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5.ラストダンスはあなたに

 やれやれ、と少し肩で息をしながら、コンスタンティンが司会モードに戻り、マリア・リリーアがハンカチで額の汗を抑えてやる。


「……さて。

 今宵最後のダンス。

 姫君方はどのイケメン貴公子を選ばれますか?

 ……ああ、イケオジ担当の私はご容赦ください。

 今ので息が上がってしまって、しばらくは無理です」


 自虐めいた笑いを漏らしながら、コンスタンティンが合図をすると、イケメン貴公子達が立ち上がって、ソファに座る2人の前にずらりと並んで、改めて名乗りながら片手を差し出した。


「いやいやいやいや……

 私は今日はもう無理です。

 凄いの見せていただいちゃったし……」


 ジュリエットは無理無理無理!と必死で両手を横に振っている。

 なにごとにも前のめりに突っ込んでいくジュリエットが臆しているところを、アルフォンスは初めて見た。


「わたくしは、……」


 ジュスティーヌは迷っている風に視線をあちこちに泳がせる。


 楽団員が前奏を始める。

 皆が踊り始めた、一目惚れした相手を直球で口説く市井の歌だ。

 この流れでこの曲!?


 「叔父上やりすぎです!!!」とアルフォンスは危うく叫びそうになった。

 

 アルフォンスは今日は給仕役として引っ込んでいるつもりだった。

 せっかくの、ジュスティーヌが思いのままに楽しむ宴だ。

 自分が前に出れば、台無しになってしまう。


 だがだがだがだが。

 もう指をくわえて見ていられない!!


 選ばれないかもしれない。

 ……というか選ばれないだろう。


 空気を壊してしまうかもしれない。

 ……というか壊してしまうだろう。


 そもそも自分は宮廷用のダンスがとりあえず踊れるだけだ。


 だが、アルフォンスはジュスティーヌとなにがなんでも踊りたい。


 カーテンの影から躍り出たアルフォンスは、並んで手を差し出しているイケメン貴公子達の脇から、潜り込むようにして、ジュスティーヌの前に片膝を突いた。

 勢い余って、片膝を突いたまま床の上を滑り、突いた膝頭がローテーブルにぶつかる。

 地味に痛い。


「ぜひ、私に姫君の手をお預けください」


 全力で、きぱっとした顔を作って、アルフォンスはジュスティーヌに手を差し出す。


「……あなたはどなた?」


 ジュスティーヌは、いたずらっぽく訊ねてきた。


「えええええと……」


 勢いで出てきたので、なにも考えていない。


「……色々ポンコツだけれど姫君を心からお慕いしている系貴公子、ということでどうかしら」


 マリア・リリーアが微妙な助け舟を出してくれる。

 ジュリエットが「駄犬系イケメン貴公子ってことですか?アリですね!」とよくわからないことを言った。


 この際、なんでもいい。

 アルフォンスはこくこくこくと頷いた。


 ジュスティーヌがこらえきれずに軽く噴く。


「……では、ラストダンスはあなたに」


 ジュスティーヌはアルフォンスに手を差し出し、2人は立ち上がって皆から少し離れたところで組んだ。

 とりあえずリズムに合わせて左右に揺れながら、小舟が漂うように少しずつ動いていく。

 踊っているのは自分達だけだし、ぎくしゃく気味だ。

 

「え!?

