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旅路(土の部族とは)

 東に向かう一行がいる。


「竜の力を使って駆けさせた方が早くないか?」

 暫しの休憩を取りながらも相変わらず文句が絶えないのはスイレンだ。

「言っただろうが。ヴァニタスに見つかったら邪魔される。少なくとも土の竜に会うまでは大人しくしていた方が身のためだ」

 グウィンが伸びをしながら答える。


 それでもハナとニゲルは走るペースも持久力も普通の馬のそれとは桁違いだったりするのだ。

 単に走っている所を見られる分には急いで駆けているだけに見えるだろうが、どれだけの距離をそのペースで走っているのか全行程を見ることができたら人間なら驚愕するだろう。


「北の都市でちょっと派手なことしちゃったからね。あんまり目立つことをするとその後、関係してきた他の町や村にも迷惑かけちゃうじゃない?」

 リョウがそう言いながら空を仰ぐように頭をのけぞらせると、背中合わせになるようにだらしなくもたれかかってきているスイレンの頭の上にコツンとリョウの頭が乗る。

「むー……」


 スイレンがこんなやり取りの最後に黙り込むのはこれが初めてではない。

 想像していたよりも長い旅であり、目立たないようにしているせいもあるが特にエキサイティングな出来事が続くわけでもなく……飽きてきたらしい。


「そういえば、スイレンは土の竜に会ったことはあるの?」

 リョウが思い出したように尋ねた。

 ラザネルの話によれば、先代の水の竜は土の竜の訪問を受けている。頭同士の交流があったということなのかもしれない。

「いや、ない。……少なくとも私の代になってからは。先代はこの剣のことで土の竜と話しているらしいけどな」

 スイレンが懐にしまっていた短剣を取り出して目の前に持ってきながら答える。

「……土の竜も代替わりしているぞ。今いるのはその剣ができた頃の頭じゃない」

 グウィンが口を挟んだ。

「あ、グウィンは面識あるのか」

 リョウが隣のグウィンの方に身を起こして向き直ったので、背中に寄りかかっていた肩と頭がずり落ちて、地面に頭が激突したスイレンの「うお」なんて声が上がった。

「まぁ、一応な。……大丈夫か、おい……」

 若干涙目になりつつ後頭部をさすっているスイレンに目をやりながらグウィンが答える。

「……一応?」

 リョウはグウィンの口調にほんの少し引っ掛かった。露骨、とまではいかないまでも明らかに好ましくない印象の答え方。

「え、ああ……」

 歯切れの悪い相づちを返しながらグウィンがはぁ、とため息をつく。

「土の竜……あいつには出来ればあまり関わりたくないんだよな……なんせ趣味が最悪だ」

「はぁ?」

 スイレンが上半身をグウィンの方にひねりながら聞き返す。

 リョウもグウィンの顔を覗き込んだ。

「……まぁ、土の部族は昔からそうだが、人間嫌いが人の形して動いてるような部族だ。その頭ってのは更に輪をかけて人間嫌いなんだよ」

「……そんなに……?」

 リョウは思わず眉をしかめた。

「東ってのは元々、金属や石の鉱脈に恵まれた地だろ。人がそういうもんを使うようになる前から竜族はそれを管理してきていたんだ。……そこへ人間が鉱脈目当てで住みつくようになり、そこで作られるものといえば……」

「あ……」

 スイレンが懐に一度しまった短剣に手をやる。

「まぁ、それは最たるものでもあるな。それに、元々、土の竜は命を司ると言われている。そんな部族が管理していた地で命を奪うための道具が大量生産されて各地に送り出されている現状はどう考えたって彼らからしたらいい気持ちはしないだろ」

 確かに。

 リョウも思わず納得した。

「まぁ、な……。我が水の部族とて同じだ。我々の地から流れていく水は人の地を潤すために浄化してやっている。でも世界を循環する水は人の私利私欲や怨みや憎しみの影響を受けて時代が進むほど浄化に必要な力が余分にかかっているのだ」

「そうだな……でも、まだ水の部族は穏やかなもんだ。土の部族は人間嫌いに拍車がかかって……結局復讐まがいのことにまで手を出すようになっている」

 スイレンの言葉を聞くに及んでグウィンはスイレンの頭に優しく手を置きながら言葉を続ける。

「復讐まがい……?」

 決して穏やかではない言葉にリョウの背筋にぞくり、と悪寒が走った。


 竜族が人に手をあげるようなことがあればそれは並大抵の被害では済まない筈。


「まぁ、積極的に人里に降りてきて虐殺を企てたりはしないだろうが、自分たちの土地に踏み込んでくる人間に対しては……容赦しない。殆ど問答無用で命を奪う。それもかなりひどいやり方でな」

 そう言うと、グウィンが深いため息をついて頭を振った。

 それはまるで、脳裏に焼き付いた情景を振り払うかのようなしぐさ。

「そう……なんだ……」


 リョウはこれから会うこととなる土の竜にどう話を持ちかけたものかと事態の深刻さに改めて頭がいたくなる。

 人間のために力を貸してほしい、なんて言っても無駄ということなのだろう。

 むしろ人間が滅びることをもろ手をあげて賛成して、そのあと祝宴を張るんじゃないかというような部族であるらしい。


「お前が心配することはない。なんとかなるさ」

 グウィンがスイレンの頭に置いていた手をリョウの頭に移してぽんぽんと叩いてから立ち上がる。

「夕方には着くだろ。早いとこ片付けよう」

 そんなグウィンの言葉につられるようにスイレンとリョウが立ち上がった。


 そして再び東に向かって再び馬を走らせる。


 目の前には昨日まで小さく見えていた東の高山が間近に迫り、木々を茂らせる麓の様子まではっきり見えるようになっていた。



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