4-3-7
皆がいなくなると、楢崎龍は御旗のように使ってきた槍を触った。
天の逆鉾、である。
「楢崎龍は、天の逆鉾を抜いた、神の使い。神たる天皇陛下に従うに値する……よくぞそんなデマで土佐藩を説き伏せたな?確かに旅行中、わしは勝手に天の逆鉾を引っこ抜いたが、土佐では嫌われ者だ。義兄が龍馬の遺産相続問題で、わしと対立したし……優しかったのは、乙女さんだけだ。」
ジェームズ・ドニファン中尉は、楢崎龍に優しく説き伏せた。
「信じられる人は、味方に呼びなさい。今の君は海援隊と上手くいってはいない。乙女さんも、お登勢さんも、必要なら仲裁役として集めるべきだ。楢崎龍君。君が本領を発揮出来ねば、わたしも共倒れなのでね。」
「アンタは……ロシアを倒したい。わしは、蝦夷共和国を倒したい。ふん。何が天皇。何が神格か。龍馬は、神などでは無かった……怒りも憎しみも、殺意すら内包した男だ。勝海舟に夢見ていたが、龍馬とて倒幕だ。「右申所の姦吏を一事に軍いたし打ち殺、日本を今一度洗濯いたし申し候」……長州藩の夷狄への大敗に、幕府の酷吏は夷狄の戦艦の修理をしよったゆえ、龍馬はこう言った。幕府の血で日の本を洗濯するとな。」
ドニファン中尉は答えた。
「祀られる喜びは無し、か。実に、君らしいが……坂本龍馬は充分、祀られる神に値するとも。」
楢崎龍はにっと笑った。
「違うな。神とは慈悲深い菩薩のようなヤツだ。龍馬が危ないから土佐藩邸に匿われるよう、助言までしに来たあの伊東甲子太郎。ありゃあ、たしかに幕臣の身の安全まで考えた、菩薩のような人間さ。だがな。龍馬はそうじゃない。龍馬は等身大の人間だ。大政奉還の進言を託した後藤象二郎に、縦白が徳川慶喜に受け入れられなくば後藤は切腹するだろうから、後藤が下城なくば海援隊の仲間を送り、慶喜を殺して仇を打つ、とな。だから、見廻組に限らぬ。龍馬の仇は幕府全体、わしは蝦夷共和国を丸ごと滅ぼすぞ?」
ジェームズ・ドニファン中尉は紳士的に微笑む。
「だからわたしは君を拾った。龍君。君は君の信念に死んでいけ。わたしと君は互いに利用価値がある。」
楢崎龍は意味深な問いをした。
「ドニファン中尉や。あんたは、ロシアが倒せたら……神を掌握し、日の本に何をさせたいのかね?」
ドニファン中尉の双眸の奥に、隠された狂気が揺らめいた。
「God doesn't really want to save people.
(神とは、本当に人々を救おうとはしない。)
Gods need to be kept on a leash, like pet dogs.
(神々には、飼い犬のリードが必要だ……。)
Only when I make God my own will the state become mine.
(神を得て初めて国家を得る。)
A world where citizens and soldiers alike would not die a cruel death, but would be rewarded with joy...
(民も、兵士達も、無惨な死では無く、喜びに報われる世界……)
That is the kind of Japan I want to create.
(そんな日の本を、わたしは願う。)」
何処までが本音で、何処からが嘘なのか。
おそらく、楢崎龍にしか、ここまで本音に近づく話はすまい。
だが、この男は、楢崎龍が死んだって、真実は語るまい、と思えた。
「新たな、支配者として、かね?」
ドニファン中尉は笑った。
「ハッハッハ。まさか。わたしは、神を従えて国を守りたいだけですよ。支配体制など求めはしない。ただ、日の本の人々の安寧あるのみ。」
そんな笑顔に誤魔化される龍では無い。
「欧州では、こう呼ぶんだろう?ピエロ、道化師。だが昼行灯だ……わしにはアンタが一番危険なピエロ、ジョーカーに見えるがね?」
ドニファン中尉は笑った顔のまま、告げた。
「土英同盟ではあっても、わたしへの深入りはよしなさい。君の危機感ならば、わかろうはずだがね。」
楢崎龍はあくまで引かないまま告げた。
「拒むなら追わぬが、せいぜい哀しみや怒りは語れよな。わしのような女は生来が無責任でな、母性しか信頼には値せん。どんなに己が危険であろうが、好いた者には寝返るものだ。だから、アンタは徐々にわしから情けを買う芝居でもしてくんな。」
ジェームズ・ドニファン中尉は笑った。
「ハッハッハ。やはり面白い方だ。安心召されよ、楢崎龍の裏切りは想定の範囲内なので、安心して志しのまま、死んでゆきたまえ。人に人を縛る権威などは無いのだから。」
楢崎龍は、微笑んだまま、睨む眼力は激しかった。
「化け狐めが……。」
「YES。わたしのような狐に君は縛れまいよ。神たるお方でも無い限りはな。」
瑠璃は眠ってしばらく、枕元に誰か座ったのを感じた。
二段ベッドの上で、そんなはずも無し。
「夢枕……わたしの、空想上の?」
「え〜?そりゃあ浪漫が無い話ですよ、お瑠璃さん!」
しばらく忘れていた沖田総司の声が、枕元から聞こえてきた。
「空想でもいいです。貴女の声が聴きたかった。お会いしとうございました、総司さん。でも、たぶん起き上がったら、夢が覚めますよね。」
「そ〜ですねぇ。ま、寝たまま、聞いてください。まずは、新撰組到達、お疲れ様でした。わたしは実は墓にはいなくて……ようやく会えましたね。」
「総司さんは、新撰組の守護神か何かでしょうか。なら、一から星の話をしなければ、なりませんね。」
一夜の夢。
愛する人の、夢の声。
でも。
夢の中の、まやかしだって。
「ハッハッハ!なら、閻魔様を斬り捨てて、月まで旅立たなきゃなりませんね?たくさん、たくさん、広めてくださいよ。叶うかもしれないですから。」
残された側には、生きる糧になるから。
総司さん。
貴女の、笑顔が。
椿咲く中で輝いて。
永遠に、わたしを離さないのだ。
ここに幕閉じ壬生狼チャンバラ、沖田総司を見送った、新参隊士を四名をくわえ、山崎烝が再加入し、明かされますや真の大敵、土英同盟。
揺れる蝦夷に覚悟を固め、お次に死合うは誰ぞ知るーーー。
序章 終劇
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