 アアアアアア……!!!」

 

 ようやくアルフォンスに気づいたのか、ジュリエットが声を上げ、名前を言いかけてギリギリで踏みとどまった。


 そんなジュリエットの手をマリア・リリーアがとって、「2人だけに踊らせるんじゃもったいないでしょ?」と引っ張り出し、軽く組んでくるくると回り始める。


 楽団の脇の壁にもたれたコンスタンティンが、グラスを片手に良い声で歌い始めた。

 イケメン貴公子も加わって大合唱となり、ジュリエットを巻き込んで肩を組んでラインダンスの真似事をしたり大騒ぎだ。

 

 他の者の注意がそれて、少し余裕が出来た。

 ジュスティーヌに合わせているうちに、なんとなくステップを踏んでいる風になってくる。

 大きくターンし、2人でくるくると回るうち、どんどん楽しくなってきた。

 

 ジュスティーヌがいつもつけている、ひんやりと甘い、スミレの香水が香る。


 そういえば、子供の頃、王宮の庭園でジュスティーヌと遊んでいて、スミレの花を一群見つけ、せっせと摘んではジュスティーヌの髪に挿したことがあった。

 丁寧に編み込まれた髪を崩してしまった上に、小さな花はすぐに萎れてしまい、侍女か誰かに、しこたま怒られたような気がする。


 そのせいとは言わないが、自分にとって、いつの間にかジュスティーヌは触れてはならない対象になっていた。

 彼女は王家と公爵家の契約の証であり、自分が私的になにかしてはならない相手だと。

 別に、父母からそう命じられたわけでもないのに。


 ジュスティーヌの腰に添えた手は、いつもは高価なドレスと鎧のようなコルセットに隠されている、みずみずしい肌に直接触れている。

 踊るうち、こらえきれなくなって強く抱き寄せると、しなやかな温かさが服越しに伝わってきた。

 

 まっすぐに見上げてくるジュスティーヌの瞳を見つめたまま、他の者の歌声を追うようにアルフォンスは歌いはじめた。


 

 君の代わりはどこにもいない

 君を愛している

 君が必要だ

 君を愛している



 俗謡によくあるシンプルな愛の言葉を、ジュスティーヌも歌う。


 2人で眼を合わせたまま、幾度も幾度でも叫ぶように歌う。

 ジュスティーヌの紫の瞳が潤んでいる。


 間奏に入ったところで、アルフォンスは吸い寄せられるように唇を重ねた。

 歯ががきっとぶつかり、ジュスティーヌは衝撃に驚いて眼をみはり、笑った。


 2度、3度と繰り返すうち、歯はぶつからなくなり、口づけはどんどん深くなる。

 結婚式のときの乾いた唇をかすめさせるような口づけとはまったく違う、熱く溶けあうような感触に、アルフォンスはくらくらしてきた。

 互いの背に腕を回し、強く堅く抱きしめあう。


 もう離れられない。



「あー……もし帰りたくなったら、表に馬車が待ってる。

 『青の姫君』は、こっちで預かるから」


 いつの間にかマリア・リリーアと普通に踊っているコンスタンティンが、踊るのを忘れて完全に足を止めている2人に通りすがりに告げてすっと離れた。


「感謝します!」


 一刻でも早く、2人きりになれるところに行きたい。

 アルフォンスとジュスティーヌは、手をしっかりつないで外へ急いだ。


 「姫様!?」と抜け出す2人にジュリエットが気づいて声を上げたが、「さー打ち上げ打ち上げ!」と盛り上がるイケメン貴公子達に押し留められ、2人は無事馬車に乗り込むことができた。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 2年後、ジュスティーヌは第1子となるシャルロットを無事出産した。

 ジュリエットはあの後、俳優沼に落ちたりもしたが、今も侍女として2人に仕えてくれている。


 初めての子育てのドタバタが少し落ち着いてきた夜、寝しなにふとあの夜の話になった。


 アルフォンスはジュスティーヌに、叔父夫婦のダンスに、なにを感じたのかと訊ねた。


「あの頃のわたくしは……要するに萎縮していました」


「王太子の婚約者として、王太子妃として、恥ずかしくない人間でなければないと思いこんで、あなたや周りの人達が気に入らないことをしてしまわないよう、どんどん縮こまってしまって」


