竜の住む地へ
目の前に目的地が見えるのなら、と、休むこともなくもくもくと進んだ結果、竜の住む地と呼ばれる地域に明るいうちに踏む込むことができた三人はその勢いで進み、土の部族の住む山の麓に辿り着く。
「……なんだか薄気味悪いような気がするのは……グウィンのせい?」
リョウが周りに目をやりながら囁く。
「……おいこら。その言い方酷くないか?」
グウィンがニゲルの上で振り返る。
「え……? ああ、ごめん。私、今何て言ったっけ?」
「……グウィンのせい、じゃなくて、グウィンが変なこと言っていたせいと言うところだ」
ひょこっとグウィンの前から顔を後ろに出して見せたスイレンがフォローする。
周囲の様子があまりにも異様で、リョウは考えながら話すことに頭がついていかなくなっていた。
と、いうのも。
周囲に生い茂る樹木は、本当にこの世のものだろうかという樹木なのだ。
黒々とした幹。曲がりくねった枝が空を覆うように、絡まり合って茂っている。同じように曲がりくねった根は地表にまで出ており地面をも覆っている。葉も肉厚で、日の光が透けて見えるような明るい緑色などではなく黒々と茂って光を遮っている。たまに花をつけている木もあるのだがその花がまたぎょっとするほど毒々しい色だったりする。
「木のそばって安心するような気がしていたけど……これじゃあよほどの事がなければ好んで入っては来ないわね……」
「それが狙いだ」
リョウの言葉にグウィンが前を向いたまま答える。
「ここに敵意を持つ人間を一切入らせない、そして入ってきた者の戦意と気力を奪って怖じ気づかせるための場所なんだ」
そう言われれば確かにそれは功を奏するだろうと思われる。
「なるほどな。……で、グウィン、さっきからどうかしたのか?」
道などないような場所を進む上で器用に木の根を伝いながら進むニゲルの真後ろをぴったりくっついて進むハナの上からではスイレンの様子はグウィンに隠れて全く見えないのだが、スイレンがグウィンにかける声の調子から、いつものように彼女がグウィンをからかっているというより気遣っているのがリョウにも伝わってきた。
なので、リョウも耳をそばだてる。
……グウィンがスイレンにあからさまに気遣われるなんて珍しい。どうかしたのだろうか。
「え? あ、ああ、いや。なんでもない。……なんだ、そんな目で見るな。ちょっと気になることはあるが……取り越し苦労で済むかもしれん。お前が気にすることじゃない」
スイレンに向けた返事は、グウィンらしいといえばグウィンらしいのだが、なんとなくリョウも気になってしまう。
……まぁ、でもこの感じだと聞き返したところで話してくれるとも思えないな、なんて思い、問いただすのは思いとどまる。
道なき道。
いや、道なんてそもそもないような場所。
ニゲルとハナだからこそバランスを取りながら進んではくれたけど、普通の馬ならとうに進めなくなっていたような場所が後方に過ぎて行き、ついにはこれ以上馬に乗って進むのは無理、と思えるほどの樹木の茂り方になってきたところで。
「ここからは歩くか」
と、グウィンがニゲルから降りる。
スイレンが降りるのに手を貸してやっているのを見ながらリョウもハナから降りて、改めて辺りを見回す。
そして、ふと、近くにある木の幹に目がとまる。
「え……これって……」
目の錯覚かとも思えて思わず一歩近寄って黒々とした幹に触れてみる。触った感触は間違いなく木の幹だ。ごつごつとして乾燥した古い樹木。
「……うわ……人の顔、か?」
リョウの声を聞いて近付いてきたスイレンが声をあげる。
よく見るとその幹のちょうどリョウに向き合う辺りの高さに、人の顔に似た凹凸があるのだ。
それも苦悶の表情を浮かべた、顔。
「……あんまり近くで見るもんじゃない。ほら行くぞ」
グウィンに急かされてスイレンがグウィンの後を追う。なので、リョウもそちらへ足を向けるのだが。
つい、もう一度全体を見ようと振り返り、信じられないものを目にする。
「ねぇ! グウィン!」
先を行くグウィンを追いかけてその腕を掴みリョウがハッとする。
グウィンの顔はいつになく険しく、余裕が感じられない。
「……あれが何だか察しがついたか?」
グウィンのそんな一言にスイレンがきょとんとした顔でリョウを見上げる。
「あれ……っていうか、ここの木ってもしかして全部……」
「……ここに入り込んだ人間だ」
歩き続けながらグウィンがリョウの予想通りの返事をよこす。
リョウが改めて全体を見ようと一歩下がると、先程の木には人の顔だけでなく人の体の各部分、つまり手足に見える部分もあったのだ。それはまるで人が樹木に取り込まれるような形に彫り込まれた彫刻の様にさえ見え、しかもその形を一度認めてしまってから他の木に目を移すと他の木もやはり同じような形が認められるのだ。
それは木によっては立った姿の人間だったり、まるで腰が抜けて後ずさりでもしているかのような体勢の人間だったりと、様々な姿勢の人間ではあるが一様に何かから逃げようとしているような姿である。その人間を取り込んでそこから枝や根が出ている。
「……言っただろ? 土の竜は趣味が最悪だって。……ここの樹木には土の竜が意思と力を仕込んでるんだ。踏み込む人間に反応して取り込んで……それを養分にして成長する。しまいには長い時を経て人間の肉体さえ樹木に同化させるからああなる」
「……げ……」
スイレンはグウィンの言葉を聞きながら改めて辺りの木を凝視しはじめて、そして嫌悪の表情になる。
「こうなるから人間はもう長いことこの竜の住む地には足を踏み入れなくなった。ここにあるのは過去の遺物だ」
「……趣味が悪すぎる。人を嫌う水の部族でもここまではしないぞ」
言葉を失ったリョウのかわりにスイレンがぼそっとこぼす。
「酷いなぁ。なにその言い方。これでも最近はちゃんと忠告はするようにしてるんだけど」
不意にどこからともなく声が響き、次の瞬間。
木々がざわめいた。
風で揺れるとかそんなレベルではない。木々そのものが、地面ごとうごめき出したのだ。
「ひゃあっ……!」
まずスイレンがかき消えるほどにかすれた悲鳴をあげてリョウに抱きつく。
グウィンは棒立ちのままだがいつになく鋭い目付きになり、リョウもスイレンの肩に手を回しながら周りに向けた気を研ぎ澄ます。
地面が動いていると思ったのはほんの一瞬で、実は動いていたのは地面を覆い尽くしていた木の根だということがすぐに分かる。
ざわざわという枝と葉が動く音と、めきめきという幹が動く音と共に三人の前の木々が左右に退き一人の若い男が現れる。
「久しぶりだね、グウィン。……へぇ、本当に火の竜と水の竜を連れてきたんだね」
彼はそう言うと、皮肉っぽい笑みを浮かべた。




