接待
「さて……と」
特にやることがあるというわけでもなく、好奇心から寝室を覗きに入ってみたリョウは期待を裏切らない美しい寝室に入ってぐるっと一通り眺めてからベッドに腰を下ろす。
薄い青で統一された壁と天井。その境目は白い石で流線形の彫刻が施されており部屋に備え付けられているサイドテーブルやベッドもとても品のいいデザインだ。
今まで使ったことのあるベッドとは比べ物にならないふかふかの大きなベッド。掛けられている上掛けには美しい織り模様があり、手触りからしても上等な織物であることが分かる。
手に持っていたマントを置こうにもこんなところに置いて良いものかと一瞬迷ってしまうほどだ。
「手懐ける……って言ってもねぇ……」
小さく独り言が漏れる。
あんなに可愛い子供を……まぁ、自分と同じくらいの年だとグウィンは言うけど、成長そのものが遅いのならやはり見た通り子供であることに変わりはないわけで、そういう子を「手懐ける」というのはいささか人聞きが悪い。
悪いことをするわけではないにしてもなんだか気が咎めてしまう。
「……違う違う!」
ぶんっと一回頭を振る。
あれはグウィンの言い方に問題があるのだわ。
そうよ。
手懐けるんじゃなくて「仲良くなる」って考えればいいんじゃない。お友達に、なってみる。
で、一緒に戦いに行こうって……誘う……の?
「うーん……」
それはそれで物凄く、人間性に問題があるような気がする……。
そこまで考えたリョウはもう文字通り頭を抱えるしかなかった。
「リョウ……お前、結構面白いな」
不意に声をかけられてリョウが反射的に頭を上げる。
「わあああああ! 何? グウィン、いたの?」
振り向くと部屋を仕切っていた薄織物を片手でひとまとめにからげたグウィンが顔を出している。
「ああ、すまん。声をかけようと思ったら取り込み中だったみたいだからタイミングを逃した」
……絶対、違う!
わざと様子を伺っていたんだ!
リョウはそんな確信のこもった目をグウィンに向け、見透かされたグウィンは悪びれることもなくにやっと笑う。
「……もう! ……で、何の用?」
視線を合わせずに立ち上がるリョウにグウィンが答える。
「お前にお客様だ」
「お客、さま?」
意外な言葉にリョウは首をかしげ、グウィンの方に歩み寄る。
グウィンはリョウの動きに合わせて後ろに下がり、薄織物のカーテンを更に大きく脇にどける。
「火の竜、遊びに来てやったぞ」
可愛らしい声にはそぐわない上から目線な言葉遣い。
「あら……水の竜……」
危うく「ちゃん」を付けそうになるのを呑み込んでリョウは微笑みを浮かべてしまう。
「折角、水の部族の地に来たのだ。私の気に入りの場所も見せてやる。一緒に来い」
「え……良いの?」
言葉遣いはひどいものだが、リョウとしては可愛らしさがそれを補ってもなお余るように思えるので全く気にならない。
そもそも、部族の頭である者なのだ。そういう言葉遣いだって良いじゃないか、とさえ思えてしまう。
満面の笑みを浮かべて聞き返すリョウに、水の竜は軽く頷くとドアの方に歩き出す。
「……あ、グウィン、どうする?」
わーい! とばかりに水の竜のあとに付いていきそうになりながらふと、グウィンの方を振り返る。
「俺はいい。疲れたから少し寝させてもらう。……水の竜の地なら安心してゆっくり休めそうだ」
グウィンはそう言うとリョウの寝室とは反対側にあるもう一つの寝室に歩いていく。
「ああ、そうしろ。ここは守りがしっかりしているから災いが入り込むことはまずない。その間に火の竜は私が接待してやる」
水の竜はグウィンの方を見もせずにそう言うとドアのノブに手をかけた。
そんなやり取りを聞きながらリョウは、グウィンが旅の間、寝ていると思ったのに気付いたら入浴中の自分の背後にいたことや、洞窟で自分は全く気付かずに眠りこけていたのにグウィンは真っ先に戦闘体勢に入っていたことを思い出す。
……この人、旅の間まともに睡眠とってなかったんだわ……。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
そう言ってリョウはそそくさと部屋を出る。
出来るだけゆっくり休ませてあげなきゃ。
そう思いながら。
部屋を出て廊下を歩いていると、不意に柔らかい感触がリョウの左手に絡まる。
びっくりして視線を落とすと、こちらを見上げることもなく水の竜の右手が自分の左手に滑り込んでいるのが分かり、リョウの一瞬見開いた目が自然と笑みを作る。
あまりの可愛らしさについ、ぎゅっ、と握り返してしまう。
そんなリョウの反応に、ほんの一瞬歩くスピードが落ちた水の竜は次の瞬間には心なしか弾むような足取りでリョウの手を引っ張りながら歩き出す。
「……リョウ、というのは人としての呼び名なのか?」
軽い足取りのまま水の竜が思い出したようにリョウを見上げて声をかけてくる。見上げる目はぱっちりと大きくてキラキラしている。
「んー……人としての、というのとは違うかなぁ……。それが私の名前なのよ」
思わぬ質問に答えに困って、リョウは曖昧な返事をしてしまう。
「火の竜という名前があるだろう?」
うん。そう来ると思ったけどね。
リョウは苦笑いを浮かべながら水の竜のきょとん、とした顔を見下ろす。
「……人間と一緒にいるとね、そういう名前の方が嬉しいものなのよ。火の竜っていうのは名前じゃなくて肩書きみたいなものだから。……ほら、宰相とか……父親とか母親とか、そんな呼び名と同じ」
「ふーん……そういうものなのか」
あれ?
