致命傷とグウィン
「風の竜様」
部屋の外で待っていたグウィンに声がかけられたのは、暫く経ってから。
わずかに開いたドアからオーガが顔を出し、グウィンを呼んでいる。
「どうした?」
深刻そうな表情に嫌な予感がしてグウィンが近寄ると、オーガはドアをさらに少し開けて中に彼を招じ入れ、横たわるリョウの方に目をやりながら。
「出血は止まりましたし傷自体もほとんどふさがっております。竜族の者が受けた傷の処置同様、縫合の際の糸も外しましたが……このままでは……。体がどんどん冷えていっております……頭の力を持つ者とて不死身ではないはず。……もしかすると……」
グウィンの顔色が一気に青ざめる。
「そんな……! 浄化したら助かるのではなかったのかっ?」
ドアが閉められる前にオーガが説明し出したせいで、グウィンの後ろについて来てしまった水の竜が声をあげた。
そんな水の竜に構うことなくグウィンはリョウに駆け寄り、その顔を覗き込む。
「リョウ! おい! しっかりしろ! ……今ここで死んでどうするんだ! まだやることがあるだろ!」
肩をつかんで揺さぶるも、血の気が失せて真っ白にも見える顔のリョウは一向になんの反応も見せない。
「火の竜! 死んでは駄目だ!」
水の竜がリョウの手を握って叫ぶ。
「呪いのせいというよりも、傷がふさがらなかった時間が長すぎて体力そのものが失われたということですか……」
水の竜を後ろからそっと制しながらラザネルが呆然とした様子で呟いた。
一瞬考え込むように間をおいて、グウィンが顔をあげた。
「とにかく部屋に運ぶ。……リョウはそう簡単には死なせない」
最後の一言は水の竜の目を見据えて。
その真剣な目に水の竜は、ラザネルに制されるままリョウから離れた。
「……何か、用意するものがありますか?」
ラザネルが静かに問う。
グウィンはリョウを抱きかかえながら。
「いや……俺がどうにかしてみる。ここは恐らく今のリョウには寒すぎるんだ」
そう言って自分たちにあてがわれていた部屋に向かって歩き出す。
そう。
北の果て。
人なら近付くことさえしないような極寒の地。
寒さに凍えるなんていう感覚とは縁の無い純血の竜族だから平然と生活を楽しめる地。
でもリョウとグウィンは人の血もひいている。
竜族の者であるゆえに日中はさほど気にならない気温だがそれでもさすがに気温がさらに下がる夜には窓を閉めたくなる程度の寒さは感じていた。
そこへ来てリョウのこの傷。
呪いのせいで竜族特有の肉体的強さを削ぎ落とされ、さらに出血のせいで体は弱りきっている。辛うじて傷はふさがりかけてきているとはいえ、恐らく生きるために傷の治癒に全体力を使っている間にこの寒さの中で人間程度の体力に落ちた体はこのままでは凍えてしまうだろう。
かといって部屋の構造を今すぐ気密性の高いものに造りなおすとか、暖炉を作るとかそんなことができるわけもなく、部屋の中で火を焚くなどということが出来るわけもない。
何もないところに火を出現させ、他に燃え移ったりしないように結界を張るなんて芸当が出来るのは、皮肉にも今、意識を失っているリョウだけだ。
心配そうなラザネル、水の竜、オーガたちを振り切るように急ぎ足で部屋に戻ったグウィンは、ひとまずベッドにリョウを寝かせる。
それから少し屈み込んでその冷たい頬に優しく触れる。
「……すまんな、リョウ。悪く思うなよ。……お前を助けるためだ」
そう言うと、自分の着ている上着を脱ぎシャツの前をはだける。
そして、ためらうことなくリョウが寝ているベッドに潜り込んでリョウに着せられているゆったりとした服の前をはだけ、自分の肌を重ねる。
「頼むから……目を開けてくれ……」
願うようにリョウの耳元でささやき、腹部に巻かれている包帯の下にまだ残っているであろう傷に負担をかけないように気を付けながら冷たい体を抱き締める。
左手をリョウの頬からうなじへと滑らせながら、その首筋で脈がほとんど感じられなくなっているのに気付き、グウィンは思わずリョウがまだ息をしているのか確認してから抱き締める腕に力を入れ直す。
それは、消えそうな小さな蝋燭の炎を遠慮なく吹く風から守るのに似ていた。
どれ程の時間そうしていたのか。
うっすらと部屋が明るくなっているので夜明けが近いのかと思われるような頃。
「う……ん……」
微かに聞き取れる程度の声がリョウの口から漏れた。
温かい体が近くにあるのを感じるせいか意識のないまま自分に擦り寄ってくる動きでグウィンは目が覚めた。
「……リョウ?」
いつのまにか眠ってしまっていたことと、そのせいで最初は密着させていた肌が離れてしまっていたことに気付いたグウィンが改めてリョウの体を抱き寄せると、その体はもう冷たくはない。
そして名前を呼んでしまってから、はた、と、この状態でリョウの目が覚めたらパニックを起こされそうな格好をしていることに気付き、慌てて抱き寄せた体から少し身を引く。
「まぁ……ここまで来れば、あとは自力で持ち直せるよな。……よく頑張ったな」
そうささやきかけて、グウィンは血の気の戻ったリョウの頬を右手で包み、何気なくその額にそっと唇を寄せる。
そして、ベッドから抜け出そうと改めて体を離そうとしたとき。
「……え?」
リョウの手が動いた。
それも、その両腕がグウィンの首に回される。
「おい? どうした? ……大丈夫か?」
必然的に再び密着した体勢に戻ったグウィンがリョウの耳元でそっとささやく。
その腕の力が思ったより強くはなかったので、ゆっくり引き離して顔を覗き込むとどうやら起きているわけではなさそうだ。
それでもリョウの眉間にはシワが出来ており、唇がわずかに動いている。
「……で。行か……ないで……」
どきり、とグウィンの心臓が跳ねた。
「……ト……」
まじまじとその顔を覗き込むグウィンの首に弱々しくしがみつくように腕を絡めたリョウの口からうなされるように言葉が漏れる。
「レン……ント……お願い……ここにいて……」
リョウの眠ったままの目尻から、すうっと涙がこぼれる。
「あ……なるほど……」
グウィンの、一旦こわばった体が一気に脱力した。
そして、深いため息が漏れる。
「まぁ……仕方ないか……」
そう呟くとグウィンは再びリョウを抱く腕に力を入れ直した。
「取り敢えず、今はゆっくり休めよ。代わりに俺が傍にいてやるから」




