表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第一話 七陵星の御旗の元に
1/54

1-1

 かつて、日本は尊王派と佐幕派に分かれて、熾烈な争いを繰り広げた。

 今日にいたる思想は尊王であり、尊王派の勝利で争いは幕を閉じる。

 しかし、大政奉還の後にも武士(もののふ)としてあろうと戦い抜いた幕臣らは、どこへ消えたのか。

 北海道だ。

 かつて蝦夷地と呼ばれた北海道にこそ、幕臣らは、安寧の地として蝦夷共和国を作り上げたという。

 これは、そんな武士達の織り成す物語のひとつ。

 土方歳三率いる新撰組に、焦点を当てた物語である。


 安政五年、六月。

 幕府は合衆国と日米修好通商条約に調印す。

 その条約は勅許を得ておらず、幕府は更に、ロシア、フランス、イギリスとも条約を結ぶ方針と聞いて、孝明天皇は激怒した。

 孝明天皇は無勅許条約を非難する戊午の密勅を水戸藩に賜わり、その写しが薩摩藩や長州藩などの各藩に渡り、勅命を受けた各藩はその名誉を受け止め、それ以後、幕府の条約に反対し、天皇の元に団結し、夷狄(いてき)を打ち払う目的を志す、尊皇攘夷活動が始まった。

 ※夷狄……外敵、海外の意。


 しかし、尊皇攘夷派の勢いは、朝廷すら揺るがし、返って孝明天皇は尊皇攘夷を危険視し、幕府に命じて長州藩を朝敵として戦わせ、自らは佐幕を唱える。再三、幕府に鎖国を要求す。

 しかし、孝明天皇の愛息子、睦仁親王は、教育係の女官の影響から、そして赤子の頃よりの育ての父、中川忠能が尊王活動により遠ざけられたことから、忠能と同じ尊皇攘夷思想に傾倒していく。


 新撰組は、試衛館時代から、同士達と近藤勇が尊皇攘夷を夢見て硬く結束したが、出世するごとに、近藤勇は幕府への恩義から佐幕攘夷に傾倒。

 そして、新撰組は朝敵となるのである。


 慶応二年、十二月二十五日、孝明天皇の死去に伴い、慶応三年、一月九日、齢十四歳にして、第二皇子祐宮また睦仁親王は、明治天皇として立つ。

 明治天皇は次々と尊皇攘夷派を助け、長州藩討伐を辞めさせる。

 これにより、孝明天皇から公武合体の利益を得ていた将軍徳川慶喜、松平容保ら、一会柔政権は大打撃を被った。


 大政奉還ののち、旧幕府軍は大政奉還を撤回し、新政府軍と交戦。

 新撰組は、旧幕府軍について戦った。


 慶応四年、鳥羽・伏見の戦いののち、明治天皇は国家君主として外国公使らの謁見を認める。

 天皇家にこのような前例は無く、反対を押し切っての行動であった。

 明治天皇は三月三日、イギリス公使ハリー・パークスを引見。

「フランス、オランダに遅れた理由、存じております。ハリー・パークス殿は和人の襲撃にあったとか。日の本では、天皇の尊顔を夷狄が参拝すなど、言語道断とする思想があります。どうか民草を許されよ。この国のしきたりは古く、天皇の権威が落ちると、わたしも朝廷から反対を受けましたから。」

 通訳のアルジャーノン・ミットフォードが、ハリー・パークスに伝え、ハリー・パークス公使は応じた。

「Thanks to the protection of my reliable subordinates, nothing serious happened.

(心強い部下に守られ、大事には至りませんでした。)

 I also learned the idea of respecting the Emperor and expelling the barbarians from Lieutenant James Doniphan, and I have no bad thoughts about the Japanese.

(ジェームズ・ドニファン中尉からは、わたしも尊皇攘夷思想を学び、和人を悪くは考えておりません。)

 Lieutenant Doniphan said that it was only natural for Japanese people to resist if they were to see the face of the Emperor, who is the god of Japan.

(ドニファン中尉は、日の本の神たる天皇陛下のご尊顔を拝謁するならば、和人の当たり前の抵抗である、と申しましたから。)」

 明治天皇は不思議がった。

 尊皇攘夷を語るイギリス人がいるというのだから、無理も無い。

「ジェームズ・ドニファン中尉……?何故、そんなに和人や朝廷へ、理解があられるのか。」

「Previously, Lieutenant Doniphan was on the side of the shogunate.

(以前はドニファン中尉は、幕府側にいました。)

 Lieutenant Doniphan's Army platoon also practices sword swordsmanship.