つい今しがたまで好奇心に満ちてキラキラしていた目が一瞬輝きを失ったような気がしてリョウは真顔になったのだが、水の竜は視線を前方に移してしまったのでそれを確認することもできずに手を引かれるままに外に出た。
「ここは宮殿にいる者しか入ることができないから特別なのだ」
そう言って再びリョウの顔を見上げた水の竜は再び満面の笑みに戻っていた。
「わぁ……!」
宮殿を出て少し歩いたところ。
宮殿を出る。とはいっても、宮殿というのはどうやら自然の山肌の形に沿って建てられているようでとてもいりくんだ形をしており、出入り口も幾つもあるようだった。今、二人が出てきたのも裏口のような場所だったのだ。
視界を遮る凍りついたような木立を抜けると、切り立つ崖の上のちょっとしたスペースが出現する。
そしてそこはやたらと見晴らしが良かった。
眼下には日の光を浴びてきらきらと輝く木々。もちろん氷の反射だ。
そして少し先には滝があり、そこから流れ落ちた水がリョウたちの立つ崖の下に川の流れを作っている。恐らく、リョウとグウィンが辿ってきた川の流れに合流するのだろう。
「あの森の中に水の部族の者たちが住んでいるのだ」
そう言われてよく見ると確かに木々の間に、美しい白い石造りの建物がちらほらと見える。
建物に施された流線形の装飾や彫刻はこの部族の特徴なのか宮殿の装飾とよく似ている。そしてそういう装飾と白い石を使った建物は、立ち並ぶ木々の間で非常に調和よく景観が保たれている。美しい、の一言に尽きる眺めだ。
「凄いわねぇ……」
リョウはため息混じりに感嘆の声を漏らす。
それを見上げる水の竜は得意気な顔で今度はリョウの手を軽く引っ張った。
「人との混血だと腹が減るのだろう?」
「……え?」
今、とっても魅力的な言葉が聞こえた?
そう思ってリョウが引っ張られた手の方向に目をやると。
……おお!
あまりの景色に真っ直ぐ崖っぷちまで歩いてきたリョウだったが、見ると後方に小ぢんまりしたテーブルと椅子が置かれており、その上にはところ狭しとご馳走が乗っていた。
改めてよく見れば、リョウたちが立っている場所は山の地形を利用した天然のバルコニーのようになっていて、景色を見ながらテーブルについてくつろげる空間になっているようだ。
水の竜に手を引かれて席に着くと、目の前には色とりどりの野菜料理を美しく盛り付けた器や、魚や肉の料理の皿、果物を盛り合わせた器に、その向こうには甘い匂いを漂わせている焼き菓子の皿まである。そしてどれも、これまでリョウが食べてきた家庭的な料理の類ではなく、高級な料理であることが一目瞭然。
「凄い。……こんなに?」
「火の竜の好みが分からないと言ったら一通り準備したようだ。何でも好きなだけ食べていいぞ」
そう言うと水の竜はリョウの向かい側にある椅子のところまで行き、なぜかその椅子に座るのではなくずるずると引きずり始める。
しばらくそれを観察していたリョウだったが椅子の位置を変えたいのであろうことに気付き、手伝いに立ち上がる。
「どこに持っていくの?」
そう言いながらひょいと椅子を持ち上げる。
華奢なデザインの椅子は木製のようでそれほど重いものではない。
とはいえ、水の竜の身長はリョウの胸より下。背もたれの高いデザインの椅子はかさばりすぎて持ち上げるわけにはいかなさそうだ。
「……そっち」
水の竜は決まり悪そうにリョウの座っていた椅子の方を指差す。
「えーと……隣、でいいのかな?」
そう言うと水の竜は頬を赤らめてこっくり、とうなずく。
……可愛い。
どうしようもなく、可愛い!
リョウは思わず水の竜から顔を背けてしまう。あまりに頬が緩んでしまっているので。