「あなたに愛されたかった。

 でもそんな出過ぎた望みを言って、嫌われてしまうのが死ぬほど怖かった。

 怖くてなにも出来ない自分が嫌で、なにも期待せずに受け流すことしかできなくなってしまっていた」


 アルフォンスはジュスティーヌの手を取り、そっと包み込んだ。

 ジュスティーヌが、アルフォンスの手を握り返して微笑む。


「でも、コンスタンティン様達が見せてくださったように、愛が戦って勝ち取らねばならないものであるならば……

 愛を恐れてしまうのは、私が弱いからじゃなくて、当たり前のことなんじゃないかって」


「父はよく言っていました。

 戦いに臆することは当たり前のこと、それ自体は恥ではないと。

 恥ずべきなのは、臆して戦わないこと。

 手がこわばって、膝も震えて十分に動けずにそのまま敗れても、とにかく戦ったのなら恥ではないと。

 だから、普段だったらもう踊れないと断ってしまったところを、一歩だけ、……半歩ぐらいかしら? とにかく踏み出してみたのです」


 そうだったのか、とアルフォンスは頷いた。


「……君がそうしてくれて良かった」


「結局、あなたと踊って、歌っただけ、ですけれどね」


「それは私もそうだ。

 ああでも、君がイケメン貴公子の誰かを選ぶ前に滑り込めたことは誇れるかな」


 ドヤ顔で言うアルフォンスに、ジュスティーヌは声を立てて笑った。


「あなたが来てくださるのを待っていましたもの」


 「いいいいいいつから気がついてたんだ!?」と今更慌てるアルフォンスを、ジュスティーヌは「最初からですわ」と生温かい眼で見やる。

 しょんもりしたアルフォンスにジュスティーヌは微笑み、「かわいい人」と、アルフォンスの頭を抱いて撫でた。

 




 生きていればいろんなことが起きるもので、いつも順風満帆というわけにはいかなかったが、共に苦難を乗り越えるうちに夫婦は3男1女に恵まれた。

 ジュスティーヌは、次第にダンスに巧みなことでも知られるようになり、新しいスタイルをどんどん取り入れ、序列に関わらずさまざまな人々と積極的に踊るようになったことから、王宮の社交はより柔軟で、開放的なものとなった。


 アルフォンスのダンスはさして上達しなかったものの、自分なりに楽しめるようにはなり、国王と王妃となった今も、舞踏会の最後にはあの曲を頼んで夫婦で踊っている。



アルフォンスとジュスティーヌが踊る曲(1曲目のオリジナル)

Cant Take My Eyes Off You - Frankie Valli and The 4 Seasons + lyrics

https://www.youtube.com/watch?v=LcJm1pOswfM

※文中の描写は、著作権がアレなので訳詞ではなく、あるある歌詞を適当にこねてみたものです。


エンドロール的に…

save the last dance for me - the drifters 1960 with lyrics

https://www.youtube.com/watch?v=Stt53Dej7XQ

※書いている途中で、「あれこの話、『ラストダンスは私に』に完全に一致やんけ!?」てなったので…


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 こんな感じのアホな短編(「王太子アルフォンスが雑な扱いを受ける短編」シリーズ)から、ピンク髪ツインテヒロインが悪役令嬢志望のお姉様方にひたすらモテまくる長編、ダークヒロイン物中編まで、異世界恋愛物をちょいちょい書いております。


 お時間がありましたら、ぜひ作者名のリンクからよろしくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
[一言] 感動の愛の物語でした!! ようやくお二人が相互理解できたようで、読んで見守ってきた身としてはとても嬉しいです(´;ω;`)
[良い点] この作品も最高に面白かったです! 黒の姫君とアルフォンスのダンス姿を想像して、なんだかほっこりしてしまいました。 最後のハッピーエンドも良かった。 こんな素晴らしい作品をありがとうございま…
[良い点] >勢い余って、片膝を突いたまま床の上を滑り、突いた膝頭がローテーブルにぶつかる。 いざという時に締まらないのがアルフォンスクオリティですね(笑) だけど最後はちゃんと結ばれてよかったです…
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