(ドニファン中尉の陸軍小隊は、刀の剣術の訓練も行っています。)

 Lieutenant Doniphan opposed Emperor Komei's imperial decree and advised the shogunate officials to consider Prince Mutsuhito's feelings.

(ドニファン中尉は、孝明天皇の勅命に反対し、睦仁親王のお心を考えるようにと、幕臣を諭しておりましたよ。)」

 まるで、見透かされるようだ。

 余程人の心がある、賢い方なのだろう。

 明治天皇は、ハリー・パークス公使に申し出た。

「ドニファン中尉にお会いしたい。わたしは天皇の身分で、公には会えません。今、護衛に来ていれば、呼んで欲しい。」

 やがて、使いの者が、ジェームズ・ドニファン中尉を伴って現れた。

 ドニファン中尉は一切の武器をはずしてきており、深々と頭を下げた。

「貴方は、幕府側で、わたしの父孝明天皇の勅命に反対したという。何故、そこまで……?」

 ドニファン中尉は、優しい声で応じた。

「明治天皇陛下は、孝明天皇がきっかけで生まれた尊皇攘夷思想から、孝明天皇の危惧により、育ての父である中川忠能様と引き離されておりました。わたしは、さぞ天皇陛下は悲しかったことと思いましたから。赤子の折より育てた父は、(まこと)の父と変わりません。忠能様が尊皇攘夷なら、明治天皇陛下はそちらに気を惹かれるとも思いました。わたしも、日の本を憂う志士です。天皇陛下には正しく、優愛を持つ方を望みました。故に、貴方様の即位を嬉しく思います。貴方様の御世に、日の本が本当の安寧を迎えることを、信じております。」

 明治天皇は、この深い理解者に躊躇い、尋ねた。

「賢い方よ。イギリス人の貴方が、何故そこまでわたしを信じてくださるのか。わたしは、貴方のような人を知らず、夷狄を敵視していたのに。わたしは国家君主でありながら、恥すら感じました。」

