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致命傷と水の竜

「我が名は水の竜……水とその流れ、その涌き出るところを司る者……我が名によって命じる。この者の命に手出しするな……」


 ごぼごぼと水音がする中で、澄んだ声が響く。

 それと同時に水底には無数の気泡が生まれ、大きな空気の塊となってリョウを包んだ。


「……こんな状態でどうして水の中になど飛び込むのだ……火の竜……しかもお前、その様子だと泳げないのではないのか?……馬鹿なのか?」

 水の竜の戸惑いの声は、意識を失ったリョウには届かない。

「だいたい! 私は水の部族の頭だ。……水に落ちたとて、水によって命を奪われるわけがなかろう。……ほんとにお前は馬鹿なのか?」

 すがり付くかのようにリョウの胸元を両手でつかんだ水の竜の口調は怒ったようなものに変わっていき、その頬には涙が伝っている。


 その、空気の塊に向かって上方から人影か迫って来た。

「おい! 水の竜! リョウを思うならとっとと陸にあげろ! その傷、放っておいたらたとえ頭の力を持つ者でも死んじまう!」

 水の竜が作った空間に遠慮無くずかずかと入ってきたのはグウィンだ。

 そして、水の竜の返事を待つこと無くさっさとリョウを抱えあげる。

 水の竜は青ざめた顔で無言で彼に従い、空間を維持したまま浮上させる。


 三人が水から上がるとラザネルが手はずを整えていた。

 傷ついたリョウは急いで宮殿に運び込まれ、傷の手当てが始まった。


 傷口はふさがる気配を見せることなく鮮血を流し続けている。

 そもそも免疫力や治癒力が高いせいで病気や死に至るような怪我とはあまり縁の無い竜族。医者がいるわけでもない。

 戦いのために鍛えられている部族ではあるが怪我をしても戦でもなければ医療らしい医療を必要としないのだ。

 そして大抵のいわゆる深傷(ふかで)は、もちろん不死身ではないので死に至ることもあるのだが、ここの戦士であれば大抵自分たちで傷の手当てをし、治癒するまで待つだけで良い。


 なのでこの度はラザネルがその場で傷の縫合を始める。

 状況のあまりの深刻さに、最初は心ここにあらずといった風だった水の竜は徐々に取り乱し始め、手伝いのために呼ばれた世話役のオーガによって部屋から出された。

 リョウにはもはや自ら動くほどの力は残っていないようだった。

 それでも麻酔などがあるわけでもないので縫合の間、オーガが持ってきた布巾を口に含ませて歯を食いしばらせ、グウィンが万が一にもリョウが痛みで暴れないようにその手首を押さえ付ける、というかなりの荒療治だ。


「やはり……普通の剣の傷ではないということですね……これが限界かもしれません……」

 縫合を終えてもなお、傷口からは血が流れていた。

「……一体どんな呪いを込めて作ったんだよ」

 グウィンが喉の奥から絞り出すような声で呟く。

 リョウの手首にはグウィンの手の形にアザが出来ており、本来の治癒力さえも失われつつあることが見てとれた。


 その時。

「呪い、なんですよね?」

 不意に背後からオーガの声がした。

「ええ、そうですが」

 力尽きたような声でラザネルが答えると。

「水の竜様!」

 突然オーガが身を翻して、ドアに向かって駆け出し、ぶつかりそうな勢いでノブに手をかけると勢いよくそれを開ける。

 そこには涙でぐしゃぐしゃの顔をした水の竜が二人の世話役の女に取り押さえられる形で部屋に入ろうとするのを止められており。

 オーガはその前に膝をついた。

「剣そのものの呪いは浄化できないとお聞きしておりますが……受けた傷の呪いの浄化なら、水の竜様の力でどうにかなるのではありませんか?」


 その場にいた全員が息を呑んだ。

 そんな手があったのか、という思い。

 そんなことが可能なのか、という思い。


 オーガの言葉に一瞬呆気に取られ脱力しかけた水の竜が立ち上がる。

「……出来るかもしれない」

 そう言うと真っ直ぐ前を見据えて部屋に入る。

 水の竜が部屋の中央に寝かされているリョウに近付くと、ラザネルが部屋のすみに片付けてあった椅子を踏み台がわりに持ってくる。

 リョウの周りには血溜まりが出来ており、まるで動物の解体作業でも行われていたかのような惨状だ。

 そんな様子を目の当たりにしても水の竜は動じることもなくその両手を真っ直ぐリョウの傷にかざす。

 そして、歯を食いしばり、涙をこらえるようにして意識を集中し始める。


 すると。


「……!」

 ラザネルにグウィン、それにその後ろから覗き込むようにして真剣な眼差しをリョウに向けていたオーガが、一斉に息を呑んだ。

 水の竜の小さな手が光に包まれ、血が流れ出す傷口から黒いもやのようなものが引きずり出されるように出てきたのだ。


「……リョウ」

 グウィンがそっと、リョウの肩に手を置く。

 血の気の失せた顔色のまま、すでに意識がなくなっているリョウが答えるはずもなくその体は微動だにしない。

 それでも。

「出血が……止まったようです……」

 ラザネルが傷口から目をそらすことなくそう告げる。

「呪いは、これで、解けたと思う」

 ゆっくりと、水の竜が自分の言葉を確かめるかのようにささやく。

 その場にいる者全員の安堵のため息がこぼれた。


「あとは私が引き受けます」

 オーガが力強い口調でそう告げると、一旦ラザネルとグウィン、水の竜は退室させられ、代わりに部屋の外にいた世話役の女性たちが中に入れられた。

 リョウの体をきれいにして、着替えをさせ、部屋に運ぶ準備をするためだ。




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