リョウの剣
「ビャッコ、さっき『もう少し早ければ切り離せた』と言ったか?」
グウィンがビャッコに目を向ける。
「え、ええ。そうね。……ここまでしっかり喰われる前ならひっぺがせるんじゃないかと思ったんだけど。でも、そんなのやったことないわよ?」
ビャッコが眉を寄せながらそう答えると、グウィンは今度は少し離れたところに立ったまま身動きもせずにずっと皆の様子を観察していた土の竜に目を向ける。
「この木、そういうことでいいんだな?」
皆の視線が今度は一斉に土の竜に向く。とはいえ、グウィンの問いの意味するところがまだわからないままだ。
「ふぅん?……使ってみるの?」
どうやら土の竜はグウィンのやろうとしていることが分かっているらしい。
「リョウ……お前のその剣、作ってもらったときにその使い方をちゃんと教えてもらったか?」
グウィンの視線がリョウに戻ってくる。
「え……使い方……?」
リョウは腰にある剣を外して目の前に持ってくる。
確かにこの剣は普通の剣とは違う。
竜の石をはめ込むこと自体、おそらく簡単にできることではない。竜の石は人間が細工できるような石ではないのだ。
そして、リョウがこの剣を振るうと尋常ではない力を発揮する。
「まぁ、子供の頃のことだろうしな……そっちを思い出すのが先だ。石の記憶を使ってでもちゃんと思い出せ。手伝ってやるから」
「あ、石の記憶……」
グウィンの言葉に、石の記憶の引き出し方を思い出したリョウは柄にある石を包み込むように手を乗せる。その手をグウィンの手が包み込む。リョウの手より大きな、少しごつごつした温かい手だ。
懐かしい風景。
のどかな、日差しの中に伸びた一本の道は村の外れまで続いている。
「ねぇクロード、どこまでいくの?」
問いかけているのはまだ子供だった私。
ああ、懐かしい名前だ。
リョウの胸に暖かくて切ない想いが広がる。
あの名前の響きが好きだった。
一歩前を歩くクロードは私より頭一つ分位は背が高くて、歩く度に銀色の長い髪が背中で揺れる。そういえば髪がだいぶ伸びた。
初めて会ったとき、どうしても人と一緒にいることに慣れなくてイライラしたあげく「髪の長い男なんて嫌い!」なんて訳の分からないかんしゃくを起こしたら、その場で彼は自分の剣を使って髪を切り落とした。あれには唖然とさせられて、そのあとなんとなくなついてしまったものだったが。
……もうあれから何年も経ち、彼の髪はまた長くなっている。私の気持ちも……変化した。
彼は気付いているのだろうか。
「この先に私が懇意にしている鍛冶屋がある。そこでリョウに剣を作ってもらう約束をしているんだ」
クロードが振り返りながらそう言って微笑む。
「剣……」
ちょっと嬉しかった。
クロードに剣を教えてもらうのが好きで練習用の剣をいつも持ち歩いてもいたので。
そうか!新しい、自分用の剣が手に入るのか!
うきうきしながら歩いて行った先には小さな小屋があった。今まで見てきた鍛冶屋とはちょっと違う。なんというか……凄く地味。
「リョウ、その石をちょっと貸してくれないか? ちゃんと返すから」
「あ……うん。でも別に返さなくったっていいけど。別に大事なものでもないから」
にっこり笑って首から下げている赤い石を外してクロードに渡すと、クロードがちょっと困ったような顔をしてそれを受け取り、反対の手で頭をくしゃっと撫でられる。
「そういうことを言うな。これは大事なものなんだから」
そのあと「ちょっとここで待っていなさい」と言われてクロードが小屋に入っていくのを見送った。
「あら! あなたが火の竜なの?」
しばらくして中から出てきたのは黒いキラキラした瞳が印象的なきれいな女の人だった。長い黒髪は首の後ろ辺りでひとまとめにしてあり鍛冶屋の作業着を着ている。
そして、手には剣。
簡単な金色の装飾が施された剣はなぜか少し湾曲していて、そして柄には赤い石がはめ込まれている。
「少し重いわよ?」
そう言われて手渡されたその剣は確かに今まで持たせてもらったことのあるどの剣より重い。
鞘から抜いてみると刃が片側にしかついておらず、刃の無い側には綺麗な彫り込みがあった。
「この剣はあなたにしか使えない特別な使い方があるから、今から教えるわね」
剣の美しさに目を奪われているリョウに彼女が告げる。
その口調は優しいが、熱のこもった真剣さが伝わってくる。
彼女は竜族の頭が持つ特別な力を知っておりリョウが破壊を意味する炎を司る者であることも知っていた。
「……怖くないの?」
恐る恐る尋ねるリョウに彼女はゆったりと微笑んで。
「あら、あたしだって炎を使っている身よ。怖いもんですか。それに炎は恐ろしいものなんかじゃないわよ。優しくて暖かくて安らぎを与えてくれる物なの。そんなものを扱う力があるなんて素敵だと思うわよ」
と言ってくれた。
その時のリョウには理解しきれない言葉ではあったのだが。
「だからね、いい? この剣は憎しみを抱いて振るうものじゃないのよ。誰かを大切に思う気持ちや誰かを守りたいという気持ちに突き動かされるときに一番強い力を発揮してくれるの。その思いに応えるように鍛えてあるからね。……それと」
両手で剣を握りしめるリョウの手に彼女はそっと自分の手を重ねるとリョウの目をまっすぐに見て。
「あなたが自分の力の本当の使い方を習得したなら、この剣は見えないものを斬ってくれるわ」
「見えないもの?」
あまりにもまっすぐな眼差しに考える余地もなく聞き返すリョウに。
「そう。憎しみによって相手に致命傷を与えるような剣ではなく、愛する気持ちによって相手の心に絡み付く呪いを断ち切る剣なの」
「……?」
リョウが眉間にしわを寄せていると、彼女はふふ、と微笑んでその手でリョウの頭を撫でてくれた。
「今は分からなくてもいいわ。いつかそんな力が必要になったら思い出しなさい」
そう言って。
リョウが受け取った剣を眺めながら今後の剣の稽古にまた励む意欲を高めている間、クロードはそっと鍛冶屋の女性に近づく。
「ありがとう。引き受けてもらえてよかった」
「……あの子、気に入ってくれたみたいね。あとはちゃんと使いこなせるようになればいいんだけど」
微笑みを浮かべながら、少し離れたところで剣を抜いてうっとりと眺めているリョウを見る二人はとても仲が良さそうだ。
「古くから伝わるこの地方の剣の形に仕立てたのよ。たぶんあの金属の強度にはこの形が一番合ってる。父さんが作った剣は、強度の点で問題があるわ。憎しみを込めたりせずに普通に扱えばいずれ折れてしまうような刃よ」
「本来ならそれで失われてしまえば良いのだろうが……一度この世に生まれてしまった剣はそう簡単には無くならないのが世の常だ。君はそれを補う剣を生み出したんだ」
何かを深く考えるように顔色が沈んでしまった彼女を慰めるようにクロードがその肩を抱く。
「……これで父さんの間違いの償いが出来たのならいいんだけど」
どこか遠くを見るような目でその女はそう言ってクロードの肩に頭を乗せる。