 ジェームズ・ドニファン中尉は微笑んだ。

「信じられる理由が、貴方様にはある。」

「わたしの、尊皇思想ですか?」

 ドニファン中尉は、あたたかな眼差しで応えた。

「貴方様の、父への思慕です。愛のある天皇陛下である証明は、既に成されていますよ。日の本を変える神を、わたしは信じられる。」

 明治天皇は、ジェームズ・ドニファン中尉に一目置いて、ハリー・パークス公使に頼んだ。

「信頼が置ける人です。小隊とドニファン中尉を、連絡がつく近さに置かせていただきたい。公には会えぬ立場です。……友、すらも。」


 慶応四年は、明治元年となる。

 明治元年、十月二十日から、土方歳三と榎本武揚の奮戦す、箱館戦争が始まった。

 新政府軍と、旧幕府軍の、最後の戦いである。

 元・海軍副総帥、榎本武揚は、勝海舟の説得に応じ数々の船を譲るが、自分達の主力艦、開陽等の温存に成功。

 この無敵の開陽があれば、形勢不利を覆すに充分であった。

 いわば、最後の武士道たる旧幕臣達の結束。

 彼らの志しに感銘したフランス軍人、ジュール・ブリュネらは、敗北しか見えない旧幕臣側に見切りをつけ、帰国命令を出したナポレオン三世に逆らい、旧幕府軍に同行す。

 ナポレオン三世説得の為の手紙を怠らず、最後の侍となる。


 蝦夷地の新政府軍を撃退し、旧幕府軍は十月二十六日に、五稜郭へ無血入城し、榎本武揚は艦隊を箱館へ入港させた。


 十月二十七日、土方歳三を総督として七百名を率いて、松前藩に武力鎮圧を試みる。

 松前城は、藩主は既に逃げており、僅か百名が残存したが、二十八日に数時間で落城す。

 松前城の残兵は、江差方面へ敗走した。


 十一月十二日、旧幕府軍は五百名が江差に向けて進撃す。

 十五日、江差に迫ると、既に松前兵は撤兵し、江差攻略の支援に来た開陽と海軍が、江差を無血占領していた。

 しかし、この時いきなり天候が悪化し、主力艦・開陽が座礁。

 開陽を助けに来た、回天と神速丸だったが、神速丸も座礁。

 数日で開陽は沈没した。

 開陽の損失により、旧幕府軍は制海権の維持が困難となり、新政府軍の蝦夷地上陸を許してしまうこととなった。


 十二月十五日、旧幕府軍によって箱館政権発足。

 蝦夷共和国の誕生であった。

 総帥・榎本武揚は、蝦夷地開拓の嘆願書を、イギリス、フランスの軍艦に託した。


 ここが、時代の分かれ目となった。


 明治天皇は、度々ジェームズ・ドニファン中尉を呼んで、知恵を借りた。

「榎本武揚は有能だ。冬場は蝦夷地の雪で進軍出来ない……。イギリスとフランスに加勢されては困ります。」

「ご安心ください。イギリスはわたしが抑えます。フランスは、逆に駒に使えます……ごにょごにょ」

 ドニファン中尉の耳打ちに、明治天皇は驚いた。

「なんて賢い方だ。貴方に一任したい!」

「この命に変えても、勅命をお果たし申し上げます。」


 フランス軍艦を新政府軍は見逃して承諾。

 ナポレオン三世は、二通の嘆願書を読み、苦渋の決断を迫られた。


 場所は蝦夷地。

 新政府軍は冬が過ぎるのを待ち、翌、明治二年、二月に、八千人の兵と、軍艦四隻で、青森へ入る。

 三月に宮古湾海戦にて、旧幕府軍は敗退。


 四月九日、早朝。

 新政府軍は蝦夷共和国・乙部に上陸した。

 圧倒的兵力差に押し負ける蝦夷共和国軍だが、イギリス船から仙台藩を脱藩した見国隊四百名が加入した。

 連日の敗戦が続くが、二股口の戦いで土方歳三の指揮が始まると、十三日正午過ぎから、十六時間に渡る激戦で、新政府軍は疲労困憊により稲倉石まで撤退。初の勝利を飾った。

 二十二日、土方歳三は再び新政府軍を撃退。

 さらに新政府軍は二回敗退。

 以降、新政府軍は二股口を迂回する道を山中に切り開き、四月二十九日、矢不来が新政府軍に突破される。

 退路をたたれる危険があった土方歳三軍は、五稜郭に撤退した。

 五月一日、新政府軍は兵を集結、箱館総攻撃の態勢を整えた。

 二日、旧幕府軍のフランス軍人ブリュネら一同は、何らかの訳あってフランス船で箱館を脱出。

 十一日、新政府軍四千名は海陸両方から、箱館総攻撃を開始した。

 新政府軍は四稜郭、箱館山を占領。

 箱館山の番兵、新撰組は遁走し、砲台、弁天台場に逃げ込んだ。

 この時の局長は相馬主計(そうまかずえ)であり、共に戦ったのは島田魁である。

 土方歳三は五稜郭におり、知らせを聞いて新撰組救出に向かう。

 途中で陸軍奉行添役大野右仲と会い、共に一本木関門に至る。

 その時、蝦夷共和国軍の艦隊が敵艦を撃沈させた為、土方歳三らの士気は大いに高まった。

 土方歳三は、

「この機を逃すなッ!!」

 と、大野に命じ、自ら指揮をとった。

「退却する者あらば斬る!!

 斬れ!!進めぇ!!

 撃て!!進めぇ!!

 此処が、俺が……新撰組だァッ!!!」

 歴史の分かれ目であった。

 土方歳三には、しっかりと新政府軍の狙撃兵のマークがつけられていた。

 土方歳三は、あわや、此処で死ぬやもしれなかった。

 そこに現れたのは、フランスのコルベット艦ル デュプレックス率いるフランス艦隊である。

 ブリュネの説得に応じたという、ナポレオン三世の計らいであった。

 二十五歳のア・パリ中尉は、フランス公使の明治天皇拝謁に同行し、ナポレオン三世の手紙を天皇陛下にお読みいただいた。

 コルベット艦ル デュプレックスの海の彼方への大砲砲撃に、新政府軍も蝦夷共和国軍も目をむいた。

「休戦である!!フランス皇帝ナポレオン三世陛下のお達しあり、フランスはここに蝦夷共和国との同盟条約を果たし、フランス海軍の増援を送るものとし、改めて明治天皇に公使が拝謁したのだ!!結果、蝦夷共和国と明治天皇は和平!!明治天皇の勅命であるぞ、新政府軍はただちに撤兵せよ!!蝦夷共和国は成立!!植民地ではなく、正式な独立である!!この国は、フランス移民と和人により、開拓の地となるのである!!」

 ア・パリ中尉の代わりに叫んでいたのは、束の間いなかったジュール・ブリュネと、その部下カズヌーブ、マルラン、フォルタン、ブッフィエらである。日本語が流暢な彼らにより、箱館戦争は終戦。

 明治二年 。

 箱館戦争、五月十七日、終結。

※1 箱館戦争においての土方歳三の発言……指摘を受け、他作品に既にありましたが、あまりに解釈一致だった為、このまま載せました。

何故、この台詞が必要だったかは、第三話 一徹の鬼をご一読ください。


Copyright(C)2026 燎 空綺羅

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