話し始めた。

「俺の父親が隣国出身だったんだよ。それで俺もその国の料理を食べる機会が多くてね。気がついたら、自分でも作ることが多くなっていたんだ。もしかして、パスタは苦手だっただろうか……?」

 今まで気にしてもいなかったが、もしもリェティーに苦手なものを無理やり食べさせていたらと思うと、クレイドは不意に焦り始めた。

 ところが、そんなクレイドの不安を裏切るように、リェティーは笑顔を崩さずに首を横に振った。

「私はパスタ大好きです! 今まで食べたことはありませんでしたが、食べて好きになりました!」

 クレイドはほっと息をついた。

「それなら、良かった……」



 そして、クレイドのヴァイオリンレッスンが始まった。

 楽器の構え方や弓の持ち方、指の角度など初歩的なところからリェティーに教える必要があった。それでも、心の内で新鮮な気持ちになっていたのは事実だった。


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